二話 お仕事
「さて。遅れたこと、なんて言い訳しよか」
「……新人の私に、部隊説明をしていた……とか?」
切詰縁琉捜査員の最初のお仕事、それはだらしない先輩の言い訳補助——否、広域窃盗・武器及び麻薬密輸を行っている犯罪グループの物流拠点の制圧だった。
圓の運転する車両を集積倉庫から数百メートル離れた、見通しの良い側道に止める。
周りに捜査関係者の車が見当たらないのは、複数の車両を「分散」させて止め、一箇所に固まらないようにしているためだった。
しかし、圓の経験からか、良く見渡せば白いバンや黒いセダン——捜査用無地車両——が見える位置だった。
圓の「こういうの庇うタイプか、ええやないか」という無駄口を聞き流しながら車から降りると、待機していたのか、私服捜査員が駆け寄ってくる。
「ご苦労さまです! お早い到着で」
「せ、せやろ!」
「………………。」
慌ただしく出発した挙句、音楽をかけるために数分間Bluetoothと格闘していたとは思えない清々しさに、縁琉は目を細めた。
「あちらが、現場です」
捜査員は無線機を片手で弄りながら、指をさした。
大きな箱型の鉄骨造倉庫。外壁はグレーやベージュの断熱パネル。
軽油と潮の香りが鼻を掠めた。
「……なるほどなぁ。とりあえず、ブリーフィングや。新人もおるし、丁寧にいこか」
「おお、隊員が増えたのですね。頼もしい」
「よろしくお願いします! 切詰縁琉準捜査員です」
互いに敬礼を返す。
後続の私服捜査員との挨拶も程々に、圓が手渡された図面を手に説明を始めた。
「まずなぁ、ヨル君この任務は大阪湾の舞洲から入った違法銃器・弾薬・薬物を、一度物流倉庫へ集約し、全国各地へ再配送している疑いがあるデポを叩くっちゅうもんや、ええな?」
「……事前に言うものでは」
「ざっくり言うたやんけ。
んで、俺らが出る理由は、あいつらが武装している、過去に警察官への発砲歴あり、拠点が複数県にまたがる、執庁の捜査員が内部情報を掴んでいる、の5つや」
「4つです」
「うるせえ。
例の組織は、前科ぶら下げた日本籍・外国籍の戦闘員がコンニチハしとるわけや。危険すぎて通常の捜査員だけでは執行できひん現場を成立させる。つまり、オーガナイズの役目は突入・安全確保やな。
優先順位は証拠保全。次に対象確保。ただし、民間人の生命に危険が及ぶ場合は現場判断を認めるって指示な」
「了解しました」
素直に、短い返事を残す。
「SATが正面を開けます。その後、第一機動班には内部の武装者排除と、重要対象の確保をお願いします」
私服捜査員が、図面を指さしながら口添えした。
「デポ内部は貨物が多く入り組んでいる。対象確保、証拠保全、民間人保護をお任せしたい」
「はっ! 全てお任せください」
姿勢をただし、溌剌と声をあげた。
「さて、開始は深夜か。張り切っていこかぁ」
そんな圓の、飄々とした声音とともに皆配置に着いた。
落ち着けない数時間が過ぎ、空は既に真っ黒だった。
虫の歌声が響く中、隊員及び縁琉はコンテナの横に身を潜めるように待機していた。
「おい、交代だ」
「はいよ……。」
見張り役の男2名が、億劫げに持ち場を引き継いでいる。
「………………。」
縁琉の手が、僅かに震えていた。
——……対象確保、証拠保全、民間人保護。大丈夫だ、全部やればいい。命令通り、動け……。
緊張。
訓練や現場で嗅いだ空気で、恐怖は摩耗している。しかし、これだけは擦れない。
