夏の思い出Ⅲ
世界で最も扇情的と言われる。
フレンチメイドスタイル。
僕には刺激が強すぎて。
とても正視出来ない。
普段の清楚で神秘的な黒髪も素敵。けど、まるで日差しに溶けてしまいそうな白銀の髪。別の意味で神々しい。ヘアウィッグだろうか?
西洋の神話に出て来る女神様。
「私の髪…珍しいですか?これは鬘ではなく地毛ですよ」
「御主人様」
普段履かないヒ-ルのせいかな?
小柄で華奢な普段の彼女よりも。
背が高く見えるのだけれど。
いや、身長たかくね!?
「円乗…羽女さんだよね?見違えちゃったよ」
「いいえ、私はそのような名前ではありませんよ。よおくご覧になって下さいませ…御主人様!」
「違う…の?」
「全然違いますよ」
確かに口元にあるホクロ。円乗羽女とは違っているが。この人は、それで変装したつもりでいるのだろうか。
「それより、先程「見違えた」とおっしゃいましたが、何方と、どう見違えたのか気になりますわ〜」
戸惑い顔で彼女の顔が間近に迫る。
伽羅のような甘い香りが鼻先を擽る。それは大きく開いた胸の谷間、普段けっして見せる事のない生足。
彼女の息づかいが耳元を擽る。
「遠慮なさらずに〜隅から隅まで心おきなく!私を見て下さいね!御•主•人•様!」
僕の知ってる円乗さんじゃない。
「君は一体誰?」
顔を上げた瞬間、僕の視界から、彼女の姿は忽然と消えていた。
「あれ..え?ええ?円乗…さん…!?」
店内に潜んでいたと見られる。
巫女達が一斉に投げた祓い棒。
彼女のいた空間をすり抜けた。
まるでナイフ投げの的のように、
ベンチシ-トに突き刺さる。
彼女はその殺那。
僕の頭上を舞っていた。
まるでスローモ-ションの映像。短いスカートから、すらりと伸びた細くて白い足。これが噂の白のガ-ターなのか!?
天女の羽衣みたいに宙を舞う。
左足のヒ-ルの先が、テ-ブルに着地するや否や、振り上げた左足は、弧を描き。内側に折り込まれ。タメを作る。テ-ブルは気づかない。
彼女の重さすら未だ感じていない。
右足のヒ-ルの尖端が、店のウィンドウに触れた?瞬時に、硝子は飴細工のように砕け散る。
砕けた硝子の中に飛び込んだ彼女。鼻先から目尻に疵が一筋疾るのも、それをものともしなかった。
「御機嫌よう、御主人様!」
そんな言葉と笑顔の残像を残して、彼女は路上に降り立ち。走り去る。
まるで白日夢だ。
ウィンドウの硝子は、見るも無残に砕け。路上に散乱していた。
彼女の動作。それは、硝子の破片が路上に落ちるよりも早く。
店内から外に飛び出したのだ。
僕はかすり傷もなく。テ-ブルのゴブレットの水は倒れるどころか。
一滴も溢れていなかった。
「円乗流古武術」
既視感から、口をついて出た言葉だった。以前、テレビの特番で高砂神社の特集を見た。その時、祭主である円乗羽女が披露していた演武。
今のメイドと円乗羽女。
姿こそ瓜二つだったが。
明らかに違和感がある。
明らかに色気がある。
ごめん!円乗さん!
今のは訂正するよ!
