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四話 剣客


 銃声が、オフィスビルの廊下を叩いた。

 ——選べ。

 恰幅の良い武装員がぞろぞろと氾濫している。

 ——決めろ。

 長い刃物を振り回す者、銃は意味がないと悟り懐にしまう者。

 ——自分の正義を。

 そんな混沌の真っ只中で、縁琉は答えを探していた。

 正解の無い正義。

 何度も、圓の言葉が脳裏を過ぎる。

「縁琉っ!!」

 ギィン————

「……!」

 ハッと我に返ると、圓のハンマーがファルシオンのような刃物の一撃を受けていた。

 圓は柄の端を軽く握っているだけで、武装員の刃物を抑えていた。

「シャキッとせぇ、戦闘中や」

「っ、申し訳ありません……。」

 言い終える前に、柄を握り直した圓は、刃物ごと武装員を叩き飛ばした。ビリヤードのように、後続の員に衝突し、倒れる。

 場所は都心の中規模オフィスビル。

 表向きは、物流コンサル会社。

 裏は、銃器、偽造身分証を仲介する犯罪物流会社。

 前回の倉庫から得られた証拠を解析した結果、この会社が広域的な密輸網の「中継点」であることが判明。上層組織の尻尾であることが判明しているのだ。

 その会社には犯罪組織の人間が複数出入りしていた。

 運び屋、用心棒、元PMC所属の外国籍。

 よって、今回の任務は、現場責任者の確保、サーバー、帳簿等の証拠保全が主軸。

 そして、オーガナイズは、

「さっさと掃討や。お前さん、生死問わずっていうのが抵抗あんのか?」

「いえ、重々承知の上覚悟はあります。可能な限り構成員の一斉確保、反撃防衛は隊員の自由。そう聞いた時点で察していました」

「なら、なんでそんな……。」

 圓の語尾が消える。

 武装員が長物で一斉に襲いかかって来た。

 四人程度の振り下ろしを、圓はハンマーの柄で抑え切っている。

「ぬぅお、キッついなぁッ」

「先輩、伏せて!」

 そう叫んだ縁琉は、警棒を横にフルスイングで武装員四名の顔に一撃を与えた。

 次々と倒される様子に、後続の武装員らは後退りするが、無線から響く怒鳴り声に逆らえない様子だった。

「さすがやッ」

 言って床を蹴った圓は、

 ギ、ギィン————

 と刃物の攻撃を二つほどいなし、ハンマーを回転させ、その勢いで眼前の武装員に一撃を叩き込んだ。

 くらった武装員の胸部は凹み、後ろへ吹き飛ぶ。

 すかさず大男が前に出、圓の物と同じ大きさを誇るハンマーを振り下ろした。

「死ねぇいッッ」

 圓の頭上をピンポイントで捉えたタクティカルハンマーは、タイルの砂煙を上げさせる。

 しかし、回避している圓は右側の壁を蹴り、その反動で体を宙で回転、その威力と遠心力の元、ハンマーの強烈な振り下ろしが大男の頭頂部にヒットした。

「ブッ————」

 大男は潰された缶ずめのように床に埋もれている。

 縁琉も置いていかれないよう、足を運ぶが、

「…………!」

 体当たりの勢いで突っ込んできた武装員に、行く手を阻まれた。

 警棒を回し、先端を武装員に向ける。

 そして、

「ぶっ、うごッ……——」

 突きを一つ、二つ、顎と喉へ的確に差し込んだ。

「フッっ……。」

 生まれた隙を狩るように、警棒の横振りで頭を打ち抜く。武装員の頭部は左の壁に埋もれた。

「こんな棒切れッ」

 突然、倒した武装員の背後から男が乗り出し、警棒を右手で掴んだ。

 力負けせずとも、自由が制限されてしまう。

 だが縁琉は冷静に、

「あっ……?!」

 警棒を伸縮させ、一般的な長さに縮める。