「まぁ気楽に行けや」
突然背後から圓の声が降り注いだ。
「…………!」
反射的に振り向くと、「辛子明太子」と書かれたおにぎりを頬張る圓がいる。
「もっと引き締めた方が良いのでは……。」
「かまへん。訓練積んだ俺らからすれば、雑魚やねん」
「そのような発言は——」
眉を顰めて、進言しようとしたが、圓の低い声音が語尾を遮った。
「ただな、……。」
「……。」
「執行対象には、たまーに俺らぐらい"強い輩"がおる。寝首かかれんように、戦闘だけは目を凝らせよ」
「……っ、はい」
圓の声が、一層落ち着きを滲ませる。
「どんな時も、集中を切らさず冷静に、クールに……や」
そう言いながら急に立ち上がり、コンテナから離れた。
「せ、先輩?!」
「制圧や、あの見張り役見とき」
手を振りながら、堂々と歩き出す。
「止めたほうが……!」
背後のSAT隊員に言うものの、黒い防弾装備を擦らせ、
「か、彼はベテランです。任せましょう、我々では現場を回せない……」
「…………っ」
冷や汗を浮かべ、呑気に歩み寄る圓に視線を向けた。
彼は見張り役の男に近づき、その余裕の姿勢を崩さない。
「おい、止まれ。誰だ」
金髪の見張り役が、耳元の無線機に指をかけ彼を止めた。
しかし、圓は、
「すまんすまん。トイレ行っとった」
とヘラヘラ笑いながら歩みを停めない。
その発言に、男は眉間に皺を寄せた。
「…………はぁ?」
男の手が僅かに下がる。
その瞬間。
「ぎぁっ————」
圓の、後頭部をかいていた右手が、素早く男の顎を穿った。
殆どノーモーションのフックである。
「なっ……!」
地面に液体のように沈んだ男と、圓を見比べた。
思わず縁琉は立ち上がり、開いた口を塞ぐ。
「あのシャッターに向かうで。全員、移動や」
周りを見れば、驚きも戸惑いもなく、全捜査員が移動を始めていた。
普段の現場では——オーガナイズとは、これが常なのだろうか。
「な、なんて大胆なッ」
「ええねん、成功したら」
「結果論ですか?!」
「さて」
妙に歯切れのよい圓の一言で、縁琉の意識が彼から目の前のシャッターに変わる。
「お前さんの戦い見してくれ。ブリーフィング通り戦力を削ればええ、頑張りや」
「……はい」
深呼吸し、落ち着きを取り戻す。
手袋を確認。
無線。
主武器の安全確認。
問題なし。
——命令通りにやれば……。
そう思った。
けれど、今日が初めての実戦だった。
ギギいぃぃ————
耳障りな音ともに、シャッターがこじ開けられる。
誰かの怒号が響いた。
一斉に前列の隊員らが防弾装備を構える。
「サツだッッ!!!」
「突撃!」
叫び声をかき消す合図と共に、縁琉は駆け出した。
SATの牽制の元、外国人、武装員、日本人の混じる敵陣へと向かう。
「あ?! 女かよ、殺せ!」
武装員らは容赦なく、銃、鈍器、刃物を掲げてこちらに向かってきた。
視界の端に、圓の姿が映る。
ケースで銃弾を防いでいるが、その足は止めていなかった。
「…………ッ!」
縁琉も止めない。
止めれば、怖気付く——そんな予感が背中にこびり付いた。
「消えろ女ぁ!」
物騒にも日本刀を振り下ろした男が、彼女の足を止めた。
——……刀! リーチの長い刃物……、ただ、予備動作さえ注意すれば。
「…………。」
上から振り下ろされるその斬撃を、軽やかに体を反らせ回避する。
雑な大振りは、大きな後隙を生み出した。
——入る……!
