天羽々斬
海上に墜落してもおかしくはない。
双方共に致命的な損傷だった。
それにも関わらず、散華の鳥舟八咫烏と羽女の鳳凰は、今まさに驚くべき早さで再生しつつあった。
時を待たず、羽女の榊と、散華の手にした神剣による攻防は続いた。
散華は右手に剣、左には八咫烏を御す、黒い轡を握りしめていた。
一太刀一太刀が、不可視の速度で繰り出される。まるで、閃くパルスのような羽女の剣技。
しかし、散華は軌道を読み切り。全てを受け流す。それでも羽女は、散華に息つく暇も隙も与えない。
僕たちは、黒い仮面をつけた寡婦が犇めく。敵陣の只中にいた。
しかしこの二人の戦い。誰一人割って入る事は出来なかった。
「どうされました姉様?重力改變は?この羽女に荷す業とやらは?今日は使えませんか!」
今の羽女は、重力の重圧から解き放たれ。宙を舞う戦神だ。
今の羽女はその名の通り。
目に見えぬ翼を背に纏う。
勝てる!
このまま手を緩めず。押しきる事が出来れば…勝てるかも知れない。
「調子に…!乗るなあ!!!」
散華の降り降ろした剣威に弾かれ、羽女が鳳凰の翼に舞い戻る。
押し戻されたと言うべきか。
散華の強さに加え八咫烏の異様さ。改めて戦慄を覚える。
「天の鳥舟である、八咫烏まで改變するとは!姉様なんて事を!」
「あんた、今時携帯端末くらい持った方がいいよ、デコとか知らないのかい」
デコって…八咫烏の顔についてるルビーみたいな…赤い複数の目の事だろうか。
「姉様が、各地の神社から盗んだ!八咫の鏡は…そのような目的で使うものではありません!」
「た~だ埃まみれで飾っとくだけよりいいだろう。私はぴん!と閃いちまったのさ…八咫の鏡だけにね!」
八咫の鏡って八個もあるのか。
それとも分割したのか。
何れにせよ、神をも恐れぬとはこの事だ。でも、見たところ七つしかないみたいだけど。
「寡婦たちを宙に浮かせ、海上を歩かせ、これも重力操作のなせる技…此れほどの…力がありながら!」
僅かな隙や間が命とりになる。
散華は何を仕掛けて来るか。
まるで予測がつかない。
上空に一閃、光るものがあった。
「G!R!A!V!I!T!Y!!!!DESTNY!MARIAR-GE!!HAMMERRRRRRRRRR-!!!!!!!」
大文字での叫び。
絶叫と共に隕石のように燃え盛る、身の丈を越える大槌を振りかざし。
空からメイドが降って来た。
「瞿麦?」
「ミントちゃんか!?」
「喰らうのです~!!!」
散華の翳した人差し指。
大槌はその手前で静止した。
ミントちゃんは歯ぎしりして。
槌を降り下ろそうとする。
しかし空中で静止した大槌。
その体はまったく動かない。
摩擦で髪の先が焼け焦げ。
服もすっかり燃え落ちて。
胸まで肌が露出してしまっていた。
「何だあ、お前は?」
「あ、姉様お初です」
「お初だな!剛力に加え…自らの業をも科す攻撃…貴様も重力使いか」
「ついでに僕の業も!」
裕!?
