白鷺舞闘会Ⅲ
これは夢ではなく現実。
それを僕に教えるように。
社内全域に放送が流れた。
『高砂神社祭主、円乗羽女様、鳳輦にて渡御。境内におる者は、火急的速やかに!行幸のための道を開けよ!』
「繰り返す!円乗羽女様、鳳輦にて渡御…』
境内に出ると、巫女達が迅速な動きで立ち働いている。
祭の参拝客や、白鷺武踏会の参加者たちに声がけをして、神木のある安全な場所へと誘導しつつあった。
「茅の輪の準備を急げ!」
十数名がかりで巫女達が転がす。
それはあまりに巨大な茅の輪。
神社の入り口付近まで運ばれ。
大鳥居の前に据え付けられた。
その間も祭主を背に乗せた鳳凰は、爆撃機の機影のように目標を定め、空中で幾度も旋回を繰り返す。
「鳳輦出まし」
上空から神社の屋根を掠め。
鳳凰が滑空する。
ナリカミの音色を合図に。
鳳笙は天空の音。
龍笛は龍の嘶き。
天と人間が住む地上の間を舞う。
篳篥は大地の奏。
魂を込めた巫女舞の音色を背に、
円乗羽女は鳳凰より手を伸ばす。
その先にある磐坂。磐坂は、境内の中央に設えた、数メートル四方に玉砂利を敷いた区画。漬物石大の石をケルン状に積み上げ。頂きに榊を刺したもの。
これが最古の神社の形態。
磐坂は神籬と同義である。
社や鳥居などなくとも。
後は神官さえいれば。
神社として成立する。
神社の社は神が依り集う場所。其所や御神体に神がいる訳ではない。祭の日神官によって神は依代に座す。
白鷺舞闘会は、最後の闘いに勝ち残った夫婦のみが、磐坂に刺した榊を、祭主である彼女に手渡し。終儀となる。
最も神に近づいた人間のみ。
榊は手にする事を許される。
それを奪ったのは散華。
円乗花女に突きつけた。
昨年の高砂祭での話だ。
その榊を円乗羽女は今手にした。
鳳凰の上に両の足で立ち。
榊を茅の輪に向ける。
「我往きて、降し伏すべきして、自ら討伐赴くもの也!」
居合わせた人々から歓声が上がる。
僕は猛然と境内の中央に走り込む。巨大な鳥の脚に組み付こうと。
決死のダイブを試みた。
とても手が届く高度や速度ではなかった。だから旋回中に機を伺った。
鳳凰が速度を落とし、彼女が境内の中央にある、何かを掴もうとしている仕草を見て。一か八かヤマをかけて飛び込んだのだ。
歓声が悲鳴に変わる。
多分僕は鳥に引き摺られ。
めちゃくちゃかっこ悪い。
だけどそんな事は言ってられない。
ふわりと鳳凰は低空で旋回。
一度だけ大きく羽ばたいた。
風が巻き起こる。
白鷺舞闘会に参加していた者達の体が風に浚われ。ふわりと宙に舞う。
『私の名前は薫。高砂神社にて、円乗様直属の禰宜、祝を統括する者だ!』
白鷺舞闘会に参加している夫婦は二人ではなく一人。
『円乗宮様より、現在開催されているこの白鷺舞闘会主催を、暫定的に引き継いだ者である!』
鳳凰の起こした風。
街中に吹き渡る。
『現在、この国に、散華を名乗る黒の一味の軍勢が迫りつつある!』
仮面を着けた男女の体が風に吹かれる。
白無垢と、ウェディングドレスは風に靡き。梢に依り集う白鷺のよう。
『祭主としての責任から、円乗様はこれを一人で迎え打たんと、鳳輦にて、今発たれた!』
白衣の鎧を風に靡かせ。
神の兵士が空を目指す。
『私もこれより祭主様の後を追う。これは勿論、円乗様から下された命令に背く行為であり…造反者ととられても仕方ない!』
この日は紺碧の空一面。白鷺の羽色に塗り替えられたかのようだった。
『私は先程、円乗様より巻物を手渡された。これは、高砂神社の縁起について記されたものらしい。それどころか…祭主しか知り得ぬ秘匿である、世の万物創世などが知るされている。こんなものを、私に託したところからして、あの御方は…死を覚悟しておられる!』
空へ舞い上がる鳳凰。
振り落とされまいと。
歯を食いしばるが。
握力が…もうやばい。
『私は今から…これを聞いている皆の前で読み上げたいと思う』
芭蕉の葉くらいある羽根。
僕は必死で掴むけれど。
足場はなく宙ぶらりんに。
落ちたら間違いなく即死。
どんだけデカイんだよ!?
この鳥!いや神輿?鳥船?
『民の平和なくして美世なし…しかし、私達高砂神社の巫女にとっては、円乗羽女様なくして…美世も神もない。しかし、ここに記された門外不出の秘密とやらが、我らが円乗様をたった一人で…たった1人で空に駆り立てのであれば!』
手の痺れ。もう限界。
「もうダメだ」
僕は諦めかけた。
『もしも、これを読み終わり『それでも尚!』と言う人が…1人でもいてくれるのならば…』
鳳凰の体が変容し、タラップのような段差が目の前に現れる。
『どうか力を貸して欲しい!」
「この国を護るために!!」
「円乗羽女と共に闘おう!!!』
「円乗さんさ…僕がしがみついてるの…実は知ってたよね?さっき目が合ったよね?」
何とかしてよ!円乗さん!!
それくらいの文句の一つ位。
彼女に言ってやりたかった。
何も言わずとも。
鼓舞などせずとも。
声を枯らさずとも。
この私如きが。
及ぶはずなき。
空を埋め尽くす白鷺。
「杞憂であった」
その光景を見て。
薫はそう呟いた。
でも僕は、榊を手に前を向いたままの円乗羽女を見て。何も言えなかった。その神々しさと佇まいを見て。
言葉を失った。
彼女の髪が風に靡いている。
ただそれだけで涙が溢れた。
『高砂神社、白鷺舞闘暫定主催であるところの、私の権限に於いて、舞闘会のルールを一部変更する』
「円乗さんってば!!さっきから呼んでるのに何で返事しないの!?」
『本日只今より、白鷺舞闘会、神宮境内より、我が国すべての海域とする!』
「円乗さん!」
「だって死んだのであろう?」
涼しい顔で死人扱いするな。
「私とて、死人と話すのは…それは怖いものだから」
口元からちらりと舌を覗かせた。
「それが君なら尚の事だ」
彼女は何故か軽く首を振った。
『戦う者も、戦わざる者も、自身の命も含め、誰1人死すことなく!何人たりとも本土上陸を許すな!!」
『それが勝利条件だ!!!』
薫はふっと呼吸を整えて。
さらに凛とその声を張り。
皆人に向けてこう告げた。
『白鷺舞闘会を開催する!』




