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ぼくの嫁


円乗さんは通信端末の類とか。

普段から持っていないらしい。


だから電話番号は知らない。


今時のお嬢様でもそれはない。

彼女にプライベートはなく。


神社の象徴そのものということか…


高砂神社の番号なら…検索出来た。


悪あがきと知りつつかけてみた。


昼間、あれだけの数の巫女さんたちを目の当たりにしたにも関わらず。


誰も電話に出やしない。


「まさか…あれから再び散華に襲撃されたのでは…」


散華も円乗さんも「これは戦なのだ」と口にしていた。今こうしている間にも、何が起きていても不思議ではない。不安になり、何回も履歴をリダイアルを押しまくる。


まるで、コンサ―トのチケット争奪戦に加してるみたいに。何度も何度も、画面の履歴をタッブする。


「内閣府 特別宗教法人 高砂神社執務室でございます!」


事務的なカン高い声の女性が電話に出た。やっと電話が繋がった!


「祭主の…円乗羽女さんに繋いで下さい!」


「大変恐れ入りますが…一般の方の電話を…祭主にお繋ぎする事は出来かねますのだ!」


電話を切られると思った。


「君、円乗さんだよね?」


「ばれたか」


言うなり電話の相手は沈黙した。


声色を変えたって、僕が円乗さんの声を聞き間違えるはずがない。


ていうか下手くそ!


「円乗さん?」


「もう君と話す事は何もない」


取りつく縞もない。


「今からそっちに行っていいかな?」


「君には耳がないのか」


少し苛ついた声。


「神社は今、半径10K圏内まで厳戒体制だ!血に飢えた巫女達の餌食になりたくなければ…部屋で大人しくしているがよい」


血に飢えた巫女って。


夕方の記憶が甦り。

背筋が寒くなる。


「でも電話に出てくれた」


「そ、それは〜たまたま電話の前を偶然通りかかっただけで!」


「今何処にいるの?」


「私の部屋だ」


「内閣府 特別宗教法人 高砂神社執務室じゃないの?」


「兼私の部屋だ!何が言いたい?」


「いや、円乗さんちに電話するの、初めてだなあと思ってさ。もしかして電話待っててくれたとか!?」


「相生氏のくせに生意気だぞ!」


氏のくせにって…敬ってるの?貶してるの?どっちか分からないから。


「で用件は何だ?」


他愛ないお喋りがしたくて…

なんて言ったら殺されそうだ。


「明日僕も円乗さんと一緒に戦う」


電話の向こうから溜め息。


「私を困らせないでくれ」


「僕だって、この世界の人間なんだ!円乗さんが、たった1人で背負い込む必要はないと思う!」


「もう切るが…よいか」


「嫁の背中にこそこそ隠れて、守ってもらう男なんて最低だ!」


「ふう…君が亭主関白なのは、大いに君の勝手だがな」


なら好きにするがよいと言ってくれ。


「明日、僕達の世界が終わってしまうのかも知れないと思った!」


「そんな事は…」


「そう思ったから、電話したんだ。迷惑だったか?」


沈黙の後。


彼女の息遣いだけが聞こえた。


「君はずるいな。私を困らせるだけでなく…」


電話の向こうで鼻を啜る音がした。


「相生裕太の分際で生意気だ。一体全体、この私を誰だと思って…」


「羽女」


電話の向こうで彼女が息を呑む。


「今…よく聞こえなかったな…もう一度…」


「羽女」


「もう一度」


切なくて。僕は彼女の名前を何度も呼んだ。僕がこの世界で出会った、最も美しい、価値ある、命をかけてでも守るべきもの、その名前。


「円乗羽女は僕が守る」


君が自分の事大切にしないで。

ちっとも守ろうとしないなら。

僕が守るしかないじゃないか。


「相生君」


「羽女」


「もしも私の事が好きなら」


「分かった」


「まだ何も言ってないぞ」


「聞くよ」


溜め息。でも先程とは違う。

少し湿り気を帯びたような。


「今夜は、部屋から一歩も外に出るな!もしも、私の半径10K以内を越えて近くに来たら…殺す!」


「な!何だよそれ!?男の純情だけくわえて逃げる気かよ…この泥棒ネコ!」


「オヤスミ」


電話は一方的に切れた。


切れる直前微かに電話の向こうで、ネコの鳴く声が聞こえた気がした。


僕は画面の「通話終了」の文字を呆然と眺めた。何なんだよ。あの女!


「もしも?私の事が好きなら?半径10K以内に近づくなだって!?」


一体何様のつもりだ。

人の気も知らないで。

もう知らねえからな!


布団被って寝てしまおう!!


明かりを消した部屋の中。


1人思う。


寝室のテレビはつけたままだった。


明日には消える自分。戦。世界の破滅…今僕の心の中を満たす不安。


思いはそんな事じゃない。


思い出のアルバムというには乏しい

。保存されたフォルダのフォト。


噛み合わない彼女との会話。

心配したり腹をたてたり。


言ってしまえば他愛ない。

泡のような記憶の数々。


それでも気がつけば。

そのひとつひとつが。

日々の色を変えていた。


「私は、私利私欲のために改變などしない。相生君の幸せを願いこそすれ、彼を1人になどしない 」


「君の幸せを願っている」


いつも傍らで。彼女の言葉を聞きながら。僕は思ったんだ。


「もし円乗さんが、本当に改變してくれてたら、それでもよかったのに」


幸せを願ってくれなくても。

僕はとっくに幸せだった。


1人でもいいやと思っていた。

けど僕の世界は確かに変わった。


改編なんて大仰使わくても。円乗羽女は、それを僕にやってのけた。


誰にも思われず思う事なく。


生きる一人。


誰かを思い誰かに思われ。


生きる一人。


僕は一人じゃない。

もう一人に戻れない。


彼女に会ったら伝えよう。

明日彼女に会ったら。


伝えよう。


今夜は眠らないつもりでいた。けれど昼間の疲れからか。ほんの少しだけ微睡んだ。夢現の中でテレビの深夜番組が終了して。


ノイズに変わる音を聞いた。


「相生様」


眠りは直ぐに誰かの声で破られた。


うっすら目を開けると。


暗闇の中に声の主はいた。


白無垢に身を包んだ花嫁。


角隠しで表情までは分からない。


深々と頭を下げた花嫁。

僕にこう言った。


「到着が遅れました裕太様」


「君は誰?」


彼女は頭を上げて。

恭しくこう言った。


「相生女無天」


「貴方様の嫁にございます」


「君が僕の嫁?」


彼女は顔を上げて微笑んだ。


八重歯を見せて。

ニカッと笑った。


「ミントって呼んでいいよ!


「お兄ちゃん!」


闇の中で彼女の睫毛の先についた、金ラメが星のように零れて光った。


初めて嫁と視線が合った。


その時僕の中で何かが。

何かが音を立て崩れた。


Intermission♪*【Nessun dorma】**


【 白鷺武闘会前夜祭に続


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