第39話 Dランクに上がったら、知らないスキルが増えていた
それから朔は、何度か同じ場所を往復した。縄跳びの線まで歩いて止まり、向きを変えて戻る。最初のうちは線を意識すると足に余計な力が入ったが、千尋の動きを真似るのをやめ、普段通りに身体を動かすようにすると少しずつ安定してきた。
途中、遊具の方から転がってきたボールを避けた時も、身体は思ったより大きく横へ動いたものの、無理に踏ん張らず次の足を出せば自然に止まれた。
「今の感じ」
千尋に言われ、朔もなんとなく分かった。ヘイストで速くなった身体を押さえ込むのではなく、その身体で普通に動く。まだ完全にできるわけではないが、昨日までとは考え方が違う。
「じゃあ、ちょっと走ってみよっか」
千尋が広場の奥へ移動した。
真琴に全力は禁止だと念を押され、朔は軽く走り出す。走ること自体はそれほど難しくなかった。問題は止まる時で、最初は足を強く踏んだせいで身体だけが前へ流れ、千尋の横を通り過ぎた。
二度目は早めに減速して止まれたが、今度は止まることばかり考えて周囲を見られていない。
千尋に一度走ってもらい、今度は足ではなく身体全体を見る。止まる直前、足を突っ張っていない。身体をわずかに沈め、残った勢いを次の一歩へ逃がしている。
朔も同じように試した。合図を聞き、踏ん張りそうになった足から力を抜く。身体を少し沈め、そのまま次の足へ体重を移す。
完全ではない。それでも、最初のように身体だけが前へ流れることはなかった。
「うん。ちょっと休憩ね?」
「もう少しやりたいです」
「いや、身体もたないでしょ」
千尋に言われるまで気づかなかったが、胸が大きく上下している。上体をかがめると、玉の汗がポタポタと地面に落ちてシミをつくる。
「あれだね、あんたは精神が肉体を超えるタイプだよ。危ない、危ない。もっと適当にやりなさい」
そう言って千尋はタオルを朔に渡す。
「真琴、ヒールかけてあげて、持たないよ、この子」
「あたしもう結構ヘイストを使って魔力限界近いから、自分で治しなさい」
真琴はそう言うと、いつの間にか買ってきていたスポーツドリンクを朔に手渡す。
「なに、ヒール使えるの?スカウトでしょ」
「そうなの。しかも無詠唱スキル。凄いレアスキルなんだけど、元パーティのヒーラーの子に気を使って隠してるのよね。もったいない」
「あ~、あるあるね。ヒーラーはヒール以外いいスキルに恵まれない人も多いからね、ヒールだけで十分なんだけどね」
朔は真琴と千尋が話をしている間に、サイレントヒールを自分にかける。ただ歩いて何回か小走りしただけなのに、これだけ息が上がる。
「でもヒール使えるの便利ね。私の場合は使えないからヒーラーの子によく文句言われてたもん」
ヒールが効いてきて、胸の動きが次第に収まっていく。やはり足も少し痛い。
トロルと戦った時は、少しでも早くこの速度を使いこなしたかった。
今は逆のことをしている。でも速さを使う前に、まず普通に動けるようになる。ただ普通を行うだけでも消耗が激しい。
「後、2、3 回やったらおわりね」
「もっとやりたいです」
朔が即答した。
「頑張ったって上手くなるようなもんじゃないね、こういうの。一回クールダウンする時間も必要なの」
千尋に言われて仕方なく従った朔は、どうにかして何かを掴みたくて集中して取り組んだが、結局初めの方が出来が良かった。
「はい、終了」
真琴がヘイストを解除する。
一歩動くと、普段の身体へ戻っただけなのに妙に遅く感じた。
「……遅い」
「それが普通」
「その感覚がなくなるくらいまでは練習した方がいいよ」
「ありがとうございました」
「またね」
走ってきた息子に手を引かれ、千尋は公園の出口へ向かっていった。
それから三日後。仕事の昼休憩にスマホを開くと、昨夜届いていたギルドアプリの通知が残っていた。
『ギルドランク昇格審査結果』
通知を開く。
『審査の結果、探索者・後藤朔のギルドランクをDへ更新します』
Dランク。夜間学校へ入った目的の一つだった。
先日、ほぼ間違いなく上がると言われていたので驚きはない。それでも、自分の名前の下に表示されたランクがEからDへ変わっているのを見ると、夜間学校へ申し込んだ日のことが一瞬だけ頭に浮かんだ。
本当に上がったんだな。少しずつ実感が湧いてきた。
通知には続きがあった。Dランクで利用可能になる制度の案内。その下に、能力情報更新のための再測定について表示されている。
Eランクに上がった時に一度やってるので、内容は知っている。そういえば、あれ以来能力測定はしていなかった。
一人で潜った第三階層、ダイアウルフとの戦闘、学校での実習、隠し通路の発見、そしてトロル。最初に測定を受けた頃とは随分違う。
朔は一番早い予約枠を選んだ。
測定は平日しか行われていないので、有給を取ってギルドへ向かい、指定された測定室へ入った。
職員の案内に従って測定器の前に立つ。
「前回の記録と照合しますので、そのまま少し待ってください」
部屋の中央には、一人分の円形の台と、それを囲む白い測定器が据えられていた。左右にグリップがあり、背後から伸びた縦長のセンサーが、頭上で半円を描いている。
「中央に立って、両手でグリップを握ってください」
職員の指示に従って台へ乗り、左右のグリップを握る。ひんやりした感触が掌に返った直後、短い電子音が鳴った。
頭上から白い光が降り、身体をなぞるように足元まで動いていく。正面のモニターには人型の輪郭が浮かび、その脇へ数値が一つずつ追加されていった。
続いて、表示された指示に合わせて何度か踏み込み、グリップを強く握る。以前にもやった動作だが、視線を感じがら決められたことをやるのは、間違えてないだろうかと不安になってしまう。最後の動作を終えると、もう一度電子音が鳴った。
『測定完了』
「結果を前回の記録と照合しますので、待合でお待ちください」
「はい」
グリップから手を離し、朔は測定室を出た。
待合の椅子でしばらく時間を潰していると、廊下の向こうから端末を片手に歩いてくる見慣れた姿があった。
「朔」
「真琴さん」
「ちょうど結果が回ってきたから、持ってきた」
真琴は隣へ腰を下ろすと、そのまま端末を差し出した。
「結構変わってるわよ」
受け取って画面を見る。クラスはスカウトのまま。そこは以前と変わっていない。
その下に並ぶ身体能力の数値へ目を移すと、いくつかの項目が前回よりはっきり上がっていた。
「思ったより上がってますね」
第三階層へ入るようになってから、ダイアウルフとも戦った。学校へ通い始めて実習も重ねたし、この前はトロルともやり合った。身体が以前と同じなはずはないと思っていたが、こうして数字で見ると実感が違う。
「そりゃ、あれだけやってればね」
真琴が少し呆れたように言う。
朔は苦笑しながら、画面を下へ送った。次に出てきたのは取得済みスキルの一覧だった。《索敵》や《熱知覚》をはじめ、見慣れた名前が縦に並んでいる。
ざっと目を通し、そのまま指を滑らせる。一番下まで来たところで、止まった。見覚えのない名前が増えている。
「……これ」
隣から真琴が画面を覗き込み、
「あ」
小さく声を漏らした。
「新しいスキル、増えてるわね」
朔はもう一度、その文字へ目を落とす。
《係留》
「アンカー……?」




