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重力の使命



「羽女が1人」


「羽女が2人」


まるで謌を読むように。

童歌を口ずさむように。


楽しげな散華。


一方の円乗さんは!?


忽ちその表情が歪む。


今まで見たことがない。

彼女が苦悶に悶える姿。


「懐かしいであろう?羽女。羽女が…7」


「七つとせ」


激しくえずき口を開けて喘ぐ。


その手元から一度も振られる事なく。薙刀が落ちた。


何が起きているのか。

理解出来ないまま。


僕は剣の束を握りしめた。


妖術とか、金縛りとかなのか…分からないけど。目に見えない何かが、円乗さんを傷め苦しませている。


原因は目の前にいるこの女だ!

散華を止めなくてはならない!


「おや?健気に打ち込むつもりか?私は一向に構わぬぞ!」


背中に突然重圧がのし掛かる。

立っている事も出来ない衝撃。

足が藁《わら》かと他愛なくふらつく。


「な…なんだよ…これ?!」


「君という人間の業の重さだ」


涼しい顔で散華が言った。


「足元がふらつくか?たった1人分で情けない。羽女は既に7人背負っていると言うのに」


「こんなのを…7倍だって!?」


「普通の人間であれば、5で血管が圧迫されブラックアウト。15を越えたら…おそらく即死」


「我は業使いの巫女」


人の持つ業を重力に変え。

その人間に背負わせる、

円乗家異能の巫女能力。


もはや古武術ですらない。


「止めろ!!」


「私に指図するな!」


狂暴な力の壁に押し潰され。

僕は地面に叩きつけられる。


「助けて欲しいかい少年。これから先、私だけをネタに「自らを慰めます」そう誓えば許してやろう。羽女ではなくこの私で…」


「誰が…あんた何かで!!」


「初めて会った時、私の胸や足ばかり見ていたくせに。この娘を模すのに、サラシを巻こうかと、随分迷ったがなあ!それも杞憂であった!」


「あんたの事を…円乗さんだと思った途端に…恥ずかしくなって…まともに顔なんて見れなかっただけだ!!!」


「言ってくれるじゃないか少年」


散華は口元に薄笑いを浮かべた。

さっきから少年少年と子供扱い。


「俺はもう子供じゃな…」


「10」


内臓が飛び出しそうだ。

重圧に呻き声が漏れる。


「相生君!?」


「18」


駆け寄ろうとする円乗さん、

それを散華の呪が阻んだ。


失いかけた意識を呼び戻したのは、円乗さんの哀しげな叫び声だった。気絶なんかしてる場合じゃない。


立ち上がらなくては!


「宮様、お逃げ下さい!」


「羽女様」


「ほう、まだ意識があるのか少年。心配するな。羽女はこの程度では死なない。いや死ねぬと言うべきか…何故なら、私がそのようにこれを鍛えたからだ」


「重…力…改變《かいへん》」


「その通り」


「姉様の…改變は…姉様が神社と縁を切り…祭主を辞した時…失効したはず…です」


「その通りだ羽女!私の、この改變の力は、一度は失われたものであった」


「では…何故、今?」


「言ったはず、奪われたものは必ず奪い返すと」


「そ…それで…式神を使い宝殿から禁書を大量に…」


「そうだ!お前達が、世間から遠ざけ。禁書扱いにしている、異教の書の数々。大変参考になったぞ。私の改變の能力が、真に神に与えれたものでなく。生来持っていたものであるとするなら…封印ならば解く鍵はあるはず…」


一連盗賊騒ぎを引き起こした。


「目論見は外れてはいなかった」


散華は円乗さんに近づき。

目の前に右手を翳した。


指先が黒鋼のように変質する。


「取り戻したのだ」


禍々しく延びた爪。

彼女の額に向ける。


「届かぬのだ羽女。このように距離を詰めても、お前は私に及ばぬ」


「姉様が、言の葉を唱える前に…届けばと羽女は!」


「確かにお前はそれで私に届いた。触れる事が出来た。お前はそれで、何人も触れる事が叶わぬ神羽を手に入れた。神速の巫女は円乗流を背負うのに相応しい…私の誇りの妹だ」


神速の巫女…円乗さんが?