縁琉は腰に取り付けた武器に手をかけた。
そして、
「……ごっぉ」
男の鳩尾に、その一撃は沈み込む。
「おい、マジかっ」
倒れ込んだ男を見て、他の武装員は後退りをした。
静かに深呼吸をし、早る鼓動を抑える。
彼女の手には、黒く輝く特殊警棒が握られていた。
「ビビんなっ、リーチは俺らが上だろ!」
マチェーテを振りかざす男は、険しい表情で縁琉に猛攻を仕掛ける。
しかし、
「っブ……。」
縁琉が警棒の持ち手をカチリと動かした瞬間、その金属の棒が伸び男の鼻頭を正確に穿った。
「おお……、執庁お手製の伸縮警棒やん」
離れた位置から眺めていた圓が、感嘆するように呟く。
縁琉の手には、彼女の背丈と同等の長さに変形した警棒が握られていた。
振り回す度に、ブオンと鈍重な音が鳴る。
——……戦闘員に構っている暇はない、一般作業員の保護を……。
迷路のように積み重なる貨物を避けながら、駆け出した。
「早く、撃てっ!」
そんな声と共に、乾いた発砲音が目の前から起きた。
拳銃を構えた武装員が二人。
頬のすぐ横を銃弾が掠める。
——近い。
一発目で銃口の位置を特定。
二発目が来る前に、貨物の陰へ滑り込んだ。
そして、
「あっ……?!」
その声を残し、武装員の顔は縦に潰れる。
上半身を屈めたまま接近した縁琉は、跳躍と同時に警棒で顎を打ち上げた。
「ひっ……。」
横の武装員が銃口を瞬時に向けるも、飛び上がった縁琉はそのまま拳銃を横蹴り、着地と同時に脳天を叩き潰す。
「————…………。」
断末魔も無く、武装員の顔面は床に埋もれた。
「フゥッ……。」
息を吐き、立ち止まる。
手袋を確認、警棒の持ち手を握りしめた。
——戦えている……!
黒光りする警棒を眺め、小さく頷いた。
いつの間にか、最初の緊張は消え失せている。
「もう逃げるからな?! 絶対に止めろよ!」
遠くで、男の怒鳴り声が聞こえた。
僅かな音だったが、縁琉の耳はしかと捉えた。
——発言から、リーダーか証拠物品の管理人か……!
その思考が思い浮かんだ瞬間に、足が床を蹴っていた。
積み上げられたコンテナ、透明なビニールに包まれた貨物の山、その向こう。
「……!!」
黒いショルダーバッグを持った中年の男性が、近くの武装員に怒鳴っていた。
発言と、バッグ。
確保しない理由が無い。
「あぁあ……?!」
中年の男性と目が合う。
冷や汗を流しながら、男性は声を上げた。
「と、とにかく捜査員の奴らを止めろっ、俺を逃がせ! あいつだっ、"ジル"あいつを殺せっ」
「うるせぇってば、何回も叫ぶなよおっさぁん」
横にいた、ジルと呼ばれた人物が場違いな程に億劫な返事を返していた。
「待て! 止まれ!」
足を速め、縁琉は叫ぶ。
「止まれって言われて止まる馬鹿がいるかよ」
そう言いながら、目の前にジルが立ちはだかった。
「…………ッ!」
三白眼に、曲げた口からは鋭い犬歯が覗く。
細長い身体を気怠げに揺らす度、耳元と唇のピアスが光った。
「お前……!」
おそらく、男性の護衛か何かだろう。
縁琉は瞬時に警棒を構え直した。
その姿をみたジルは、
「あぁぁ? やっべぇ……、強いじゃんキミぃ、早く殺さねぇと……、怒られるのオレなんだよ……。」
眉を顰めながら、ジルは腰の武装に手をかけた。
「嫌だわぁ、マジで……。怒られる……、早く始末しねぇとキレられる……。」
「…………。」
——……なんだコイツ。
その異様な態度に、縁琉の肩は自然と強ばった。
「怒られる……、"アニキ"に……。」
そんなねっとりとした呟きと同時に、ジルがゆらりと距離を詰めた。
——……!!
