夕立
河川敷の僕達がいる土手の路上。
埋め尽くす夥しい数の巫女たち。
蟻の巣穴にでも迷い込んだか。
そう錯覚して背筋が寒くなる。
つがえた弓矢の矢尻。
全て散華に向けられ。
放たれようとしていた。
「姉様を…このまま生きて島に帰すわけには参りません!」
「その目でしかと見たかい少年。これこそが、円乗羽女の真の顔!」
僕の顔を覗き込んだ散華。
溜め息と諦め顔に変わる。
「それでも揺らがぬか」
「僕の嫁は」
僕の嫁は最初から。
「円乗羽女さん1人だけだ!」
「間生君!?」
「ほう…よく言ったな小僧が!」
少年から小僧に格下げか。
まあ少しでも怒らせたんなら。
それもありっちゃありだぜ!
「この世界や、神様や、円乗さん本人がたとえ「違う」と言っても!円乗さんは僕の中では嫁なんだ!!」
「他に嫁なんていらない!!!」
「相生君」
「馬鹿であろう、お前。そんな女の尻を追えば、地獄を見ると言うのに…それでも信用すると言うのか?」
「円乗さんに自分で聞いて」
「すべて自分で判断する!」
「君ならば…カフカ島の女達も、君を真の仲間として歓迎したろうに…残念だ!」
「カフカ島の女達」
「寡婦が帰る島。寡婦帰島だ。その女の祀る神に、夫の魂を喰われ。葡萄の皮のように棄てられた。英雄の妻達の島。羽女の改變により、声を奪われ、嘆きの言葉すら呟けぬ。四方を注連縄の結界で封印された絶海なる孤島、この私が統める領地」
「寡婦の島さ」
「私は…私利私欲や、私怨のために改変を使った事は、これまで唯の一度もありませぬ!」
「ぬかせ!この少年に、一度でいいから、あの島の惨状を見て欲しかった!」
「寡婦となった者が、禁忌を口走る事を恐れたのではなく」
「恐れたのだよ。少なくともお前の主である神はな!」
「私は、せめて寡婦達の心が安らかなればと」
「誰も、お前の建てた屋敷には住まぬ。空の社は、私が火を放ち、焼け落ちた。寡婦どもは、雨が降り風が吹こうとも…ひび割れた肌と、何も映さぬ瞳で、夫が召された天を仰ぐばかり!誰も神とは思わない!!お前の事もお前の主もだ!!!」
「私は、何れ寡婦帰島に赴き、寡婦達にも会うつもりでおました」
「言うに及ばず。こちらからお伺い奉る!祭主様よ。寡婦達も、さぞや喜ぶ事であろうな。今も島で、貴様の腕が欲しい、目玉が欲しいと、胸を弾ませ、犇めきうめいておるわ!」
その時夕暮れも待たず。
世界は突然闇幕に包まれた。
星もない天から舞い降りた。
縄梯子を散華は掴んだ。
そのまま空へと消える。
僕達のいる世界を覆う。
巨体な鳥の影。
暗闇の中で矢が放たれる。
地表を叩く雨音より鋭く。
何百という矢が風を切る。
「無駄だと言うのに」
「私の後ろに隠れて!」
「今直ぐに隠れて!」
わけも分からずにいた。
そんな僕を背にして。
円乗さんが立ちはだかる。
こんなこんな時にでさえ。
風に彼女の黒髪が靡く。
仄かに花の香りがした。
空に向け放たれた矢たち。
時雨のように降り注いだ。
次々と地に倒れる巫女達。
「わかっています姉様!」
天を仰いだ円乗さんと僕。
矢は掠ることもなかった。




