第一章 一話 新星
「本日付をもって、特別実行部第一機動班に配属となりました切詰 縁琉元3曹です。前任地は第1普通科連隊、退官後は執行庁第1捜査局実働2課でした。一日も早く部隊の戦力となれるよう、精一杯頑張ります。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!!」
非常に快活な声が、簡素なオフィスに響き渡った。
背筋を伸ばし、お手本のような敬礼をする縁琉は、目の前の人物に大声で挨拶をしたのだった。
簡素なスーツに、オシャレを気にしていないショートヘア、凛とした顔立ちという、容姿だけを見れば若きOLである。
しかし、その声と鋭い目つきには、軍で叩き込まれた規律が染み付いていた。
「………………。」
数秒、沈黙が走る。
目の前には、机に足を投げ出して椅子を傾けた男がいた。
年齢は二十代後半か。資料を見ながら頬杖をし、だらしげな態度を隠さない。同じスーツはだらしなく崩されている。
紫檀色の長髪は適当に結われ、全体的に公務員らしくない格好だ。
「………………?」
一向に返事がない。
どこか失礼があったのだろうか——。
そう思った瞬間、
「あいよー、歓迎するでー」
気の抜けた声が帰ってきた。
「……あ、はい!」
慌てて返事をする。
男は顔を上げた。
生気の無いその顔には、頬に切り傷が数本走っている。
「ようこそ、第一機動班へ。……あー、いや。もっとかっこええ言い方がええなぁ」
急に悩み出した男は、言葉を切り再び口を開いた。
「……ようこそ。『ORGANIZE』へ」
言い換えた割には、仏頂面を変えない男に、縁琉は気にせず今一度挨拶を返した。
「はっ! よろしくお願いします!」
——ORGANIZE……。
執行庁、引いては日本の国内向け最高戦力と言っても過言では無い特殊部隊。
遥かな目標、雲の上の存在に、今足をつけている。
そんな実感と達成感が、腹の底から湧き出てきた。
「若いなー」
気の抜けそうな声でそう言って、男は立ち上がる。
「ありがとうございます」
反射的に返事をするが、
「褒めてへんで」
と即答されてしまう。
「失礼しました」
「謝るんかい、素直やな」
「……はっ!」
「笑うとこやねん」
——…………。
イマイチ男のテンションが分からず、頬を引き攣らせる。
気まずさを隠すように、周囲を見渡した。
青いタイルカーペット、煌々と光る蛍光灯、二人を空気のように無視するスーツ姿の部隊員数名。
——案外……、地味なオフィスだな……。
会社内の一オフィスと言われても疑えない内装だった。
ただ、
「………………。」
居眠りをする大男、PCを弄り続けるマンバンの眼鏡、爪の手入れしているチャラ男。
「どした」
「えーと。変な——個性的な人員ですね」
「聞こえてんねん」
変な部隊。
それが、彼女の第一印象だった。
しかし、この部隊は日本で最も危険な現場に立つ人間たちの集まりであるのだ。
男は頭を掻きむしり、机に腰掛ける。
「まあええわ。俺は、圓 彩太郎階級は"執行監"や。よろしゅー」
「はい! よろしくお願いします」
——執行監……。
その階級に、縁琉の瞼が僅かに跳ねた。
——上から二番目の階級……、現場責任者か。
目の前のだらしない男は、案外ベテランだったのだ。
入隊したばかりの彼女は現在、一番下の"準捜査員"であり、彼とは3つもの差がある。
「すまんの、隊長は派遣任務中や。俺で我慢してくれや」
「お構いなく。ですが、選抜してくださったお礼を直接申し上げたいと」
「律儀やなぁ」
圓は短いため息をはいた。
再び、資料を眺める。
「……レンジャー試験経験と、特殊作戦群志望かいな。優秀やけど、」
一度言葉を切り、値踏みをするような視線を向けた。
「ここでは命令を聞くだけじゃなく、何を見て何を判断したかも問われる——」
その声は、先程までの軽薄さは消え失せ、まるで最終確認のような重厚さを纏っていた。
「うちはな、執庁が保有する人的戦力の中で、"最も高度な危険事案への投入を想定された実働部隊"や。
自衛隊とはちゃう、死ぬ事も充分有り得る。選抜を受けたとはいえ、お前さん、ちゃんとやれるかぁ?」
鋭い目つき。
その視線と頬の傷跡は、彼が幾つもの死線を乗り越え、それに伴った言葉の重さを保証していた。
——何を判断するか。
そんなものは、命令を受けてから考えればいい。
少なくとも、これまでの自分はそうしてきた。
縁琉の表情は1ミリも動じない。
「はい。命令とあらば、確実に遂行いたします」
沈黙が漂う。
マンバンの男の視線が、一瞬こちらに向いた。
自分が何をするべきか分からなくなったことなど、一度もない。
命令されたことを遂行する。
犯罪者を捕らえる。
国民を守る。
それが、正しいことだからだ。
「…………。……"命令"か。まぁええやろ、期待するで新人」
「はっ! ご期待下さい。与えられた任務に、心身を捧げます」
この瞬間、彼女——切詰縁琉の新しい任務が始まった。
——……遂に、憧れの……。
幼い日から望んでいた、執行庁そしてORGANIZE。
——私は、絶対に屈しない……。
腐った国内情勢下で。
——私は、ここで何かを変える。
日本のために。
国民のために。
そう決めていた。
この最前線で、日本を支えるために。
「………………。」
拳を握りしめ、縁琉はその瞳を輝かせた。
「なんや急に嬉しそうやな……。」
目を細め、やや身を引く圓。
「精一杯頑張ります!」
「分かったって」
資料をバサリと机に置き、圓は腰を上げた。
ラックにかけてあった上着を取り、歩き出す。
「ほな、早速行こか。お仕事や」
まるで食事にでも誘うかのような軽さで、圓は肩越しに告げた。
「はっ……、えっ。今からですか?」
露骨に戸惑いを浮かべる。
「流石に、唐突過ぎます……! 任務の詳細をお聞きしても」
慌てて駆け出しながらも、縁琉は説明を乞う。
「俺らはめちゃ忙しいんや、覚えとき。スクランブルも、今みたいにヌルッと始まる」
圓は話ながら、入口近くに立てかけられた"縦長のケース"を手に取った。そのケースは、長身の圓と同じ程の長さを誇っている。
「ざっくり言うなら、危険物の流通経路を示す記録媒体と関係者を確保する任務、やな。詳しい話は行きながらや」
「えぇッ」
あまりの適当さに、思わず声が裏返る。
「はよ、お前さんの"武器"取れ。割と時間無いねん」
そそくさとオフィスを後にする圓の背を追うように、足をもつれさせる縁琉の声が上がった。
「な、なんでこんなに適当なんですか?!」
有望な新人切詰縁琉の初任務は、場違いな程に慌ただしく、軽快な空気感で始まったのだった。
*(閑)
出発時、車内にて。
圓「ちょい待ち。Bluetoothが繋がらへんわ」
縁琉「時間無いって言ってませんでしたっけ?!!」




