第41話 配信は嫌い。でも、稼げることも知っている
モニターに映った『班対抗実地評価』の文字が消えると、教室のあちこちでざわめきが広がった。
「対抗っちゅうことは、順位つけるんか?」
真っ先に声を上げたのは堂本だった。椅子の背から身を乗り出し、さっきまで朔のDランク昇格を祝っていた時より目が輝いている。
黒瀬は教卓の前で短く頷いた。
「魔物の討伐、採取、探索で得た成果を班ごとに評価する。詳しい条件は当日説明する。単純な討伐数だけだと思うな」
堂本の顔から少しだけ勢いが落ちた。
「なんや、魔物ぎょうさん倒した奴が一番でええやろ。ややしいこと考えるなぁ」
朔はもう一度モニターを見た。討伐だけではない。採取と探索も。
前回の救助での黒瀬の実習のやり方からして、一筋縄ではいかないとは思う。
何を優先するかを間違えたら、前回の二の舞になる可能性がある。
「では今日はここまでだ」
黒瀬が教室を出ると、途端に席を立つ音が重なった。
「朔、今度は一位取って赤点帳消しにするで」
堂本が笑顔で宣言をしていると、前の方から声が飛んできた。
「僕たちも一位目指してるんで、楽しめそうですね」
振り向く前に分かった。
久賀直人が、瀬川美月を連れてこちらへ歩いてくる。
久賀は四人の机の横で止まった。
「今回の実習、面白そうだから企画にしません?」
堂本の眉が動いた。
さっきまで浮かれていた顔から、笑顔が消える。
「……お前、朔は前に嫌や言うたやろ」
思ったより早く出た言葉に、朔は堂本を見た。
久賀は両手を軽く上げた。
「覚えてますよ。だから前と同じ話じゃないです。今回は後藤君個人の企画じゃなくて、A班とB班としての企画です」
「班?」
「せっかく学校側で面白い企画用意してくれてるんですよ。だったら、乗っかって配信した方が絶対得ですよ?」
久賀の視線が堂本、朋美、成瀬、最後に朔へ回る。
「昔の動画は使わない。後藤君だけを主役にも、失敗役にもしない。僕らも同じ条件で参加する。普通に実習して、その結果を企画にする。それなら前の提案とは違うでしょ?」
朔はすぐには答えなかった。
言っていることだけなら、前回よりずっとまともだった。
けれど、配信という言葉にどうしても抵抗がある。
撮られている間に何を言えばいいのか考えること。自分の知らないところで映像が切り取られること。公開されたあと、自分とは関係のない人間が好き勝手に意味を付けること。
昔の動画を使わなくても、それ自体がなくなるわけではない。
堂本は腕組みをして久賀をじっと見つめる。だが、追い返そうとはしない。
「でも、それって私たちに何か得があるんですか?」
樫村が聞いた。
久賀の笑みが少し深くなる。
「ありますよ。ただ、皆さんがダンジョン配信の収益に全く興味がないのなら、何の得もありません」
久賀がそう言うと、朔たちはお互いの顔を見合わせる。
「なんや胡散臭い言い方やな、大体そんな、儲かるんか」
「運と努力次第ですが、僕たちはもうけてますよ」
久賀はさらっとそう言って笑顔をつくる。
「朔、どうなんや。チャラチャラ配信するより、真面目にダンジョン潜った方がえーんちゃうんか」
朔に、堂本、樫村、成瀬の三人の視線が集まる。
すぐに言い返せなかった。配信自体には嫌な思い出がある。
だが、配信でまとまった収入を得ていた時期があったのも事実だった。
「一度注目を浴びて、上手くやっていけば、それなりに美味しい稼ぎにはなります」
朔がそう言うと、堂本は一度鼻から大きく息を出した後、樫村と成瀬に視線を向ける。
成瀬と樫村は考えるように視線を落としている。
そこで、久賀が再び口を開いた。
「でも、A班だけで今から配信始めても、たぶんほとんど見てもらえません」
堂本が顔をしかめた。
「なんや、わからんやろ?」
「だって堂本さん、知らない探索者の動画が急におすすめに出てきて見ます?」
「……内容によるやろ」
「その内容を知ってもらうところまでが大変なんです」
その言葉には、朔も反論できなかった。
昔もそうだった。
大樹たちは弱くなかった。真面目に攻略していた頃から、見せられる戦闘はいくつもあった。それでも数字は思ったほど伸びなかった。
最初のススダマの動画が跳ねるまでは。
一度人が集まれば、その次からは違った。動画を出せば最初から見に来る人間がいる。さらに人が増え、再生数が上がり、それが次の動画の初動になる。
