第七話 記号
広域治安対策執行庁 内部文書
任務通知書
件名:第1支部データ集約作業に伴う警備任務について
対象者
・姫払 迦楼羅 上級執行監
・圓 彩太郎 執行監
・キャンベル・カウリ・ヤマト 上級捜査員
・切詰 縁琉 準捜査員
来月決行予定のシンジケート一斉摘発(通称:Xデー)に向け、全国より集約された押収資料および暗号データの総突き合わせ作業を、第1支部・地下セキュア区画にて実施する。
作業完了までの数日間、当該区画は施設内で最も狙われやすく、かつ最重要防護対象たる「心臓部」となる。
ついては、上記対象者を同区画の直掩(直属護衛)警護に任命する。
姫払迦楼羅上級執行監を指揮官とし、圓彩太郎執行監を副官として配置する。キャンベル・カウリ・ヤマト上級捜査員および切詰縁琉準捜査員は、両名の指揮の下、同区画最深部に常駐し、直属護衛の任に当たるものとする。
任務期間:総突き合わせ作業完了まで(数日間を想定)
配置場所:第1支部 地下セキュア・データセンター最深部
留意事項
・作業保全のため、期間中は外部との通信の一部が制限される場合がある。
・当該区画は施設五段階警備体制における最終防衛線にあたる。各員はその自覚を持って任務に当たること。
*
任務通知が届いたのは、前日の夕方だった。
特別実行部第一機動班にとって、珍しい任務ではない。
要人警護でもなければ、現場への突入でもない。
数日間、指定された施設に常駐し、重要物品を守る。
それだけを見れば、むしろ地味な任務だった。
だが、通知書を読み終えた縁琉は、その「数日間」という文字が妙に頭に残っていた。
来月に控えた、シンジケート一斉摘発。
その準備として全国から集められる、押収資料と暗号データ。
そして、それを守るために招集された、自分たち四人。
ただの警備任務にしては、随分と物々しい。
とはいえ、命令は命令だ。
そして翌日。
唐突な通知書に従い、縁琉、圓、ヤマト、迦楼羅は街中に佇む中層オフィスビルに足を運んだ。
執行庁直下、第1支部データセンターである。
そう聞かされなければ、誰もそこを重要施設だとは思わないだろう。
簡素な街中に馴染む中層オフィスビルを擬装。
窓は少なく、設置されているものもすべて防炎・防爆フィルム施工の強化ガラスだ。
外部からの観察・物理攻撃への耐性を持つ、無機質で主張の無い建物。
守るべきものがある建物ほど、守っているようには見えない。
そんな設計思想が、その外観からだけでも感じ取れた。
一同は1階の風除室やロビー、中層階の管理、業務フロア、そして多重のセキュリティを素通りし、本陣であるセキュア・データセンター前室に待機している。
「外観は地味なのに、凄い施設ですね…………。」
フロア移動関門を抜けた先、エレベーター降り場から生体認証扉へ至る、廊下兼大広間状の前室に通された縁琉は、溜息を吐きながら呟いた。
周りを眺める。
当直の警備班が認証待機や小休止に使う実務空間。壁面には館内配線図や警備ローテーション表が貼られ、隅には備品棚、給水機、簡素なデスクまで置かれている。
人が働くための場所としての生活感が、妙に生々しく残っていた。
「なんか、すんげぇ音鳴ってません……?」
キョロキョロと周りを見渡すヤマトは、恐る恐る圓の背に向かって問うた。
「あの奥に、セキュアルームがある。大量のサーバーラックがあるからなぁ、この工場みたいな音は冷熱分離空調言う空調機器や、バカでかいな」
ゴォォォ……————
圓の説明中も、僅かに重低音が腹奥を振動させていた。
「ま、念の為の直掩をするだけや。そこまでメンタル削る必要は無い」
いいながら、端っこのソファにドフと腰を沈める。
その様子を見ながら、迦楼羅が口を開いた。
「……ある程度は気張っておけ」
その声だけで、室内の空気が僅かに締まる。
「以前の、物流コンサル企業制圧任務の進捗だ。全国から集めた押収資料と暗号データをこの支部に集約して総突き合わせを行う。君たちが突き止めた『上層組織』を捜査する重要な情報が眠っている」
「迦楼羅さんがいるとは言え、この人数で大丈夫すか……? 割と重要任務では」
迦楼羅の滔々とした説明を聞き、ヤマトは苦笑いを浮かべる。
ソファに座ったままの圓は、
「重要になる可能性があるデータの原本を守れ、や。執行庁の組織文化である『「Collect it all(すべて収集せよ)」戦略』に基づいて、念には念をの精神で守るだけや」
