夏の思い出Ⅱ
夫婦無双選抜に限らず。これまで、文化や社会的貢献を高く評価された人々。彼らには褒賞が毀誉された。
それは世の常である。
犯罪者には刑罰。
社会貢献に報酬。
嫁がないと流刑。
まるで、外国の高額宝くじに当選した人々がそうするように。誉れを得た人々は、アドレスや電話番号を変え、住み慣れた街を後にした。
いきなり億万長者になったりしたら。多分僕も、そうせざるを得ないかも。なんて…夢のような話だ。
億万長者や豪邸どころか、嫁がいないせいで、流刑地送りになるかも知れないのだ。嫁を探さなくては!
本来そんな目的で嫁探しとか。
なにかが間違ってる気もする。
確かに…祭の武踏会に準えた格闘イベントや、追放措置なんて前時代的もいいとこで。超野蛮にも思える。
でも僕は「世の中って案外そんなもんじゃね?」そんな風に思ったりもする。
いくら文明や科学が進んでも、人間や社会って、本能的に残酷さを秘めていて。民衆がそれを求める心。
必ずどこかに残っているものだ。
いや…その残酷さの標的にされるのは嫌だが。生贄の羊にだけはなりたくない。
それにしても暑い!
もう歩き疲れた!
喉も枯れ果てた。
【Yes, My Lord!】
イ-ゼルに立て掛けられた。
店の前にある黒板が目を惹く。
手書きのポップで超キュート。
メイドさんのイラスト。
本日開店しました!
まる文字…すれてない初々しい。
女の子に出逢える恋の予感。
渇いているのは喉だけじゃない。
砂漠にオアシス。
煉獄に甘露の雫。
金さえ払えば、金さえ払えば…
金なら少し持ってるぞ!
ふと、あの時の円乗さんの笑顔が、
頭をよぎり胸をちくりと刺す。
しかし炎天下の中頑張った!
今日も飲まず食わずで!
3日も頑張ったんだ!
僕だって…僕だって。
「いい思いがしたいんや!!!」
目を閉じてノブを掴み。
扉の鈴を鳴らした。
『いらっしゃいませ!!御主人様あ!!!』
弾けるようなメイドさん達の声と、笑顔に不覚にも涙が溢れるも…
ユニゾンで、ベルベットかシルクのような低音の執事の声。いらねえ!
男の声はいらねえし!
『メイド&執事喫茶へようこそ』
後の言葉だけ聞きたくない。
罠だった!?
ああ執事の白い歯が眩し過ぎるぜ。
いらねえイケメン&ダンディー達。カツアゲ迫る輩よりたちが悪いぞ。
メイドさん達をお姫様だっこした、執事に迎えられた。一体…何時からお姫様だっこしてお待ちしてるんだ。なんか腕がぶるぷる震えてる。
「この手の痺れこそが!真の愛なのでございます!!御主人様!!!」
一生の不覚とはこの事だと!
おのれと我が身の愚かさに!
五寸釘をば打ちまくりたい!
いっそ灼熱の日差しに。
この身を灼かれて。
死ねば良かった。
LordとMasterの違いくらい…嗚呼ガッデム!!!
それよりWifeにHusと呼ばれたい。
ちなみにWiFiにHubではない絶対。
「もしかして…皆さんは?」
一応聞いてみた。
『もちろん夫婦でございます!」
「御主人様!』
「あはは」
やっぱり?
「夫婦共稼ぎでございます!
「御主人様!」
いい声で言わないでくれよ、バトラ-。てか需要あるのか?この店。
少なくとも僕には全く全然ない。
「御主人様は何名様ですか?」
はあ。世の中にはそんなに沢山御主人様がいるのだな。
「1人です」
立てた人差し指が震えていた。
「奥様は後から?」
「いや、1人」
「本日は奥様は?」
嫁同伴喫茶なら最初から
そう書いておいてくれ。
「1人じゃ?コ-ヒー飲まして貰えないんですかあ?この店は!?」
思わず、くわっとなって。
声が大きくなってしまう。
「す…すみません御主人様」
僕に声をかけた、メイドの1人が涙目で頭を下げまくる。
メイドさんたちが怯えてる姿なんて
…見たくなかった。もう帰りたい。
執事の1人の(当然ダンディー)な男が、彼女の肩に手を置き。僕に向かって深々と御辞儀をする。
「大変失礼しました。御主人様!」
「いや僕の方こそ…」
「貴方!」
「妻よ!」
慇懃無礼暴力千万。これを茶番と言えば惨め。そして無粋。そして独身。
やっぱり夫婦か。もうメイドさんとか全然僕の方見てないし。
これは噂のツンデレよりシビアだ。
ノンケにはずっとハ-ドルが高い。
第一「貴方」とか言ってる時点で、成立してないぞこの店。
執事の恭しい接客とアフターケア。
つい断れず席に案内されてしまう。
「僭越ながら…私には、御主人様の懐深きお考えが理解出来ます」
「えっと…それは?」
「人目に触れさせたく無いような、それは素敵な奥様…という事なんですね!私もでございますよ!御主人様!妻を外に1人で出すのが…もう心配で!心配で!心配し過ぎて!こうして妻と執事をしております!」
「いや、僕独身なんで」
執事には聞こえなかったのか。
無言で席に案内してくれた。
ぽつんとベンチシ-トの席に1人。この店が変なんじゃない。
僕がこの世界ではマイノリティ。
イリ-ガルな存在なのだ。
フロアを見渡せば、客席は夫婦と思わしきカップルばかり。これが普通なんだな、きっと。
「貴方!あのメイドさんの服とても可愛いわあ」
「ああ、僕は君によく似合うと思うよ」
「私も、貴方の執事服姿見てみたあい!」
「そんなの着たら…僕はもっと君に尽くしたくなるじゃないか!?お嬢様」
「もし宜しかったら、あちらで試着出来ますよ」
「お二人のために…奥に特別な個室もご用意出来ますが..」
いかがわしい。
「いかがわしい店じゃないかあ!?」
思わずテ-ブルを叩いて、その場から立ち上がりたくなるが。
これは多分神様の罰だ。
円乗さんとの約束。温かい励ましも忘れ。欲望の赴くままに、こんな店に入った。僕に対する天罰だ。
美味しくならない。砂味がするオムライスと、泥水みたいなコ-ヒ-を腹に流し込んだら。また一から嫁探しを始めよう。
僕はテ-ブルの下で拳を握りしめた。
「あの、お一人ですか?御主人様…」
通りすがりトレンチを抱えた。
メイドさんが僕に声をかける。
「はい独身です」
「僕、気持ち悪いですよね?」
「もうほっといて下さい!」
「わ…私も…1人なんです御主人様」
微かに震えている声。
確かに聞き覚えがあった。
僕は思わず顔を上げて。
彼女の顔を見た。
「円乗さん?」




