散花と羽女
「大姉様だと!」
散華と名乗った女。
方眉がつり上がる。
「この姉を…死人扱いするか!」
姉とは呼ばなかった。
後で知ったことだが。大姉は本来死人に使う言葉。
激怒するかと思いきや。
いなすように鼻で笑う。
「大した妹だ」
「羽女」
「私には、壱師という名の姉はおりますが、散華などという…神に仇成す姉はおりません!」
「その名の女は、とうの昔に死んだ。亡き夫の魂と共に…朽ち果てた!」
「今は散華が真名だ」
「姉様の、黒袖の花嫁衣装…とても美しく、この羽女の憧れでしたのに!」
「主なき片袖の身」
「その、亡き夫の死を悼むお気持、姉様には無いのですか?」
「な…んだと」
「愛する人の死を悼む、その気持ちがあれば、現世において盗賊などどいう…恥知らずな真似が!出来ようはずが御座いません!」
「奪われたものは取り返す!ただそれだけのことだ!」
「神社の宝物殿から、姉様が持ち去った宝物の数々。その剣や、異教の禁書は、今の姉様には無縁の物。速やかにお返し下さい。そして島にお帰り下さい。さすれば…」
「許して下さるとでも?言うつもりか?お前が?神が?私は、お前達神社の所業をけして許しはしない!」
「明日は、寡婦帰の島でも、大切な鎮魂祭です。領主の姉様が、こんな場所で、こんな騒ぎを起こしている、そんな時ではありませんよ!」
「本土の島では祭りに浮かれ騒ぎ。我ら寡婦は、大人しく喪に服し、涙に暮れておれば良いと…お前はそう言いたいのだな?」
「常に夫に寄り添い。夫を助け。家を守り。逝く人があれば見送る。それが、この国に女として生まれし者の努めと…羽女は考えます」
「神の傀儡。実に上出来の木偶人形らしい、美辞麗句を並べたつもりか?吐き気がするわ!」
「私は人形ではありません。血の通った人間です。それゆえに…姉様の事が心配でなりません!」
「私から夫を!そして、多くの女達の夫の命を奪っておきながら、よくもぬけぬけとそんな戯言を!」
「時が来て、人の魂が天に召される。それは、天の摂理にございます」
「病や、不慮の事故であれば、永い時をかけて、その死を受け入れる事も出来よう。しかし…」
「宿命の輪の、端切だけを見ていては、人の魂は永遠に救われません。現世の別れは夢現。されども結び合った魂は、輪廻の果てに、必ず再び邂逅の時を迎えると、私は信じています。だって…そう教わったもん!」
なんかほっぺがむくれてる。
「人の魂は完全ではない。何れかが欠損した、不完全な魂を抱いて。人は生まれるのです。産声を上げて、自分以外の誰かを呼び。人と出会い、人の心に触れ、抱かれ、己の魂の欠落を埋める。完全な魂の皃を得た者が、現世に留まる理由はありません」
「死はけして、けして忌むべきものではないのですよ、姉様」
見事な口上。まさに立て板に水。
僕は思わずうっとり聞き惚れる。
「では、私達寡婦はなぜ逝けぬ?」
「それは」
「時を経ても、何故逝けぬ。私達に土還る日が訪れて。想い人の元へと魂は天を昇るか?さあ答えて見せよ、神の御使いたる円乗羽女!」
「それは…神職を生業とする、円乗の家に生まれた姉様なら、よく御存知のはすです…私よりも」
「己が口で答えよ!」
「この姉に申せ!!」
「申してみよ!!!」
「私達は、夫と同じ天に還る事は、叶いません…ですが、それが私達の宿命であると…」
「宿命!宿命!宿命!一体誰がそんな事を決めたのだ」
「神の御意志です」
「ならば、滅ぼしてやろうと言うのだ!その姿さえ見せぬ、神とやらをな!」
2人は無言のまま対峙した。
思いのたけ、激情をぶつける散華。一方の円乗さんは、日頃僕に見せてくれた人間味というか。感情は全て、冷利な祭主の仮面の下に。すべて封じ込めてしまったようだ。
散華の言葉にも眉一つ動かさない。話の流れから、2人が血を分けた姉妹である事は、僕にも分かる。
会話の内容?
正直全然分からない。
自分が、この場に居て良い人間なのか、それすらも正直言って分からない。
しかし、これは、ただの姉妹喧嘩じゃない事位は分かる。散華はこの世界と神に根深い禍根を持つ。
その禍根が、神と神の象徴たる、高砂神社と円乗羽女に向けられている。
だけどそんな事より、今の円乗さん。今まで見てた中で、一番ヤバい気がする。今までだって、かなり無理をして。自分に与えられた役柄をこなそうと。彼女は必死だった。
そんな時でもふと垣間見えた。
素顔の円乗さんが好きだった。
でも、今の円乗さんは…正直見ていられない。見ていられないんだ。
僕は何も考えず。何の言葉も持たないまま。2人に割って入った。
「姉妹喧嘩は止めて下さい!」
我ながら蚊蜻蛉みたいな覚束無さ。気の抜けた炭酸みたいな声。
本当に嫌になる。
「相生君」
「少年」
「貴女たちは…姉妹でしょ!?僕には、弟や妹や兄弟はいないし、2人の事は分からないけど!
生まれた時から、ずっと、いがみ合って来た訳じゃないと思う。
他人が、けして踏み込む事が出来ない、親密な関係。真の憎悪。もしあるとすれば。それはそこからしか生まれない。
「で?」
「何が言いたいのだ?相生君」
姉妹2人に見つめられた。
僕は次の言葉を模索した。