「原本主義ですね。シンジケートの襲撃可能性に備えろと」
「そういうこっちゃ」
圓はそう言って、背もたれに身体を預けた。
ゴォォォォ……——
機械の唸りだけが、一定の間隔で室内に響いている。
外では、いつも通り街が動いていた。
人が歩き、車が走り、店が開いている。
その地下では今、全国から集められた「シンジケート」という巨大な犯罪組織の情報が、一つの場所に集められようとしていた。
そして四人は、それを守る。
ただ、それだけの任務だった。
「で、具体的には何をすればいいんですか?」
自身の武装が入った巨大なケースを机に置きながら、ヤマトは圓に指示を求めた。
「待機や」
しかし、ただの一言で途切れた。
戸惑う間もなく、迦楼羅でさえも、
「待機だ」
と言って、刀の手入れを初めてしまった。
「えっ……?」
身構えていたヤマトが、肩透かしを食らったようによろけた。
「警備任務ですので、こんなものでしょう……。」
苦笑いを浮かべ、フォローを入れる縁琉だった。
「……マジか。現場任務しかやったことないから、慣れないな」
「暇ですね」
「暇なんが一番ええねん。直掩時の暇イコール平和や」
背もたれにふんぞり返った圓は、平和を表しているのか右手でピースサインを示した。
「外出は理由が無い限り禁止だ。ここと宿直区画を拠点に、交代制で直掩を続ける」
淡々と述べる迦楼羅は、刀の手入れを続けている。
白色LEDの無機質な光が、日本刀を美しく輝かせていた。
彼女の指示を聴きながら、縁琉はポケットに入れた通行証を触る。
「外出は……、したくても無理ですね。セキュリティが厳重過ぎて、施設内の往復だけで時間がかかります」
「通行証IDカードの認証だの重量センサーだの、色んな設備あったからなぁ」
先程までの、過剰な通行手順を思い出しながらヤマトは冷や汗を浮かべた。
部屋の隅で、警備員の「第3区画異常無し」「巡回を続けよう」という会話が聞こえる。
「とにかく、少しでも不審な兆候があれば私に連絡をすること。各自、集中を切らさないように」
カチンッと納刀をしながら、迦楼羅が一同に告げた。
「了解です」
引き締まった返事が、前室の壁に吸われる。
任務が、開始された瞬間であった。
数時間が経った頃。隊員らは各々の時間を過ごしていた。
フォームを確認するように、ゆっくりと素振りをする迦楼羅。
それを眺める縁琉。
「飯って出るんすよね」
至って真面目な表情で、食事を気にするヤマト。
「三食出るらしいな。出前頼んだら持ってきてくれるし」
持参した明太子おにぎりを頬張りながら応える圓。
「軍より待遇良いんじゃないですか」
「そらな。アホみたいに危険な職業なんやから」
談笑をしながら、ヤマトはカバンを漁りだす。
「……なんか持ってきたんか。化粧水とか」
「SAVAS持ってきました」
「筋トレする気かお前……? いらんやろ」
「いや、タンパク質摂取は常に重要です。筋肉は24時間、常に合成と分解を繰り返しています。トレーニングで刺激を与えた瞬間だけが勝負ではない。その刺激を筋肉という結果に変換し続けるのが、日常のタンパク質供給なんすよ。朝起きてから夜寝るまで、3〜4時間おきに質の良いタンパク質を入れ続けることで、筋タンパク質合成のスイッチを常に「ON」の状態に近づけられる。これが"常在摂取"の本質です。つまり——」
「もうええてッッ。急に変なスイッチいれんなッ」
据わった目付きで語るヤマトに、悲鳴を上げる圓。
「過酷な任務になりそうや……。隊長はずっと自主練しとるし」
迦楼羅は刀を構え、視線を寄越した。
「ストイック過ぎませんか。ええでしょう、こんな時くらい」
「フォームの確認と、素振りのようなエア反復こそが、筋肉を動かす前に、神経そのものを最適化する最も強力な武器だ。筋肉は従順だ。命令された通りに収縮する。同じ筋肉でも、どの運動単位を、どの順番で、どの強度で発火させるか、この精密なコントロールは、神経系の学習によって磨かれる。つまり、髄鞘化が進むのだ。神経線維を覆う絶縁体のようなミエリンは——」
「だからええてぇッッ、意識高い狂人しかおらんのかッ」
無表情で念仏のように解説する迦楼羅に、圓は絶叫する。
横に座っている縁琉は時計を見ながら呟いた。
「……しかし、最高戦力である迦楼羅さんを拘束して良いのでしょうか。他方面でのリスクとかは……。」
