白鷺舞闘会Ⅱ
僕は円乗さんの後を追いかけた。
辿り着いたその先には。
樹皮を剥がさず組まれた。
桧の黒鳥居があった。
鳥居の先には、境内にある拝殿と本殿と同じ造りの社。切妻の屋根が、木立の間に見え隠れする。
祭の最中だというのに、この場所だけが静寂に包まれていた。
「此方は羽女さま縁の摂社となります」
そう言って、僕の背中越しに声をかけたのは、一人の若い巫女だった。
「貴女は確か薫さん?」
「その節は…宮様の御身を御守りする立場で在りながら、無様な失態をお見せしました」
彼女は僕に深々と頭を下げた。
冷たいものが背中を走る。
足音一つ気配すら感じなかった。
「円乗さんは?」
「あちらの社に」
薫さんの説明によると、高砂神社は名称こそ神社の名を冠しているが、本来は大社や神宮にあたる宗廟。
そのような大神を祀る大社。
祭神の他に大小様々な御柱。
つまり万の神の社が存在する。
「それが普通なのです」
薫さんは僕に教えてくれた。
「摂社・末社・分社と呼び方は様々ありますが…」
何か話が長くなりそう。
「薫さん申し訳ないけど…今僕は、のんびり神社の説明を聞いてる暇は…」
「此方祭主様縁の摂社ともなれば、禰宜と祝を総括する私とて、おいそれとは近寄れません」
怜利な目が僕を見据える。
「ですが、今は有事の最中につき、私はそちらに向かいます」
足音も立てず通り過ぎる。
「私は昔から、羽女様の御身の御世話も致して参りました。無論、相生様の事もよく存じ上げております」
「つまり」
「本来であれば、関係者以外絶対立ち入り禁止…しかし関係者の解釈は様々…そして私は忙しい忙しい!」
ああ、この人は嘘や誤魔化しが出来ない。真っ直ぐな性格の人なんだ。
有能な人と見て間違いはない。
でもちょっと不器用なのかも。
「ありがとう薫さん!…神社で働くって…何ていうか、その色々と…」
彼女は僕に向き直り。
笑顔を見せて言った。
「上司がそういう方ですから…これでも楽しくやらせて頂いております」
短い石の段を登れば、杜の小高い場所にある社。神社の敷地内にある、もう一つの神社といった趣だ。
身を浄めるための簡素な手水舎も、神社にあるすべてが設えてある。
社の扉の前に禰宜と祝。
本来、催事神事に携わる事を旨とする者達。その集団の先頭に…いた!。円乗羽女の姿があった。
案と呼ばれる机の上には、既にかわらけに注がれた御神酒と玉串。
速やかに社の錠前が外され。
鉄の引戸が静かに開かれた。
祭主である彼女の口元から。
厳かに独特の抑揚の言の葉。
祝詞が奏上される。
その間彼女以外の巫女達は畏まり。深く頭を下げた姿勢のまま其処に。
誰一人身動ぎ一つしなかった。
「あれは、石?」
円乗さんは神輿と言っていたが。
社の中に奉納されている物体。
注連縄を巻かれた巨石だった。
「あれは磐座」
隣で薫さんの声がする。
「羽女様の神輿が依り集う御魂代」
「神輿が依るって!?」
彼女の祝詞に呼応するように。
やがて磐座は目映い光を放つ。
まるで磐それ自体が。日輪を孕んでいるかのように。単色ではない。
様々な光が此処彼処に溢れ出す。
あれは彼女の神官服と同じ尊色。
やがて光の塊は空間に広がり。
目を開けてる事さえ儘ならない。
光はやがて一対の翼となって。
社の天井にまで届こうとしていた。
やがて祝詞が鳴り止む時。
目の前に立つ彼女の神輿。
彼女はその姿を見上げ呟いた。
「未だ私を主と呼んでくれるか?」
「鳳凰よ」
「全員境内まで待避!」
隣にいた薫さんから号令が飛ぶ。
巫女達は社から退散する。
「相生さんも早く!」
「でも円乗さんがまだ…」
「あれは円乗様の鳥舟です。間違っても、円乗様を傷つけたりはしません。そう、円乗様だけは!」
社の屋根と壁は粉砕され。羽ばたきひとつ。その一扇だけで。鎮守の杜の大木は粗方薙ぎ倒された。
「社の象徴は白鷺なれど…それは隠れ蓑…はて、鳥でも…隠れ蓑で語用は合っているのか…」
なんか薫さんが呟き始めた。
神話の絵でしか見た事がない。神鳥鳳凰が円乗羽女を背中に乗せて。
大空に舞い上がる。
夢?夢かとも思った。
夢でも見た事がない。
そんな光景だった。
つきあった彼女の(秘密とか可愛い嘘や浮気に振り回される)なんてレベルをとっくに越えてるじゃないか。
僕は境内に向かう杜の中をひた走りながら。空に向かって手を伸ばす。
そんな夢にも見たことがない。
彼女に向かって手をのばす。
ちくしょう全然届かねえ!
降りて来い!
降りて来いよ!!
円乗羽女!! !
そんなに高い場所から。
人や世界を見下ろして。
一人で行っちまう気なのかよ!!!
届くはずがない。
空に向かって。
彼女の名を叫んだ。
円乗さんの名前呼びにくい。
前から思ってたんだけどさ。
それはまだ話したことはない。
まだまだ話したいことがある。
だから僕は声を限りに。
彼女の名前を叫んだ。




