第40話 新スキル《係留》、投げた棒が空中で止まる
「アンカー……?」
朔が呟くと、隣から画面を見ていた真琴も首を傾げた。
「聞いたことないわね。詳細、開ける?」
言われて《係留》の項目を押す。表示された説明は短かった。
発動形式、無詠唱。発動ワード《係留》(アンカー)
自身、または直接触れて扱った物体を空間上へ係留する。係留状態は任意解除可能。
解除形式、無詠唱。解除ワード。《解放》(リリース)
もう一度読んだが、文章から分かるのはそこまでだった。
「また無詠唱スキル引くなんて、引きが強いわよね」
「空間上へ係留……」
「係留って、あまり使わない言葉だけど、アンカーって言われるとしっくり来るわね。固定するってことよね」
「多分」
そういってじっと画面を見つめる、朔の顔を覗き込む真琴。
「攻撃スキルの方が良かった?」
見透かされたような言葉にびっくりして、反射的に「そんなことないです」といいそうになるが、まっすぐ見つめてくる真琴の視線をみて「そうですね」と短く言って視線を外した。
「一つくらいは欲しいですかね、そういうの」
真琴は何か言いかけるように口を開いたが、結局何も言わなかった。
じっと二人で座っていると近くにいた職員が声を掛けてきた。
「新規スキルが確認された方は、希望されれば試技室で基本動作を確認できますよ」
「そんなのあるんですか?」
「測定だけだと、実際の発動までは確認できませんから。攻撃系の能力もありますので、こちらで安全を確認しながら試していただく形です」
職員が廊下の奥を指した。
朔は真琴を見る。
「行くんでしょ?」
「はい」
朔の少し明るい声色をきいて、真琴は笑顔を返して立ち上がった。
案内された部屋は測定室より少し広かった。床には厚いゴムマットが敷かれ、壁の一面には衝撃を受け止めるための分厚いマットが固定されていて、四隅には結界石が置かれている。奥にはボールや棒、模擬ナイフなどの訓練用品が棚に並べられていた。
職員は入口横の端末を操作しながら説明する。
「新規能力の場合、最初はご本人か備品だけを対象にしてください。人へ向けたり、設備を壊すような使い方はなしでお願いします」
「分かりました」
「異常を感じたらすぐ解除してください。こちらでも見ていますので」
職員がガラス越しの操作スペースへ下がる。朔は部屋の中央へ移動した。
まずは自分。説明にはそう書かれていたが、発動形式はサイレント・ヒールやフォースタップと同じ無詠唱。使い方は頭でスキル名を唱えるだけで発動するはず。
試しに、今立っている場所へ自分の身体を留めることを意識した。
《係留》
変化はほとんど感じなかった。足元を見る。光が出たわけでも、身体が重くなったわけでもない。
一歩前へ出ようとした。
「……あれ?」
動かない。
右足だけではなかった。身体を前へ傾けようとしても、腰を捻ろうとしても、今の位置からほとんどずれない。どこかを掴まれているというより、自分の身体そのものが空間の一部になったような妙な感覚だった。
「動けないの?」
壁際から真琴が聞く。
「はい。足だけじゃないです」
少し力を入れてみたが変わらない。先日のヘイスト訓練で、止まろうとして足を踏ん張った時とはまるで違う。全身が止まっている。
《解放》(リリース)
頭の中で詠唱すると、身体を縛っていた感覚が消えた。勢い余って前へ出ることもなく、その場から普通に一歩踏み出せる。
「身体は平気?」
「大丈夫です」
今度はジャンプして空中で、アンカーする。朔の体が空中で固定される。
「すごいわね、宙に浮いてるなんて」
真琴が感嘆の声を上げるが、朔は浮かない顔のまま「でも、動けません」といって、リリースして着地する。
「口は動くみたいね」
真琴がいうと、朔は少し考えて、
「その点は助かりますね」
真琴に返した後、棚の方を見る。
棚からゴム製の短い棒を一本借り、胸の前で横向きに持つ。まずはその位置へ留めるように意識してから、手を離した。
棒が落ちない。空中に置いたままの形で止まっている。
横から指で押してみる。それでも動かなかった。
「面白いわね、それ、クレーンゲームで使えそう」
真琴が近づこうとして、職員に止められた。
「まだ近づかないでください」
「あ、ごめんなさい」
朔は棒へ視線を戻す。止まっている物を止めることはできた。なら、動いている物はどうなる。
「これ、投げてもいいですか?」
『そちらのマットへ向けて、軽くなら大丈夫です』
室内のスピーカーから職員の声が返ってくる。
朔は棒を一度解除して拾い直した。壁のマットへ向かって、下手から軽く投げる。棒が回転しながら飛んでいく。
その途中へ意識を合わせた。
《係留》
空中で、棒が止まった。回転まで止まっている。床へ落ちることもなく、斜めに傾いた姿勢のまま宙に浮いていた。
数秒待ってから係留を解除した。棒が再び回転を始め、そのままマットへ当たって床に落ちた。
止めた時点で、投げた力まで消えたわけではない。解除すれば続きから動く。
固定か……。
まず思い浮かんだのはヘイストで進みすぎる体を止めることだ。身体を止めるだけなら、アンカーを使えば簡単なのかもしれない。でも、完全に止まってしまえば、その次はどうする。
千尋が見せたのは、止まりながら次の動作へつながる身体の使い方だった。同じではない。
「もう少しやってもいいですか?」
朔が聞くと、真琴が笑った。
「やっぱりそうなるのね」
『あと十分でしたら利用できます』
「十分……」
朔は床へ落ちた棒を拾いに向かった。
その日の夜。学校の教室へ入ると、堂本がこちらを見るなり大きく手を上げた。
「おう、朔! LINEみたで?」
「Dランクに上がりました」
堂本が嬉しそうに笑う。
「ほな今度こそ祝勝会や。前の分もまとめてやるで」
「まだ覚えてたんですね」
「忘れるかい」
朋美も「おめでとうございます」と笑い、成瀬は教材から顔を上げた。
「俺もすぐ追いつくから」
Dランクへ上がって、以前より深い階層へ進みやすくなる。稼げる仕事の幅も広がる。素直に喜ぶ場面だが、気持ちは、昼間から頭の中に残っている新たに手に入れたスキルの方に向いていた。
「能力測定も受けたんですよね?」
朋美に聞かれ、朔は一瞬返事が遅れた。
「はい」
「何か変わってました?」
「少し」
そこで教室の扉が開いた。黒瀬が入ってくる。
「席につけ。今日は次の実地講習について話す」
朔もそれ以上続けず、自分の席へ戻った。黒瀬が教室前方のモニターへ資料を表示する。
『班対抗実地評価』
「次の実地は、複数班による対抗形式で行う」
「対抗言うたら勝負やな!」
堂本がすぐに反応した。