「急に真面目な話題ふるやん」
と言いつつも、圓は通知書と共に同封されていた資料を手に取り、話を続けた。
「安心せぇ。襲撃された場合のリスクがデカすぎるんや。それに、重要他方任務は双津主任と他のオーガナイズが率先して指揮する」
「なるほど」
納得する縁琉の横で、ヤマトが怪訝な顔を浮かべた。
「にしても……、こんなデータセンタを突き止めてセキュリティ超えてくる襲撃って、かなり危険じゃないすか」
「そのための、我々だ」
パイプ椅子に腰掛けた迦楼羅が、静かに言い添える。
頷いて同意する圓は、迦楼羅本人を示しながら、
「おう。やから上は隊長と、副隊長の俺。有望な人員二人を配置したんや。むしろ過剰戦力や」
と解説した。
「それなら、……十分ですかね」
「まあ、何も起きんのが一番やけどな」
「それはそうだな」
迦楼羅も淡々と頷いた。
それからしばらく、四人の間に会話はなかった。
室内には、冷却設備の低い唸り声だけが響いている。
誰かが資料をめくる音。
キーボードを叩く音。
遠くで交わされる、警備員の短い無線連絡。
それ以外には、何もない。
平和だった。
少なくとも、この時までは。
*
同時刻、風除室奥ロビー。
「…………?」
一人の警備員が、ロビー入口に注目した。
自動ドアが開くと、そこには全身黒の軍服姿の男が立っていた。ミリタリーのフィールドジャケットにタンクトップ、テーパードカーゴパンツに軍用ブーツ。全て真っ黒のミリタリーで統一されている。
その異様な見た目に、一瞬訝しむが、
「……!」
その男性が、にこやかに首から掛けた通行証を示していた。関係者である。
——……執行庁の人か。
こちらにゆったりと歩み寄る。帽垂布付きの軍帽に、口と鼻を覆い隠す黒布。
何とも異質すぎる黒ずくめだが、執行庁には変人が多いと聞く。彼も例外ではないのだろう。
「ご苦労さまです。IDカードの認証を行いますので、手渡しをお願いします」
「ええ、どうぞ」
何とも紳士的な重低音の声。
その音声と隙間から見える顔の一部。
——……若いな。
警備員はそんな事を考えながら、IDカードを備え付けの認証機器に翳した。
機器が反応する、音が鳴る、光る——。
その前に、
「え……………………。」
警備員の首元に、一瞬何かが横切った。
「ぁ……あ。」
襟が緋色に染まる。赤い液体が、どぷどぷと溢れ出た。
「………………。」
黒ずくめの軍人が、素手で首元の内頸動脈を表皮ごと抉り取ったのだ。
ドサリ——
黒ずくめの男は、温度の無い視線で、力無く倒れ行く警備員を眺める。
異変に気付いた周囲の警備員と、受け付けの係員が視線を向けた。
その瞬間、
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
男性の落ち着いた口調が、ロビーに反響した。
黒ずくめの男性は倒れた警備員を揺すり起こすように、声を掛けていた。
「どうされましたか?!」
警備員が駆け寄ってくる中、男は、
「どうやら具合が悪いようです。救急車を」
と、わざとらしく述べる。
しかし、駆け寄った警備員の視界に、設備機器に隠れていた鮮血が顕に映り込んだ。
「なっ……?!!」
携行する緊急通報装置に手を伸ばした刹那、
タン、タンっ——
銃声が、集まった警備員3名の眉間を正確に撃ち抜いた。
男の手には、倒れた警備員が所持していた拳銃が握られている。
男はすぐさま立ち上がり、周囲の残りの警備員数名を的確に射殺していく。
「ひっ、な、な、不味い……!」
ロビーの受け付けにいる係員は、震える手で通報ボタンに手を伸ばした。
しかし、
「あ、ああぁッ、グゥぅ!」
伸ばした手の甲に、黒いククリナイフが突き刺さった。肉を貫通して壁に刺さってしまっており、動かせない。
「やめッ……。」
振り返った寸陰、男は既に目の前に迫っていた。
「ぅギっ…………っ。」
腰に携行していた、二本目のククリを係員の頭に突き刺す。
「Aww……man……。」
溜息を混ぜた独り言を零し、壁に突き刺さったククリを引き抜いた。
僅か十数秒。
データセンターのロビーは、静かに墓地と化してしまった。
たった一人によって、入口が突破されたのだ。
「キツイなァ……、この役目」
男は、静かに呟いた。
血の滴る音のみが、タイルに反響する。
2つの黒いククリナイフが、赤く輝いていた。