 男の手からスポッと抜けでた警棒は、しかと眉間を狙っていた。

 そして、手元をカチリと操作、瞬時に伸びた警棒は男の眉間を鋭く強打させる。

「…………。」

 さらに奥から敵が出てくる。

 しかも今度は明らかに普通の構成員ではない。

 圓に視線を向けると、

「……チッ」

 悪態を着きながら、攻撃を華麗にいなしていた。

 ハンマーの多角形部分を下に、その重心を利用して柄を素早く移動させ攻撃を受け切っている。

「………………。」

「……どうしました?」

「いや、」

 隙を見て武装員を吹き飛ばし、隣に立つ。

「なんというか」

 圓の額には、珍しく冷や汗が一雫浮かんでいる。

「強いし多いなッッ」

「同意します……!」

 言動とは裏腹に、圓は滑らかな動きで横の壁を撃ち抜いた。

 単純に叩いたのではない、眼前の廊下、武装員らに目掛けて瓦礫が飛ぶように壁を抉り開けた。

「一時撤退や!」

「壊していいんですか?!」

「金払うんは俺らちゃうっ」

 驚きを隠せ切れないものの、急いでフロアを移動する。

「くそ、逃げやがった!」

 武装員らが叫ぶ中、2人はオフィス内をぬって移動を繰り返した。


「数が多すぎる、あかんわ!」

 歯噛みしながら、圓は無線を弄る。

「流石にしんどいですね……、応援を要請したほうが」

 当然の具申。

 しかし、圓は乱暴に無線を腰に差し戻した。

「くそぅ、オーガナイズの輩全員派遣任務中や。これやから人手不足は」

「どうすれば……、」

 ——任務放棄は不可能、ただし真正面も不可能。……個別撃破で減らすか……?

 思考を巡らせるが、尽く廃案になる。

 ——……時間がかかりすぎる、ジリ貧だ……。

 二人で廊下を駆けていると、いつの間にか広間に到着した。

 青いタイルカーペットが慌ただしい足取りをボスボスという音に変換する。

 前は行き止まり、左は扉、背後は来た道。

「包囲は進みつつあるし、離脱でもええかぁ……? いや、やばいか」

 ハンマーを肩に担ぐ。

「俺も無敵ちゃうねんぞ」

 愚痴を吐きながら、圓は隣の縁琉に視線を送った。

「………………。」

 先程、油断した時と同じ顔色、俯きがちの頭。

「…………さっきから、ホンマにどした?」

 その声に、縁琉は慌てるように顔を上げた。

「すみません……っ。思い詰めていて」

「自分の正義ってやつか」

「………………。」

 図星をつかれ、唇を噛んだ。

 圓は「よっこいせ」といいながら、呑気に腰を降ろした。

「見つからんみたいやな」

「……ええ」

 短い溜息。

「…………急いで考える必要は無い。経験で肉付けされるもんやからな」

 頭をもたげ、窓ガラスにゴンと預ける。

「考え詰めたら負けや。執行庁目指した理由をそのまま使ってもええし」

「目指した理由ですか……。」

 ——人を助ける。

 ——変える。

 ——腐った国内を。

 在り来りな理由しか、浮かばない。

 犯罪に巻き込まれ、散っていった両親が僅かに反芻された。しかし、答えには詰まる。

「……なんなら、誰かを参考にしてもいい。背中を追いかけるだけでも、だいぶ迷わんなる」

「…………。」

 その言葉に、縁琉は圓の瞳に視線を向けた。

 気怠げ、生気の無い乾いた目つき。

 しかし、その目は何かを物語っている。

「……では、私は……先輩を参考にしてみるとか」

「…………ハっ……。」

 半ば冗談のように、互いに口角を上げるが、圓の顔はどこか哀愁が残った。

「…………やめとき」

 圓の脳裏に、一人の女性が薄らとよぎった。

 穏やかに微笑む女性の足元には、幼い少女がいる。


 ——頑張れー!


