REPLAY
情けない話だ。
そこから先の僕は…当事者として、そこにいた訳ではない。彼女を守ると息巻いて。その場に立っていることさえ出来なかった。
海面に叩きつけられ。
派手な水柱を上げた。
暫くは洋上を浮遊して。
そのまま波に呑まれた。
言い遺した言葉は彼女の名前。
沈み行く涙の飛沫と消えた。
円乗羽女と散華の戦いの顛末。
それは、寡婦帰島の寡婦たちが撮影した、テレビカメラにより。記録媒体に残された。
以下はその映像記録だ。
✻一部音声にノイズあり✻
「微塵か…こんな古典的な武器が!何だと言うのだ!」
身を捩り体に巻かれた鎖。
引きちぎろうとする散華。
「それはけして切れません」
散華が顔を上げると、目の前に羽女の姿があった。
彼女が手にした榊は、金色の光を放ち。眩い耀きを放つ。
七支刀よりもさらに。
刃の枝葉を繁らせる。
「三國一の剛力と呼ばれる、三女の瞿麦。あの子が、万が一にも私との約束を違え、暴れ出すような事があればと…三日三晩護符を焚いて鍛えた鎖です。たとえ姉様といえども、そうそう容易くは切れません!」
「それがお前の切り札か」
「瞿麦と相生弟…姉様に挑んだ勇気!私は、お前達を真の夫婦と認めよう…いたらぬ姉だった…お前の真名はミントであったな」
「お前が手にしている…それが天羽々斬の真の姿か?」
散華の言葉に羽女は頷く。
「これは、あらゆる神剣と呼ばれる剣の祖神。無限に神剣を生み出す。一度姉様の名を呼べば、六道冥府の輪廻の果てまでも追いかけ、如何なる世界にも現出し、姉様という存在を根絶やしにするまで止まらない」
「我ながら…恐ろしいものを盗み出そうとしたものだ!」
「少しは…神事について学ばれるべきでした!」
「よいのか?お前の連れ合いは回収しなくても」
「あの方は死にません」
「馬鹿な!この高さから海に落ちて、生きている方が奇跡だ!」
「こんなところで死ぬようならば、私の夫になど到底なれません!私を嫁にするまで、あの人はけして死なない!死なせはしないのです!」
羽女は剣を構えた。
「死んで、この私を悲しませるような振る舞いは、この私が許さない」
「なるほど!お前達の切り札は…夫婦愛という訳か!?」
散華は大声で笑った。
「神の威光を放つ神剣により、滅ぼされる、お前の姿を思い描いたが…逆に返り打ちに合うとは!些かベタな結末よ…しかも最後は夫婦愛だと!この私が?まだ愛も知らぬ、お前たちにより滅びるというか!?」
「愛なら既に知っております」
散華は羽女の顔を見て。
剣を突き立て腕を組み。
そのまま坐り込む。
「まあ悪くはない」
「さあ切るが良い」
観念したように目を閉じた。
散華の鳥舟は、四散した鳳凰により食いつくされて。再生が儘ならない。程無く海へ墜落するだろう。
羽女は手にした剣を無造作に降り
下ろした。散華を縛っていた鎖は、苦もなく切れ。軽い音を鳴らし落ちた。
「なんだ慈悲か?この私を?よもや助けるつもりか?」
一瞬だけ羽女の顔を見上げ。
散華は改めて妹の顔を見て。
安堵したように微笑んだ。
「なるほど『素手でこの女をぶちのめさなくては気が済まない』お前の顔にはそう書いてある」
「流石は姉様です」
傾き沈み行く自らの舟から。
散華は羽女の鳥舟に跳移る。
羽女は神剣を捨てた。
短い祝詞を唱える。
それは榊の枝に戻った。
結果から先に言ってしまえば。
羽女は散華に対して。
成す術がなかった。
羽女の打撃は、悉く散華にかわされ空を切るばかり。間合いすら掴む事も出来ぬまま。急所を五発。
打撃の拳で打ち抜かれる。
「いかに速度が上がろうと、軌道が定められた列車。かわせぬはずがない…ましてや羽女、お前の動きは時刻表通りだ!」
脛椎から頭を根こそぎ刈り取る。
蹴りが後頭部に入る。
「此で投了だ」
よろめく羽女の背後から。逆さまになった散華の顔がぞろりと覗く。
前屈みに倒れそうになる。羽女の後頭部に鉄化した膝が入る。頭蓋の骨が砕ける音を羽女は聞いた。
「勝札を手許に引き寄せながら、それを捨てた。己の虚栄や誇り、建前や形式、くだらぬものばかりに囚われる女よ、羽女、お前は最弱だ!私は拘束を受けてなお、お前の喉笛を噛み切る!その機会を狙っていたというのに。最初にお前に言ったはずだ。これは、私とお前の戦であると」
漸く散華の足が降り立つ。
朦朧とする意識。
霞む視覚の中で。
未だ瞳は見開いたまま。
その闘志を宿したまま。
「私はまた負けては…」
呪とは言祝よりもはやく。
人に到達するものなのか。
羽女は奥歯を噛みしめる。
「私の改變が、お前に対して発動する速度と、お前の神速が…確かそんな話だったな」
それは私と相生君の話。
それも何処かで聞いて。
姉様って本当に悪趣味。
散華は羽女に対し、腕を組んだ姿勢のまま。顎をしゃくる。
「いいだろう。私も改變など一切使わぬ。存分に自慢の神速で挑むがよい」
「な…何故に…そんな事を」
「この距離では遠いか?」
自ら羽女との距離を詰める。
「お前の急所に、今私が打ち込んだ打撃により。お前の体内の骨には、私が描いた通りの、皹が入っているはずだ。もし神速を使えば、骨が砕け、忽ちお前の脳や、心臓を切り裂くだろう。どうだ試してみるか?」
「仮に私がこの場で、お前に負荷をかけても結果は同じ。お前の敗北は既に確定した。羽女、お前は私との戦に、戦わずして敗れたのだ!」
「まだ私は闘える!」
「だが犬死だ。勝敗の結末とは、そのようにあっけないものだ…羽女、お前は私にけして届か…」
「言うなあ!!!」
羽女は叫んだ。
「私はまだ負けてない!!姉様の技など、何一つ効いてはいない!!私は負けるわけには行かない!!膝など着かぬ!!ここに来て私と戦え!!私は…」
「羽女」
「私は…」
「殲」
散華は呟いた。
斜めに傾く鳳凰。
「旧き神の舟。墓標に相応しかろう!せめてこの世界と、己の業と共に、いざや沈め羽女!」
散華は羽女に背を向け。
振り返る素振りもなく。
そのまま歩き出した。