それで何処にでも現れる?

それはちょっと違うかも。


「届いたと思ったのに」


「私はただ思う。それだけで改變を発動出来る。唱えるよりも早く!」


「思いより…速く…など到底…」


「如何なる翼も重力は駆逐する」


「それが真理だ羽女」


「そんな」


「私が思うだけでお前に課す。お前の業。その数を知りたいか?」


彼女は項垂れたまま答えない。


「800だ。それ以上は試した事がない。八百万の方が良いか…」


即死。


思うだけで人が殺せる。

もうそれは神の領域だ。


「絶望という言葉の意味が、漸く理出来たか?」


唇を噛みしめた彼女の悔しさ。

その絶望の深さが伝わる。


路上に伏した巫女達。

啜り泣く声が聞こえる。


「だが…私は倒れない。ここで…姉様の前で…膝をつくわけには行かない!」


手を伸ばし、両足でねじ切れそうな細い首と体を支える。円乗さんは、生身の肉体で立とうとしている。


散華の改變とか何とか言う。

化け物じみた力に抗っている。


散華のその改變という能力。

円乗さんは使えないのか?


散華は、以前は高砂神社の祭主だった。だから改変が使えた。


夫を娶《めと》ったことでその地位を譲った。ならば…現役の祭主である円乗さんも。同等か、それ以上の能力を持っていたって。不思議ではない。


「よお」


ようやく僕は散華の足首を掴んだ。


折れそうな位細い足…こういうのなんて言うんだろう、お洒落お姐靴。


それだけ見てたら、こんな恐ろしい事をしでかすようには、とても見えないんだけど。


「ここまで這いずって来たのか?」「気も失わずに…大したものだな」


「相生君は、私達の争いに関係ないんだから!離して上げて!」


「関係ない?強ち関係なくもあるまい!そうであろう羽女。この少年こそ、お前がしでかした、改變の被害者ではないのか!?」


改變?彼女がしでかした?

僕に嫁がないことに関係が?


いや聞く耳を持つな迷うな!

今はそんな場合じゃない!


「今のところ、あんたの実害で、もうこっちは死にそうなんだけど!」


「やはり君は妹と違って面白い!」

「どうだ私の弟にならぬか?」


なにそれ昇格したの?

全然うれしくないけど。


「こんな…状況では…十中八九断る…と思う…がはっ!?」


「確かにそうだ」


散華は愉快そうに笑った。

僕にはこれ位しか出来ない。


この間に何かこう上手い事。

してくれないか?円乗さん。


先程からの流れから見て。

可能性は0に近くても。


あえて僕は散華に問う。


「そもそも改變って…何だよ?僕に関係あるとかないとか…」


実はどうでもいい。

ただの時間稼ぎだ。


そんな僕の思惑など。


「見透かしている」


とでも言いたげな散華。


溜め息を1つ吐くと。


「もうよい!立て!許す!」


「私が許す!」


すべて言い終わるのを待たず。

僕と円乗さんの前を通り過ぎた。


路上に放り出された剣を拾い上げ。面白くなさ気に刃先を眺めている。


「あれ…体が軽くなった」


急に、体に載っていた重石から解放された。体が軽くなり過ぎて、逆に吐き気が込み上げて来る。


円乗さんを見ると、肩で荒い息をしているものの、やはり散華の重圧からは解放されたようだ。


「なかなかであろう?我がMission of Gravityの威力!」


重力の使命?

この人厨ニ?


「また…神から得た御技にそのような横文字を!」


「国粋主義も程々にせんとな。世の中の流れに立ち遅れるぞ!」


「姉様は俗世間に毒され過ぎております!八百万の神に笑われます!」


「お陰様でお前より最強だ!」


大口を開けての高笑い。


指にネイルでも塗るように。

宝剣の刃先を指先で弄る。


「これ99で落ちるかな?」


「お返し下さい!」


「禁書の中にあった、書物から命名したのだが…名著であった!一度読むがいい!!」


「みミッション…何とかですか?」


そこメモ取らなくていいから!

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