稀人と神嫁Ⅲ
「いかんいかん!つい職務を忘れ、
て!私とした事が!?」
彼女は俯いて。
「非情であれ円乗羽女!」
高速で首を横に振る。
思い詰めた表情だった。
「円乗さ」
あ…顔を上げた。円乗羽女は、出会った時と同じ、神の代行者の佇まいを取り戻していた。
「相生氏」
切り替えが早いなあ。
せっかく親密度が上がったと思ったのに。また神嫁に戻ってしまった。
「実は…昨夜私の元に神託があった」
「神託…ですか」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
高砂神社祭主への神託。それは彼女の意思に関わらず。政治や民の生活の根幹に関わる天からの言葉。
「今から相生裕太氏に、天の御神からの御言葉を申し伝える!」
「はい」
「来たる7の月27日…今より1月後の高砂祭りの日までに…君の連れ合い、つまり嫁が現れない場合」
「場合、どうなるんですか?」
「君は全身の体毛を剃毛された後、衣服や戸籍はおろか、住居と市民の権利全てを剥奪され、無名の者として賽の河原に流刑となる」
なんという死刑宣告。
いやいっそ一思いに殺してくれよ。賽の河原って何県何市にあるのだろう。
円乗さんに質問してみた。
「何処にでもあるし何処にもない」
そんな幽玄な場所に絶対行きたくねえ!
大家であり、神の御使いで、同級生でもある円乗羽女。そんな彼女が僕に告げた。
祭りの日までに、嫁を見つけなければ、人間としての尊厳と権利をすべて剥奪され。人外の地に流刑の憂き目に合う。
「確かに…嫁無き者は賽の河原に送られるという。そんな伝承は昔からあった、しかし」
「しかし何ですか?」
「君の年で、よもや嫁がいないなどという前例が、過去100年の歴史を紐解いても存在しないのだ」
歴史的記念碑モニュメントぼっち。
「ま、まあ…どんな時代にでも生物的異形は存在しますからね!」
諦念から自棄にもなるさ。
ニヒルな笑いにもなるさ。
「アルビノとか、レオポンとか?ハイブリッドイグアナとか!雌雄同体とか!?所詮俺は…」
「しっかりし給え相生君!」
力任せに背中を叩かれる。
「嫁がいない位で!めそめそ落ち込むんじゃない!」
今度はCEOか先輩か…別に分裂病とかではなさそうだ。TPOに合わせて彼女も色々大変なのだ。
17才の女子高生が、1人でとても背負いきれない重荷を幾つも、彼女は背負って生きているのだ。
そう考えると嫁がいないくらいで、しょぼくれてる場合じゃないな。
自分で自分の顔を叩きたい。
そんな気持ちになった。
「ありがとう!円乗さん、僕祭りの日までに絶対に嫁を探してみせるよ!」
「そうか!そうだな…きっと見つかるさ」
彼女は少し俯いて答えた。
やがて懍とした曇りない瞳。
真っ直ぐに僕を見つめ返す。
「君は何一つ悪くない。他の男性と同じ、いやそれ以上に…正しい心を持っていると私は思う。幸せになっていいんだぞ!私は応援する…今日は何よりもそれを伝えたくてな」
彼女は、僕に最悪の知らせと、最高の気持ちの高鳴りを届けてくれた。
こんな僕のために…ありがとう円乗さん。
神社にお詣りした事もないけど。
心の中で円乗さんに手を合わせた。
人目につかないように、非常階段から帰るという円乗さんを残して。
僕は彼女に別れを告げた。
「応援してる!円乗君!」
「ありがとう円乗さん!」
「応援してるぞ!ワッショイ!」
円乗さんはお祭りモ-ド全開だ。
この世に女神様がいるのなら。
僕の背中には女神様のエ-ル。
こんなに心強い事はない。
「ワッショイ!ワッショイ!」
あの…円乗さん?
そんな大きな声出したら近所迷惑。
案の定マンションの扉が一斉に開いた。彼女の声は祝詞。知らぬ者はない。
「きゃあ円乗様!!」
「貴方!ハネノメ様が降臨されたわ!!」
「写真撮らさせて下さい!」
「握手して下さい!」
忽ち彼女の周りに人の輪が出来た。
すぐもみくちゃにされる。
1つ分かった事がある。
僕の住む世界の女神様。
円乗羽女は実は不器用な女の子。
神社の御神木級の天然記念物だ。
ここは男気を!
彼女を群衆の中から連れ出そうと、一歩前に出ようとした。
彼女と目が合った。
「ややこしい事になるから」
「だめ」
優しい眼差しが揺れ。
唇がそう囁いた。
僕は頷いて彼女に背を向ける。
エレベータに向かって歩き出す。
今日から嫁クエストの始まりだ。
目の前でエレベータの扉が開くと、
中から祓い棒を手にした、夥しい数の巫女さんたちが飛び出して来た。
彼女に群がるマンションの住民たち。巫女たちは躊躇なく裁き始めた。
尋常じゃない身のこなし。
背筋が寒くなる。
巫女たちをたしなめる声を最後に、
エレベータの扉が閉じた。
外に出ると初夏の日差しと風の音。
その音に季節の音色が重なり会う。
公民館から聞こえて来るのは、揃わない笛や、太鼓の祭囃子を練習する音。なかなか揃わない拍子。
夏の訪れを教えてくれる。
僕の人生に春は訪れねど。
それでも夏は巡り来る。
僕にも17回目の夏が来ていた。
またぼっちの夏だと思っていた。
けど今年の夏は違うはず。
そう強く思って学校に向う。
彼女が僕に言ってくれたから。
初めて声をかけてくれたから。
「賽の河原送りだぞ」
「応援するぞ相生氏!」
今年の夏はいつもと違う。
始めから違っていたんだ。




