第36話 『あなたは多分、Dランクに昇格よ』
一階層まで戻ると、すれ違う探索者の数も少しずつ増えてきた。見慣れた通路で、目新しい装備をまとった初心者探索者とすれ違うと、緊張が自然と解けていく。樫村が小さく息を吐く。
「なんか、やっと帰ってきたって感じしますね」
「そやな、まあ、まだダンジョンの中やけどな」
出口まではもうそれほど遠くない。
「でも、流石にもう魔物は出てこないでしょう」
一階層に上がるまでに数体の魔物を倒しながら、ここまで帰ってきた。特に2階層に上がるまでは気が抜けるような状況じゃなかったので、無駄口も少なかった。
「そういえば、第三階層の噂知ってます?」
「なんの話や」
「少し前に、ダイアウルフを倒した女の子三人組がいたらしいですよ」
朔の足がほんの少しだけ遅くなる。
「女三人で階層主倒したんか。やるやないか」
「しかも、3人とも可愛いらしいですよ」
「動画あるんか」
「いえ、配信はしてなかったみたいで、そのせいで色々噂になってるんですよ」
カンナたちのことだ。朔は何も言わず、そのまま歩いた。
「でも、三人だけじゃなかったって話もあるんですよ」
樫村が成瀬を見る。
「他にも誰かいたんですか?」
「そのもう一人の人が、先にダイアウルフを弱らせて、戦闘を助けたとか」
「へえ。格好ええな、そんなんしたらモテモテやんか。俺もそんな役してみたいわ」
堂本が感心したように言った。
「噂だと、階層主相手に一人で時間稼いだとか、毒を使って追い回したとか。話す人によって内容が違うんで、どこまで本当か分かりませんけど」
間違ってはいないが、聞いていると自分がやったこととは少し違う話のようにも思える。
「朔はなんか知ってるか」
「噂くらいなら…」
そのもう一人が自分だと、言うことができずに朔はそう答えた。言ったらこの人たちなら信じてくれるかもしれないが、話を大きくしたくはない。
カンナ達から階層主を倒したことで、変に目立ってしまったのでダンジョンに潜れない、という愚痴のメッセージが入っていた。だから噂が落ち着くまで一緒にダンジョンには潜れないと言われた。もう少し落ち着いたら連絡してくれるそうだ。
「自分も若いんやから、可愛い姉ちゃんの情報はきちんとチェック入れとかなあかんで」
そう言って、堂本は朔の肩を叩いて笑った。
ダンジョンを出た四人は、帰還整備区間で装備の汚れを落としてからギルドへ向かった。迷宮探索課は、探索帰りの人間で混み合っていた。
四人はセルフ受付で換金受付の手続きを済ませ、続けて《情報提供》から隠し通路の位置と地図データを送信した。後は順番を待つだけだ。
しばらく待っていると、受付をした朔のスマホが振動する。表示された受付へ向かうと、カウンターの向こうに見慣れた顔があった。
「あれ、朔」
片桐真琴だった。
真琴は朔の後ろにいる三人と、堂本の傷だらけの盾を順番に見る。
「もしかして、学校の人達?」
「はい。同じ班の人です」
「そっか」
真琴は少しだけ笑って、端末へ視線を戻した。
「それじゃあ査定ね。報告内容も確認するから」
操作していた指が止まる。
「トロル、二体?」
真琴が朔をみた。
「今回は四人です」
朔が視線を逸らしてボソッと言った。
真琴は数秒、朔の顔を見つめたが、朔は視線を合わせようとしない。
「一匹は朔一人で倒したんやで」
「いや、その、樫村さんに付与魔法を掛けてもらったんで」
朔が慌てて堂本のセリフに被せてくる。
「そやねん。ヘイスト言うんか、なんか急にはよなって、がーっつこんでってカッコよかったで」
朔は自分を擁護する言葉を絞り出そうと頭を抱えたが、何も出てこず、大きなため息をつく。恐る恐る真琴をみると、笑ってない硬い笑顔をしていた。
「後で話があるから、時間作ってね、朔」
真琴はそういって、それ以上追及せず、端末を操作した。
「まず魔石ね。全部で七万八千七百円」
画面に査定結果が表示される。その中でも大きいのは、トロル二体の魔石。一体一万八千円で、二体合わせて三万六千円だった。
続けて素材の査定が表示されていく。
ゴブリンとコボルトの短刀。
アーマービートルの外殻。
ケイプリザードの皮。
ケイプボアの牙。
そして――。
「トロルの厚皮、一万二千円」
「皮だけでそんなするんか?」
堂本が身を乗り出した。
「丈夫だし、防具の補強材とか色々使えるのよ、それから解毒草二十株。こっちは少し品質がいいから、一万六千円」
「そんなにするんですか?」
樫村が驚いたように聞いた。
「普通のものより成分濃度が高いみたい。採取場所の環境が関係してるかもしれないから、一応採取地点も調査対象に入れておくわね」
最後に合計額が表示された。十二万三千二百円。
「おお!」
堂本が声を上げる。
「結構いったやないか!」
「四人で割るんですよ」
「分かっとるわ」
真琴が端末を確認する。
「分配は四人均等でいいの?」
四人が頷く。
「なら、一人三万八百円ね」
「おおっ、毎日やったら、一ヶ月で100万なるやん」
「毎日、トロル2体倒すなんてごめんですよ」
「それと、隠し通路の方だけど」
真琴の表情が職員のものに戻る。
「未登録区画として仮登録してあるわ。提出してもらった範囲を確認して、問題なければ正式登録ね」
「奥の調査はしないんですか?」
「ギルドが勝手に奥まで調べたら、あなたたちの地図の権利を侵害することになるでしょ。危険情報としてトロルが複数いることは共有するけど、その先を調べるかどうかは別の話よ。登録されたら、マップが買われると権利料が発生するわ」
「まだ金入るんか!」
堂本がまた身を乗り出す。
「少額ずつだけどね」
真琴はそう言ってから、最後に端末を操作した。
「それと今回の探索記録。トロル二体の討伐と未登録区画の探索は、四人とも昇格実績に加算されるから」
堂本が拳を握る。
「よっしゃ!」
「一番喜ぶところ、そこなんですね」
樫村が笑う。
「当たり前や。金も大事やけど、ランク上げるために学校通っとるんやからな」
その言葉を聞いて、真琴が朔を見る。
「あなたは多分Dランクに昇格よ」




