乙女の吊り橋Ⅲ
「嘘です…そんな話!姉様の妄言です!!私は、相生君の幸せを願いこそすれ、そんな不幸を思うはずがありません!相生君!お願い!私を信じて欲しい!!」
「咎人は自ずと饒舌になる」
あんたも大概よく喋るけどね。
「相生君」
彼女は必死に訴えかけた。
勿論僕は円乗さんを信じる。
信じたい気持ちしかない。
「果たして夢の中までと誓えるか、羽女?夢の中や無意識にも「自分だけを見て欲しい」そう思わぬ恋が、果たしてこの世にあるものか」
「私が、相生君と出逢う前から、この世界は今と変わらぬ世界でした!それは姉様もご存知のはず!」
「相生君は、私の夫と同じ稀人なのかも知れぬ。しかし、その彼も私という伴侶を得た。もし羽女が、君の妻を消したとしたら?君には、妻の記憶があるのではないか?私には見当がついているのだが…羽女、お前は知っているのではないか?」
自然に目線は彼女に向けられる。
「どうした羽女?彼の幸せを第一に考えている、そんなお前が、何故沈黙を守る?教えてやれば良いではないか!お前が、嫉妬と独占欲から、この世界から消し去った、彼の本当の花嫁の事を!その名前を!」
円乗さんが僕の嫁の存在を知っている?
「根拠はある」
吊り橋は軋み激しく揺れた。
「羽女は、君の嫁となるべき女ではない。君が、運命を共にするはずだった女性は別に存在するのだよ」
仮にそんな人がいたとしても。
円乗さんが、その人を僕の目の前から消してしまうなんてそんなこと…
考えられない!
「あんたならやりかねないが!」
「おそらく、君に嫁いでいたなら、間違いなく、三國一の花嫁と呼ばれていたであろうな。君も、羽女の事など直ぐに忘れたはずだ!」
「それは…間違いではありません」
「円乗さん!?」
「だから!私は羽女が、相生結太の嫁の存在を消すか、隠したと考える」
嫉妬という文字が、ちらりと脳裏を掠める。しかし僕は直ぐ様振り払う。嫉妬は僕にも誰の心にもある。
だからと言って彼女がそんなこと。
「彼女がそんな事する訳がない!」
さっきから僕は駄々っ子みたいに、同じ言葉ばかりを繰り返している。
どれだけ恐ろしい現実を突き付けられても。僕は彼女を信じていたい。
「根拠はあるのだ」
揺れる吊り橋の上で、散華は目を閉じた。まるでこの歪んだ世界で、唯一正しい方角を指し示す、コンパスのように。揺るぎなく静かな佇まい。
それが心を堪らなく不安にさせる。
「君の伴侶となる女が、私の知る人物ならば、いずれ君を間違いなく、白鷺武踏会に誘っただろう。たとえそうでなくても、君の資質や才能を目敏く見つけ…世の華舞台に君を立たせようとする。そこに、彼女の悪意は微塵もないと断言出来よう」
「愛だけだ」
「君は、三國一の当たり籤を引いた果報者という事になったはず」
「それの…一体どこが悪いんだ!」
「そしたら君は死ぬんだよ」
「僕が死ぬって!?」
「羽女が先程言ったではないか?」
『完全なる魂はこの世に留まる必要はない』
「この世界で、そうして選ばれた魂は、神の生け贄となるのさ!」
「姉様は真実を歪めています!」
「では、お前に聞こう羽女」
「私は、お前が祭主となって、最初の年の白鷺武踏会に、私は夫と共に出場した、そして見事に優勝した。事実であるか?」
「事実です」
「優勝の報奨として、与えられたのはお前達の言うところの、魂が神の御元に召される事であった」
「事実であるか?」
「事実ですが…姉様!!」
「私の夫は、神社と其処にいる女の手引きで、神の生け贄となった!巡り会い、幸福の絶頂で、お互いに高め合い、辿り着いた誉れ高き日に」
「さぞやその完全なる魂とやらは、美味であった事だろうな。この世界には、贄を捉える目に見えぬ穴が!其処俐に存在しているのだ!」
散華の指し示した指。その先には、円乗羽女。まるで、判決を待つ囚人のように。俯いて立ち竦んでいた。
「私の夫も、寡婦として島に送られた女達も、救ってはくれなかった。そんなお前が…思いを寄せた男1人救うために、改變を行うとは!些か笑えぬ冗談だ!!円乗羽女!!!」
「円乗さんが…僕を助けるために!?」
「祭までの1月の期限だと!考えてみれば、可笑しな話だ。神は、期限の札など切らぬものだ。期限に猶予、私から言わせれば、それは、善きにつけ悪きにつけ情だ。私の知る限り、神は情など持たぬものだ!」
「神託は御座いました。『相生結太なる人物は、この世界の異物。留め置く事は叶わず。即刻賽の河原送りにせよ』そう確かに御座いました」
「無視したのか神託を!?」
「神罰は覚悟の上です」
「円乗さん」
「気にしないでね相生君!」
「アイスのお礼だからね!」
アイス奢ったのは…ずっと後だろ。
「姉様」
「何だ?」
「長々と、御講釈賜りましたが…他に何か言い残す言葉は御座いませんか?」
目の前から吊り橋が消えた。
「辞世の句など」
先程まで足の腱を切断され。
路上に伏していた巫女達。
今は得物を手に立ちつくす。
まるで何事なかったように。
「もう再生したか」
「化け物共が!」
散華は舌打ちした。