その先に、金があった。
「僕らには、もう見てくれる人がいます」
久賀は続ける。
「大手ってほどじゃないですけど、公開したら最初から一定数には届く。そこでA班が面白ければ、次からA班だけで何かやっても見に来る人が出るかもしれない。コラボって、そういうところが一番大きいんですよ」
「なんや、色々考えてやってるんやな」
堂本の腕組みがほどけた。
久賀には柾木の影が重なって、あまりいい印象はなかったが、言ってることに間違いはない。
「で」
堂本が少し身を乗り出した。
「金になるんか?」
成瀬が呆れた顔をした。
「しっかり、金につられてますね」
「大事やろ。探索者やぞ」
「再生が伸びればなりますよ。今回の企画で出た分は、A班にも分けます」
「マジで?」
堂本は隠しもせず現金な笑顔を見せた。
朋美も興味を持ったらしく、久賀へ視線を向ける。
「動画って、そんなに収入になるものなんですか?」
「当たれば。逆に、回らなかったら大した額にはならないですけど」
配信すれば儲かるわけじゃない。
見られなければ、一円にもならないに近い。
そして見られれば、探索とは比べものにならない額になることがある。
朔は、その両方を知っている。
魔物を倒して、素材を拾い、怪我をしないように地上まで持ち帰る。そうしてようやく得られる金額を、一度伸びた動画が簡単に越えることもあった。
だから余計に嫌だった。
嫌だったはずなのに、その金額を知っているせいで、最初から切り捨てることもできない。
今の自分なら、もっと深い階層へ行ける。Dランクにもなった。それでも探索に使える日は限られているし、装備や消耗品にも金はかかる。
配信で別の収入があれば、探索そのものは楽になる。
そう考えてしまうことに、朔は小さく息を吐いた。
「……久賀さんの言ってることは、間違ってないです」
三人の視線が集まった。
口に出してから、胸の奥がわずかに詰まる。
久賀の話を肯定することに、まだ抵抗があった。
あれだけ嫌だった配信を、金になるからという理由で自分から認めているような気がした。
けれど、それと今回の条件が合理的かどうかは別だった。
「僕たちだけで始めても、最初はほとんど見てもらえないと思います。久賀さんたちと一緒なら、見てもらえる可能性は上がります」
そのやり取りの向こうで、久賀は朔を見ていた。
以前のように押してこない。
それが逆に、朔には少しやりにくかった。
「ただ」
朔は続けた。
「昔の動画は使わないでください」
久賀が頷く。
「使いません」
「わざと失敗させるようなこともしない。僕たちが言ってないことを、言ったみたいに編集するのもなしで」
「それもいいですよ」
思っていたよりあっさり返ってきた。
それでも完全には安心できなかった。
約束が守られるかどうかは、動画が出るまで分からない。
けれど、嫌だからと全部遠ざけるのも違う気がした。自分一人の問題でもない。
朔は一度息を吐いてから、堂本たちを見る。
朋美はまだ迷っているようだったが、嫌そうではない。成瀬はいつの間にかスマホへ視線を落としていた。
堂本と目が合った。
「朔、お前が嫌やったら、やらんでええぞ」
じっと見つめる堂本の視線が、本気でそう思っていると朔に伝えてくる。
胸の奥に残っていた固さが、少しだけ和らいだ気がする。
「……その条件なら、僕はいいと思います」
一拍遅れて、堂本の顔が明るくなった。
「ほんまか。ほな、おもろそうやんけ!」
「切り替え早いですね」
「朔がええ言うてんねんからええやろ。それに、どうせ映るんやったら格好ええとこ見せたいしな」
「現金な人ですね」
「人間正直なんが一番やろ、ええカッコして金儲けもしたいに決まっとるやろ」
成瀬に返しながら、堂本はもう笑っている。
久賀も満足そうに頷いた。
「じゃあ、学校側への確認は僕らでします。細かい撮り方とかは、それが通ってから決めましょう」
「まだ決定じゃないですからね」
樫村が念を押す。
「もちろん、わきまえてます」
久賀と瀬川が離れていく。
その背中を見送りながら、堂本が小声で言った。
「……四葉もみるやろか」
朔は思わずそちらを見た。
堂本はすぐに顔を逸らした。
配信にはもう関わりたくないと思っていた。
今でも、その気持ちが消えたわけではない。
それでも、前とは違う。
朔はそんな気がしていた。




