第42話 持っているのに、使ったことのないスキル
班対抗実地評価の当日。
第六十三号ダンジョンの入口近くには、いつもの実習より多くの生徒と教官が集まっていた。
朔は胸元につけられた小型カメラを指先で軽く触る。
「そんな気になります?」
横から久賀が聞いた。
「……少し」
「すぐ慣れますよ。探索中は別にカメラ意識しなくていいですから」
そう言いながら、久賀は今度は樫村の装備につけたもう一台の角度を確認する。
今回、久賀たちが撮影用に用意したカメラは二台。
一台は朔。
もう一台は樫村がつけている。
前を歩くことの多い朔と、後方から班全体を見ることの多い朋美。その二方向から撮れば十分だという話だった。
「なんや、俺にはないんか」
堂本が不満そうに言った。
「堂本さんは二人のカメラに一番映る位置じゃないですか」
久賀に言われ、堂本が盾を持ったまま考える。
「……それもそうやな」
堂本はすぐに納得した。。
「むしろ、かなり映ると思いますよ」
樫村が笑うと、堂本の機嫌はさらに良くなった。
「ほな今日は格好ええとこ見せなあかんな」
「実習ですよ」
成瀬が横から言う。
その成瀬の装備にも小型のカメラが一つついていた。
ただし、こちらは久賀のものではない。
学校から支給された、安全確認と採点記録用のカメラだ。
配信用の映像ではなく、実習中に何が起きたかを学校側が確認するためのものらしい。
少し離れた場所では、黒瀬が各班へ最後の説明をしていた。
開始前に聞かされた条件は、教室での説明より具体的だった。
ただし、細かな配点までは最後まで伏せられたままだった。
さらに今回は、それぞれの班に監督教官が一名ずつ同行する。
万一の事態に備えるためだ。
もっとも、後ろからついてくるだけで、通常の探索や戦闘には一切口を出さない。
自力で対処できない重大な危険が生じた場合のみ介入する。
「教官に助けられたら、その時点でだいぶ評価落ちそうやな。担当教官が黒瀬先生やなんて運が悪いわ」
「その発言自体で既に減点されてるかもしれませんよ」
成瀬が返した。
「怖いこと言うな。俺は何言うてもいらんこと足してまうんやぞ、何も喋れんやないか」
「頑張ってくださいね」
樫村も加わって堂本をからかって笑う。
朔も後方に立つ黒瀬教官へ一度だけ視線を向ける。
ヘイストを使ったら減点対象になるだろうか……。
でも、うまく使いこなせたら加点される可能性もゼロではないかもしれない。
「じゃ、後藤君」
久賀が自分の班へ戻りながら振り返った。
「お互い頑張りましょう」
「はい」
「負けへんぞ!」
なぜか堂本が代わりに大声を返した。
久賀が笑い、そのまま瀬川たちの方へ戻っていく。
やがて開始の合図が出た。
第三階層に降りる階段は2つある。
A班とB班は、それぞれ別のルートからダンジョンへ入った。
第三階層へ下りてから、朔は先頭を歩きながら《索敵》へ意識を向けていた。
四人の靴音。
装備同士が触れる小さな金属音。
少し後ろから一定の間隔を保ってついてくる黒瀬教官の足音。
今のところ、近くに魔物らしい音はない。
「なんや、全然おらんな」
後ろから堂本の声が飛んできた。
「いない方が安全ですけど、今回は困りますね」
樫村が答える。
何も見つけず歩いているだけでは、成果にはならない。
「久賀ら、もうなんか倒しとるんちゃうか」
堂本が盾を担ぎ直した。
「気にしても仕方ないですよ」
「対抗戦で相手気にせんでどうすんねん。勝負やぞ」
「勝ったって、何かもらえる訳じゃないでしょ」
成瀬の返しに、堂本が立ち止まって少し考える。
「そうやった。何もかけてないやんか、伊織。なんで言わんのや」
「負け戦はしない主義なんで」
「なんやそれ、久賀はそんな強いんか」
「配信みましたけど、Cランク探索者ですし、いいスキル持ってますしね」
「なんや、あいつCなんか?なんで、Cランクでええスキル持っとるなんて嫌味なやつやな」
朔は振り返らず、そのやり取りを聞いていた。
「そういえば堂本さん」
「なんや」
「今まで聞こうと思って忘れてたんですけど、堂本さんはスキルって何持ってるんです?」
堂本が足を止めかけた。
「なんやねん、久賀のええスキルと比べて、からかうつもりか?」
「スキル使ってるところ見たことなかったので、持ってないのかなと」
「失礼やな。ちゃんとあるわ」
「何です?」
堂本は少し考えるように視線を上へ向けた。
「《不動防御》 と、《反衝盾》 と、《震砕撃》 や」
最後だけ声に張りが出る。
「グランド・ブレイクは攻撃スキルみたいですね」
「そやで、ぶっ放したら気持ちええで」
「前二つは?」
「使ったことない」
成瀬が眉を寄せた。
「なんでです?」
「意味よう分からんかったんや」
「意味が分からない?」
「測定ん時の説明なんか短いやろ」
堂本は表情を歪めて面倒くさそうにいった。
「アンカー・ガードは、その場で防御姿勢を固定して、受けた衝撃も和らげるとかそんなん。リバウンドは、受けた衝撃を押し返すとか」
「それだけ?」
「それだけや」
堂本は当たり前のように答えた。
「そもそも昔は盾持ってへんかったしな。アンカーなんか、その場から動きにくなるんやったら敵追いかけられへんやろ。リバウンドなんか盾で攻撃受けな始まらん。俺には関係ない技やと思っとった」
朔には少し分かる気がした。
自分の《係留》も、測定した時点で分かったのは名前と短い説明だけだった。
実際に自分へ使い、物へ使い、動いている物へ使って、そこで初めて性質が見えてきた。
表示された文章だけでは、戦闘の中でどう使えばいいのかまでは教えてくれない。
「堂本さん、ちょっとライセンス見せてもらっていいですか?」
成瀬が言った。
「ライセンス?」
「アプリのステータスです」
「なんでや」
「いいから」
堂本は怪訝そうな顔をしながら端末を取り出した。
成瀬は差し出された画面を読み、堂本の盾へ目を移した。
「これ、今なら両方使えるんじゃないですか」
「盾持っとるからか?」
「この前、トロルを止めた時にも使えたかもしれませんね」
堂本も画面を覗き込んだ。前は自分に関係ないと思っていた短い説明を、今度は指で追っている。
「……そう言われたら、試しとけばよかったな」
「今からでも遅くないですよ」
樫村の言葉を聞きながらも、朔は通路の先へ《索敵》を向け続けていた。遠くで四本の脚が床を踏む音を捉える。間隔を確かめると、こちらへ近づいていた。
「前方にケイプボアが一体。まだ三十メートルくらいありますが、こっちへ来ます」
堂本が画面から顔を上げ、端末をしまった。朔は通路の横へ寄って前を空け、成瀬と樫村も距離を取る。
「ちょうどええ。試してやるか」
「まず一つずつですよ。何がどう効いたか分からなくなりますから」
「分かっとるわ」
堂本が盾を構える。その後ろで成瀬が杖を持ち上げたのを確認し、朔もナイフを抜いた。脚音は近づいているが、まだ曲がり角の向こうだ。
「もう来ます」
ケイプボアが姿を表した。ケイプボアはこちらを見ると足を止め、頭を低くする。
堂本は盾の陰から相手を見据えた。いつもなら先に出ていた剣は、まだ引いたままだ。
「ほな――まずは《不動防御》(アンカー・ガード)からや」