 そんな声が、耳奥で響いた気がした。

「先輩!」

 しかし、高速で現実に引き戻される。

「足音です」

 縁琉が警棒を構えていた。

 圓も、すかさず立ち上がる。

「もっと休ませろや」

 扉の向こう、足音に対して悪態を着いた。

 ガチャ……——

 正面の扉が開かれる。

「いたぜ」

 武装員だ。

 圓の舌打ちがフロアに響いた。

「軍隊かて。多すぎやねん……。」

「左も……っ」

 見れば、二人が来た道、左側の扉が開かれていた。

 正面、左には武装員が所狭し。

 右側は壁、後ろは窓ガラス。

 袋小路である。

「耐久かぁ? それか、窓割って逃げるか」

 冗談なのか、圓は後ろの大きな窓ガラスを親指で示した。

「最上階の1階下ですよ……。」

「無理やん」

 絶望感に、武装員は待ってはくれない。

 ジリジリと距離を詰められていた。

 ——……どうすれば。

 またも、あの時と同じ不快感が背中を伝っていた。

 ——また、判断を……。


 ガガ、ピー……ザザザ——


 突然、圓の腰から雑音が鳴り響いた。

 無線である。

「なんや、こんな時に……。」

 空いた片手で無線を手に取り、顔に近づけた。

「ちょい待っててなー。どーせ抵抗しても無駄や、大人しくするからホンマに待っといてくれー」

 場違いな声音で、圓はなんと武装員らに待ってくれと頼んだ。

「はぁ……?」

「何言ってんだアイツ」

「けど一理あるよな……。」

 武装員が口々に小声を挟む中、圓は悠々と無線に返事をしている。

「はいよ、こちら圓執行監」

「………………、」

 諦念からか、圓の表情は気怠げさと根拠の無い余裕が滲んでいた。

「…………おう、そや。…………は?」

「…………先輩?」

 曇り始めた声に、縁琉は恐る恐る声を掛けるが、突如圓が、

「ここって、最上階の一個下、やんな?」

 と顔を向けて問うた。

「え、そうです……。」

 短い返事すると、圓は「おうそうや」と言ったっきり無線を戻してしまった。

「ふー、もう無理疲れた」

「先輩……?!」

 諦めが着いたのか、なんと圓は腰をおろしてしまった。

 一体無線で何を話したのか、何を伝えられたのか。

 鼓動が跳ねた。

「応援が来たで」

「…………えっ?」

 願ってもない一言。

「無線では、なんと——」

 縁琉の質問は、途中で遮られた。

 否、遮らざるを得なかった。


 ビしュん————


 まるで金属を磨ぐような音が、小さく、一瞬で駆け抜けた。

 否、音は重要ではない。

「……はっっ……???」

 建物内の明暗が揺らぐ。

 縁琉は上を見上げると、息のような声が反射的に漏れ出た。

 天井が浮いている。

 違った、このフロアの半分から上、オフィスビルごと"切断"されていた。

「あ、あぁあ???!」

 ズシィイン——

 という轟音とともに、切られた上部がズレる。

 水平線のように綺麗な切断痕が残り、隙間から日光が差し込んだ。

「地震か??!」

「なにが起きた!」

 慌てふためく武装員。

 呆気にとられる縁琉。

「すげえ登場やな」

 圓だけが、冷静。

「…………っ?!」

 彼に目を向ける、ニヤついていた。

「お出ましやでぇ」

 差し込む日光、その隙間から人影が現れる。

「新人ン、挨拶せえよー?」

 建物の外壁を伝い、最上階まで駆け上がった何者かが、切断された階層の隙間へと身を滑り込ませる。

 軽やかな跳躍から、スタリと着地した人物。


「執行庁、"最強"の隊長さんや」


 正面から上がるより、外から直接入った方が早い。

 ただ、それだけのことだった。

 それだけで、建物を斬った。

「さい、きょう…………??」

 目の前に降り立った人物は、なんと壮麗な女性だった。

 ——…………っ!