鋭い金属音。
辛うじて初撃は流せたが、手には振動による痛みが残っている。
「あぁぁ……マジか」
その手には、刀身の長いマチェーテが2本握られていた。
バンテージを巻いた柄は薄汚れており、使い込んでいる事が伺える。
——二刀流……!
すかさず反撃に出ようとするも、ジルの滑らかな移動とマチェーテの振り上げが襲った。
顔を反らせ回避するも、もう片方のマチェーテが上から注いだ。
「……っう」
グネグネと重心を回転させるような動きに翻弄され、縁琉の頬から血が流れる。
初めて流す、現場での血。
しかし、そんな事を気にしている暇はない。
ジルの重心が前傾に歪んでいるのを観察し、警棒を振り下ろした。
「うわぉ」
気の抜けたジルの呟きが、床を叩く金属音にかき消される。
——クソ……っ!
異常な体幹が可能にしたのか、彼は振り下ろしの勢いを敢えて抑えず、頭部を床スレスレに上半身ごと弧を描くように回転させ警棒の一撃を避けた。
——こいつの動き……。
グねんとジルは立ち上がり、マチェーテを構える。
「なんだ……、これなら……。」
口元にマチェーテを近づけ、柄のバンテージをゆっくりと舐めた。
「怒られなくて、済みそうだなあ」
口角のつり上がった口は、ギラリと犬歯が光っていた。
——……来るっ。
構えた瞬間には、ジルが懐に距離を縮めていた。
「……っ」
警棒を縦に振り下ろす。
しかし、
ギィィん——
逆手に持ち替えられたマチェーテが、刀身の棟で警棒の軌道を横に反らせた。
斜め下に逸れてしまった警棒、縁琉は反射的に半身を後ろに反らせるが、
ブシィっ——
右肩、胸、左二の腕にかけて赤い裂傷が刻まれた。
「…………!!!」
顔に皺を寄せ、苦悶の表情を湛える。
よろけながらもジルを視界内に収め、体勢を立て直した。
彼のマチェーテは、両手共に逆手に持ち替えられている。
「ぐ……っ、……。」
スーツ越しにドクドクと流れ続ける鮮血。
早る鼓動に合わせ激痛が波のように襲った。
口の中が乾く。
視界が狭窄する。
膝に、力が入らなくなった。
「へっへっへ……ぇ、弱いじゃーん」
細い長身を左右に揺らし、嘲笑を浮かべるジル。
——……これは、……不味い…………。
鼓動が、早鐘を打った。
手元が震えた。
「すまんすまん、人数多くて出遅れたわ」
突如、背後から軽い声調が響いた。
「……!」
振り返ると、圓が駆け寄って来ていた。
「先輩!!」
どっと溢れる安心感を表すように、声をあげる。
圓は拳銃を懐にしまいながら、肩にかけた縦長のケースを下ろした。
「早速洗礼浴びてるみたいやのー。これが、オーガナイズの過酷さっちゅうわけや」
溜息のように、息を吐きながら目の前のジルを見据える。
「…………。」
ジルは猫背をさらに丸め、警戒を強めていた。
「申し訳ありません……、私では……。」
「ええて。はよ行け」
彼の短い言葉に、縁琉は「え」と声を漏らす。
「証拠の確保優先、はよあのジジイ追え。まだ倉庫内におるやろ」
「……あ、」
圓はケースを開け、中の武装を取り出しながら歩み出た。
ガコンと投げだしたケースから現れたのは、
「……なっ」
ブオンという風切音と共に、黒い光沢を湛える2メートル近い鉄の棒。
縁琉の警棒とは違い、先には鬼の金棒を連想させる多角形のハンマーが着いていた。
全体的に鈍重すぎる長物。
それを圓は、ブオンブオンと回転させ、ジルに向けて構えた。
彼の長髪が揺れる。
「ここは、俺が引き継ぐ」




