羽女が1人
「お前は知らねばならない」
「永遠に続き片羽根を剥がされる、その魂の終わりなき痛み」
「天上の高みから人を見下し、神になったと錯覚し、我らを見下ろす愚かな妹よ…明日になれば、お前は羽を毟られ、私の前にひれ伏すのだ」
この人は!
僕は彼女の手を振り払い。
円乗さん元に駆け寄ろうとした。
目の前を剣が阻む。
「このような錆びた剣で、人は切れぬと思うか?」
「まあ、神の剣で撲殺というのも、定めし悪くはない余興ではあるか」
空恐ろしい台詞を飄々と口にする。虚勢やこけおどしに聞こえない。
彼女は躊躇なくやってのける。
たとえ血を分けた姉妹であっても、
今や彼女は円乗さんの敵。
僕はそう認識した。
少しでも気を許しかけた。
自分が愚かだった。
「肩に添えた女子の手を、そうも無下に振り払うとは…いかに私とて傷つく」
「殺す由縁には充分だ」
彼女から向けられた眼差し。
そう語っているようで。
背筋が寒くなる。
「貴女だって…さっきから聞いていれば!円乗さんを傷つけ!貶めるような台詞ばかり言ってる!!!」
「傷つけられたら傷つけ返す。実に人間らしい所業ではないか?少年」
「少なくとも、そこにいる神の木偶人形よりは、幾分にもましと思う」
「円乗さん、この人は、本当に君の姉さん?失礼だけど、本当に血が繋がってるのかな?こんなに、人を殴ってやりたいと思ったのは…生まれて初めてだ!」
「ほう、これはまた、随分と嫌われたものだ。思惑通りであろうが?なあ羽女」
「黙れ!円乗さんに、あんたみたいな、薄汚れた思惑なんて…あってたまるかよ!!」
「恋の病に憑かれた男というのは…かくも哀れ、かくも滑稽にして盲目」
そんな彼女の言葉を遮ったのは。
周囲を取り囲んだネギたちの得物。
払い棒ではなく薙刀だった。
「宮様遅くなりました!」
「薫か!下がって良い」
「しかし宮様!」
「姉様との決着は、今この場で私がつける!」
上段の構えから八相。
五行から脇構えに至る。
その流れはまるで優雅な舞。
瞬きする間も惜しまれる程。
美しい。
さらに腰を落とし右足を引き。
体を右斜めに向け刀を右脇に取り。
剣先を後ろに下げる。
相手から見て。こちらの打突と、刀身の長さを正確に確認出来ない。
陽の構え。
薙刀というより剣の型。
居合い抜きの型に近い。
後に円乗さんが僕に教えてくれた。
「あれは相打ち狙いの型でもある」
尺に圧倒的な差がある薙刀と刀剣。
この戦いに及ぶに至り。
彼女は相討ちを覚悟していた。
武芸にとことん疎い。僕のような、人間が見ても伝わる。その気迫。
何よりその表情が物語っていた。
彼女は今生と死の陛に身を置き。
草履の爪先だけで立っている。
静寂と刹那。
予測出来るのは、二人のうちどちらか一人。確実に絶命する瞬間。
世界はその時を境にして。
変容するのだろうか。
「祝と禰宜よ」
突然散華に位階で呼ばれ。
巫女達は動揺する。
「貴様等の仕事は!祭祀に社務…それから芋掘りか?」
「無論!我らの役目は祭主様の警護…」
あの時と同じだ。
あの時と同様に散華の姿は…
既ににそこには無かった。
巫女達が薙刀を翳し、彼女がいた輪の中心に向けて突き立てた。
「危ない!!お前達下がれ!!!」
剣を逆手に構えた散華。
笑みを浮かべながら。
ゆらりと立ち上がった。
放り出され音を立て散乱する薙刀。踝の辺りを抑え蹲りそこに伏す。
巫女達の姿。
苦悶の声が其処俐から聞こえた。
「切れるものだな」
刃先を彼女の舌が這う。
刀身を傷めないために…
剣先だけで腱を切断したのか…
なんて奴だ。
「私にこの距離で、柄物で仕掛けるとは呆れた平和呆け…衛士ならば対峙したら躊躇わずに貫け」
道に転がる巫女達を悠々見下ろす。
「私は優しいなあ…両足の腱のみで済んで、有難いと思え小童ども!」
寝転ぶ巫女の蟀谷を踏みつける。
「貴様もだ、羽女」
薙刀を構えた姿勢のまま。
未だ踏み込めずにいる。
円乗さんを睨み付け言った。
「打ち込む隙はあった。しかし打ち込めなかった。ここにいる部下や、その少年を気遣ってか?だが、その躊躇い一つで、貴様は私に永遠に届かない。勝敗は既に決した!」
「まだ勝負はついていません」
「頭が悪い女だ」
散華は僕に剣を差しだすと言った。
「悪いが持っていてくれるかな、少年」
無造作に手渡されたその剣。
驚くほどの重量があった。
右手の人差し指を一つ立て。
散華は言った。
「もはや剣などいらぬ!お前など、この指一つで充分だ!」
「お前は永遠に私に届かない」
「それが神の摂理だ」
「羽女が1人」
まるで呪詛のように。
散華は唱え始めた。