 揺れる白い長髪を、ポニーテールに結っており、その長さは腰まである。

 捜査員のスーツを着こなし、上半身はワイシャツにヴェストのみ。

 腰には、黒く静かに佇む日本刀。

「…………。」

 こちらに顔が向く。

 静謐を形作ったかのような、儚さ。

 雪のように白い肌に、切長の目つき。

 まるで、日本人形。


「『ORGANIZE』の隊長、姫払 迦楼羅(ひめばら かるら)さんや」


「こ、この方、が…………。」

 名前だけは聞いた事があった。

 姫払 迦楼羅 上級執行監。

 縁琉自身を選抜してくれた人物でもある。

 しかし、それ以前に、

 ——最強の捜査員……。

 迦楼羅が、ゆっくりと歩みよって来た。

 近くで見ても、スラリと背が高い。

「あっ、よ、よろしくお願いします……っ、私は、わた——」


「よくここまで耐えた」


「…………。」

 鈴がなるような、そよ風が若葉をなぞるような声。

 迦楼羅はそのまま縁琉の肩に手を添えた。


「頑張ったな」


 ——……。

 微笑んだのか。

 唇の端が、僅かに持ち上がった——ように見えた。

「はっはっ、ほんま安心感凄いわぁ」

 圓が乾いた笑いと共に、軽口を叩く。

 迦楼羅は大勢の武装員に近づき、腰の刀にてを添えた。


「あとは、私が引き継ぐ」


 その声が消えた瞬間、一閃が走った。

 シュンッッ————

 白く輝く日本刀。

 気付けば、目の前の武装員らが一斉に、真っ二つに切り裂かれていた。

 切り離された上半身はゴロゴロと転げ落ち、鮮血が床を染める。

 正面に控えていた、武装員全てだ。

 ——…………う、うそ。

「なにが……。」

 カチンっ——

 小綺麗な音がなり、刀身が鞘に収まる。

「あああぁ?!! なにした、いまアイツ何しやがったぁ?!」

 武装員が顔を青ざめさせ、絶叫を上げた。

「なんだよ、いまのッ、無理だろ!」

 慌てふためく武装員らの戦闘で、長髪の男が呆然と迦楼羅を眺めている。

「……まじ、まじか…………。アイツが、」

「なな、なんすかあれ」

 隣の男が裾を掴むが、長髪の視線は外れない。

「……"国家の剣客"、死神……。」

「知ってんすか……っ?」

 震える男に、長髪は「いや」と前置きして、

「知らねぇ方がいい……。」

 と小さく零した。

「撃て!うてうてぇ!!」

 武装員らは一斉に扉から駆け出し、数人が銃口を向けた。

 乾いた銃声が数発鳴り響く。

 キンっ、キキン——

 迦楼羅は刀身を僅かに抜き、前に構える。その速さは、目に追えない。

 気付けば、刀があった。

 金属音と火花が散り、ポロポロと迦楼羅の足元に割れた弾丸が転がる。

「ダァァくそっ、囲めえぇぇ!!」

 誰かの罵声と共に、武装員五人が迦楼羅に接近し、一斉に武器を振りかざす。マチェーテ、鉄棒、ナイフ多種多様だ。

 迦楼羅は刀身を抜きさり、振るう。

 全て一瞬。

 紙芝居のようだ。

 ザシュ——

 五人が、三枚おろしのように切られ、肉塊が転ぶ。

「う、ぅあ、ァァァァ!!」

 同じく日本刀を振りかざした武装員が、迦楼羅に向かって走り出した。

 しかし、

 ゴト……——————

「あ、? あれ、」

 彼女は既に通り過ぎており、ゆっくりと歩を進めている。日本刀は知らぬ間に床に落としてしまっていた。

「な、なんで?」

 自身の手のひらを見ながら、戸惑っていると、

「あ、ァ、アぇ、ぁぁ、あ————」

 スーッと線がなぞられるように、武装員の身体が正中線に従い真っ二つになった。

「はっ、? あ、なんだコイツ!」

 残りの武装員らは、後ずさりをするのみ。誰も向かおうとしない。

 しかし、迦楼羅のゆったりとした歩は止まらない。


 ——…………強すぎる……。


 その一部始終を眺めていた縁琉は、空いた口が塞がらなかった。

 ——……違う、私と"戦いの文法"が違いすぎる……!!

 これまでのオーガナイズ、圓などの戦闘を見ても、次元が違う、レベルが違うと実感したのに、その更に上を行っていた。


「逃げろ!!!!」


 誰かが叫んだ。

 足音が轟音のように鳴り響く。

 一斉に撤退をするも、間に合わない。

 迦楼羅の一閃が駆け抜ける。

 ——………………。

 気付けば、残りの武装員が、十文字に斬られていた。

 静寂。

 血の滴る音も、鳴り止んだ。

 カチンっ——

 納刀の音が、幕引きのように響く。

 縁琉の瞳には、憧れのように輝く瞳には迦楼羅が静かに映っていた。

 ——……全て、解決した……、強さで。

「いやぁ、お疲れ様です隊長。こちらが、新人の縁琉君ですわ」

「………………。」

 目が合う。

 

 ——これ程の、強さに近づければ、全てを救えるのか。

 

 ——全部、守れるのだろうか。


 目の前に立った迦楼羅は、その静かな目で縁琉を見据えていた。

 あわてて、挨拶をする。

「は、初めまして……!! 切詰縁琉準捜査員です、よよ、よろしくお願いいたします——」


 ——強くなれば、全てを。


 ——どうやって、強く……。


 ポン、と肩を軽く叩かれた。

「…………!」

「自信だけで突っ走るな。転ぶぞ」


 ——………………!


 その精巧な無表情から出た言葉は、縁琉の胸を鋭く、しかし優しく貫いたのだった。

 ——……この人は……。

 この人のように強くなれば、いつか全てを守れる。縁琉は、そう信じてしまった。

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