天羽々斬Ⅱ
「ふざけた真似しやがって!」
「放せ!!」
あまり怒りに語気を強め。寡婦の腕を振りほどこうと藻掻く。
その時ふいに、僕を掴んでいた一人の寡婦の力が緩んだ。
僕を見上げる仮面。その表情は読み取れない。しかし、その仮面の奥にある瞳は、とても悲しげに見えた。
「時田…さん?」
彼女の右腕に、喪章のように嵌められた腕宛を見て。僕は思わず呟いた。
彼女は一度顔を伏せ。僕を見ると、自らの喉に人差し指を当てた。
すぐに彼女は僕の元を離れ。
寡婦の軍勢に紛れて消えた。
「羽女!」
こんな緊迫した場面なのだ。
どさくさ紛れに呼び捨てだ。
僕は彼女の名前を叫ぶ。すぐに彼女の元に駆け寄る。誰が何をしたとか。そんな事はどうでもよかった。
ただ、こんな馬鹿げた事は終わりにしよう。
それが出来るのは、この世界でたった一人。円乗羽女だけだ。
「天羽々斬により、貴様は羽根を切られ地に墜ちる。次に、貴様が目覚めるのはカフカ島だ。手足を切り落とし、顔を潰し…だが、その片目だけは潰さず残してやろう。お前の愛したこの世が変わる様を、愛した男が、私の靴底の下で寡しづく様を、その目でしかと見届けるがいい」
「姉様」
羽女は目の前に榊を掲げる。
散華はそれを見て。
無駄な足掻きと鼻で笑う。
「幾ら神通力を通したとはいえ、そんな木葉で!この天羽々斬の斬撃を凌げるとでも思うか?」
「残念ですが、姉様が手にしたそれは、天羽々斬ではありません」
「そんな子供騙しの嘘に…」
「羽女は嘘は申しません。それは天羽々斬という、神社に伝わる奉納品、ただの古錆びた銅剣です」
「私は、この神剣によりカフカ島の結界を切った!切ってやったぞ!」
「鰯の頭も信心から」
「な…んだと!?」
「たとえ腐ろうが、冥府魔道に墜ちようが、姉様は由緒ある高砂神社の元祭主。それほどの力をお持ちの姉様が、真の神剣と信じて疑わず、それを振るえば、結界など切るは容易い事。それに…元より姉様には神道系の呪には耐性があります」
確かに!散華は、結界に阻まれたカフカ島と本土を、一人だけ自由に行き来していた。
それに羽女の言葉…今空を飛ぶ鳳凰は、先程まではただの巨石に過ぎなかった。
「この剣が…ただの銅剣だと!」
「神社とは、神が依り集う美屋。しかし、普段そこに神は居りません。宮にある神木、鏡、剣、それら全て御神体と呼ばれるものは、所詮は依代に過ぎないのです」
一見感情を持たない。人形のような佇まいの彼女だが。僕には分かる。
説得力あるし。祭主だし!
そちら散華も元祭主だよな。
これまでの、散華の度重なる暴挙に対し、彼女は今、抑えきれぬ怒りを解放しようとしている。
「祭主であった頃より、煩わしい神事を私一人に任せ、武芸に精進するのはよしとして、くだらぬゲームや漫画にうつつをぬかす、被害妄想厨ニ病三昧の姉様なれば…」
「最後に詰めを誤るのですよ」
姉の本質を淀みなく言いきった。
しかし散華は動じない。
動じるような女ならば。
こんな事になってない。
「鰯の頭か…それは良い事を聞いた」
「そんなにご覧になりたければ、見せて差し上げます」
羽女は瞳を閉じ。
祝詞を唱え始める。
散華は銅の剣を高々と天に掲げる。
「我の鰯に依り集え!寡婦共の魂よ!怨念よ!嘆き!悲しみ!我の元に!我と共に!!!」
寡婦達の体が黒霧となって。
散華の剣の元に集まる。
羽女が祝詞を唱えるより早く。
散華は剣を降り下ろした。
「亡き者たちへの悼みと、我らが積年の恨みと共に散るがよい!」
僕は羽女の前に立ち。彼女を押し退けた。羽女は突き飛ばされて。後方に尻餅をついた。
しかし、一度トランス状態に入ってしまった彼女の口から、奏上が途絶える事はなかった。
「懴剣霊華」
散華が放った黒の斬撃。
鳳凰を真二つに切り裂いた。
「悪いな厨ニで」
僕は彼女と離れ。
鳳凰の半身と共に。
雲の下に転落した。