しかし先程の女の体捌き。
以前見た円乗さんの演舞。
トレースしたかのようだ。
「相生氏!」
「大丈夫であるか!?」
暫し茫然としていた。
聞き覚えのある声に。
僕は我に返った。
「相生氏!怪我などされておらぬか?ああ無事で良かった…」
目の前に巫女を大勢引き連れた。
それは僕の知っている彼女。
そうではない姿をした。
正真正銘本物の神嫁。
円乗羽女がいた。
「円乗さん…その格好は?」
さっきのでちょっと免疫が出来た、僕はメイド姿の彼女を見て言った。
「こ…これは潜入捜査のためにだな…けけけして自分から望んで着たわけではないのだので…あるぞ!」
俯いて胸元を右腕で隠しながら。
短いスカートの裾を必死で隠す。
じろ見する僕を見て。
「そ・そんなに…見ないで欲しいのだが…お願い見ないで!」
多分その後に「御主人様」と言われたら。僕は悔いなく昇天していた。
「羽女様、麗しうございます!」
「なんという可愛いらしさ!」
巫女達も店の客も我を忘れて。
うっとりを満喫した様子で。
皆も僕も彼女を見つめている。
「な!?何をしておる!おお前達、さっさとあの女を追わぬか!!いいか、必ず捕らえよ!私の前に引き立て来よ!」
引き締まった厳しい表情に戻り。
部下にゲキを飛ばした。
巫女達は尋常ではない素早さ。
すぐに店から消えた。
「今のメイドは?」
「羽女さんに似ていた…ようだけど?」
そんな言葉を何故か僕は飲み込んだ。
「神の教えに背き!世を乱す!不埒な賊です…だ!」
「平和や、治安の良さで知られる、この国にも…そんな輩が存在するのですね?」
「あまつさえ、この私の姿に成り済まし、公衆の面前で!殿方に不埒な行為を…毒婦め!」
「あんな円乗さんもいいかも」
現実にはけしてあり得ないだけに。いや現実に彼女は今メイド服姿で、僕の前に立っているのだが。
そんな事を考えていた僕のことを、
市松人形みたいな目が見下ろす。
「口元がニヤけておるようだが?」
僕は慌てて口元を押さえた。
「まあ…健康な男子なれば…致し方ないのであろうな」
言葉に全く感情がこもってない。
「乳牛め」
体面上舌打ちは止めた方が。
「この世に悪芽が吹くとも…悪華が栄えたえたためしはなし!」
悪なのか?
「いつの世も、御正道に逆らう異端者は存在する。それと向き合うのも…神職たる我が勤めと心得ておる次代だ!」
死して屍拾う者なし…みたいな?
円乗さんは可愛いくていい子だ。
ちょっとだけ面倒くさいかも。
「異端と言われてしまうと、それは自分もだよ」
思わず口をついて言葉が漏れる。
嫁がいない=この世界では異端。
なんてことだ。
彼女の細い指先。
そっと僕の肩に触れた。
切なくなる位に眩しくて。
まっすぐな眼差しだった。
「君は異端者なんかじゃない」
「私の大切な友…クラスメートだ。私は、君を異端者などと呼ばせはしない。だから…君もそんな言葉は自分からけして口にするな!」
「円乗さん」
「何だ?相生氏」
「クラスメートとして、1つ聞いて欲しい頼みがあるんだが…いいかな?」
僕は円乗さんの顔を見た。
胸の谷間に顔を。
なんて言わない。
「私に出来る事なら、何なりと言って欲しい!」
円乗さんは軽く胸を叩いて見せた。
僕はスマホを円乗さんに見せて。
彼女にひとつ頼みごとをした。
「一緒に写真いいかな?」
「しゃ写真…」
頷きかけた彼女だったが。
その表情が忽ち変わる。
この人見てて飽きない。
「ひゃ!しししまった!この格好、着替えるの忘れてた!?」
「お客様!写真撮影は有料となりますが?」
でたなバトラ-!?
後ろに行列出来てるし。
「円乗さんは、日頃治安維持のために特警まがいの事もしてんのか?」
一瞬思ったが、彼女に言わせると「今回は、神社柄みの賊であるからして」かなり特殊なケ-スらしい。
日頃神職に身をやつし、何かと多忙を究める円乗羽女。ストレスが原因で、遂に分裂したのかと。しょうもない空想をしたり。
「変装…というには…まるでルパンレベルの激似ぶりだったな」
もしも、円乗羽女があんな風に世界に二人いたら…僕はやっぱり好きになるのは…
そんな事を、つらつら考えながら、僕はその日帰宅した。
ベットの中で眠りに落ちる。
何も成果がなかった…言えばそうかもしれない。ベッド脇の充電器を刺した端末を取り上げる。本日も、メール着信通話履歴ともに0件なり。
仰向けになったまま眺める。
新しい待ち画面には僕と彼女の写真。
「この写真が、何よりの僕のお守りだよ、円乗さん!」
我ながら気持ち悪いけど。
笑いたいやつは笑えばいいさ。
写真の円乗さんを見ている。それだけで霧が晴れるように、先の見えない未来の不安が消えて行く。
そんな気がした。
僕は携帯端末を手にしたまま。
いつしか眠りについていた。