「なかなか面白いが…まだまだ!」
「ぐぎぎぎぎき」
「ミントちゃん頑張れ!僕も!力を貸すよ!!」
白無垢の背中から裕が顔を出す。
「あ…ちょっと!裕君変なとこ触ったらダメなのです…や…だめえ!」
「珍妙な。二人羽織か?」
「裕君は…この世界の人じゃないから…他の夫婦みたいに、フォーム・チェンジ出来ないのです!」
「ごめんミントちゃん…僕は足引っ張ってばかりだ」
いやお前胸をまさぐって。
「それでもミントは!ミントは!この姉様たちに勝って、認めてもらいたいのです!姉様にも、お兄ちゃんにも…裕君のお父さんとお母さんにも!裕君がミントをさらってくれて…ミントはとっても幸せだけど…裕君は…時々辛そうなのです。だからだから…晴れて三國一の夫婦と呼ばれたいのです!!!」
「ミントちゃん」
「一つ、よいか」
「はひ?」
「この鳥舟は、本来神の乗り物。貴様達のような不埒者が触れる事も、
上から見下ろす事も許されない」
言えた義理ではない。
「ご、ごめんなさいです」
謝っちゃだめ。
八咫烏の首が大蛇のように伸びる。
ミントと裕の目の前に鎌首を擡げ。
「へ、蛇は嫌い…」
「瞿麦!」
「ミントちゃん!…てみんな呼びます」
八咫烏が嘴を開ける。
その中には八咫鏡。
「瞿麦!」
「二人とも逃げろ!!」
「祝儀だ」
散華が左手に携えた轡。
さらに強く握りしめた。
ミントと裕は抱き合ったまま。
閃光に包まれ…跡形もなく消えた。
「夫婦よ幸多かれ、美しくあれ!だが私はバカップルが大嫌いだ!」
散華の高笑いが響いた。
「瞿麦!?瞿麦!実の妹まで手にかけるとは…なんて仕打ちを!姉様…許しません!!!」
「つまらぬ。雑魚に切り札を使ってしまった…これは力が満ちるのに、相応に時間がかかるのが難点だ」
元の位置に戻った八咫烏の目は、
静かな海の青に変わっていた。
せっかく…せっかく弟と嫁…いや妹、家族に会えたと思ったのに!
「散華!絶対にお前を許さない!!」
空間に得物を手にした白鷺の兵。
その軍勢が次々に現れる。
「宴も酣だが。そろそろ終いだ!」
散華は悪びれる様子もなく。
手にした神剣を一振りする。
「やはり鳳凰の方が再生が早いか…それと、そこにいる蚊蜻蛉共に飛び回られては…的が絞り辛い」
散華が天に剣を翳す。申し合わせたかのように、寡婦達が白鷺兵の体に組み付き。その動きを封じ込める。
僕の目の前にも寡婦が現れ。
羽女の元に行く事が出来ない。
「な、何だ…お前ら!?くそっ!放せ!!」
寡婦は執拗に体に纏わりつき。
けして離れようとしない。
「高砂神社に古来より伝わる神剣。その名を申してみよ!円乗羽女!」
羽女は黙して語らない。
「よもや恐ろしくて、口にも出来ぬか…この天羽々斬この神剣こそが!貴様と鳳凰を殺す剣だ!」
それはあの日の夕暮れ時。僕と羽女の前に現れた散華が手にしていた。
古錆びた剣だった。
天羽々斬は、高砂神社に伝わる門外不出にして、全ての神剣の祖神。
神宮の至宝である事は間違いない。
円乗羽女。
その剣より名付けられた。
彼女の縁起の剣でもある
散華はその謂れを語る。
鳳凰に縁の祭主。自らが命を絶つための剣とも謂れる。聖なる宝剣だ。
羽女や禰宜たちは、奪われしその剣。必死で取り戻そとしていた。
その理由を、今僕は散華の口から初めて聞いた。
「切り札は最後まで残しておいた。羽女、お前の最後に相応しい剣だ」
目の前を、テレビカメラを担いだ寡婦が通り過ぎる。散華と羽女を、カメラで撮影し始める。
その様が何とも異様だ。
「今流行りのパブリック… 何とかというやつだ。国営放送局は、我々カフカ島民が制圧し占拠した!」
妹殺しをテレビ中継するつもりか!?なんて…なんてやつだ!
「罪に塗れてなお、自裁さえ出来ぬ!この腑抜けた妹のために!今この場で!この姉が介錯してやろう」
円乗羽女。
僕の大好きな。
女の子の名前。
円乗羽女。
その名の由となった剣。
本来なら高砂神社の社に奉られ。
祭主円乗羽女が手にするべき剣。
「縁もろともに」
彼女を斬るというのか。
「慈愛というやつだ」
その頃高砂神社内にある放送局。
薫は寡婦の集団に襲撃を受け。
その身柄を拘束されていた。
寡婦の一人が彼女に銃を突き付け。
【 動くな 】
ADのようにスケッチブックを出し。
マジックで書いた文字を見せた。
「ふざけた…真似を…羽女様!」




