第35話 隠し通路は、本当にこれだけなのか
「すごいやないか、朔。一人でやってまうなんて」
近寄ってくる堂本の声に気づき、我に返った朔は堂本の方を見る。
朔は一瞬、何を言っているのか分からなかったが、頭の中を少し整理した。
「樫村さんの付与魔法のおかげです」
そう言って、額の汗を手で拭う。
手についた汗を見ると、手に移った汗が再び玉になり雫を作るほど汗をかいていた。胸も自分の意思とは関係なく、大きく上下して必死に酸素を取り込もうとしている。
思っている以上に身体が動いていたようだ。サイレントヒールで回復させていたが、節々に痛みを感じる。
「そっちは大丈夫でしたか」
思い出したように朔が聞いた。
「こっちは、伊織がビームみたいなん撃って倒したわ」
「堂本さんが、タンクしっかりやってくれましたからね」
珍しく成瀬が素直に堂本を褒めると「凄かったですよね」と樫村も付け加えた。
「なんや、部活の練習させられとるみたいでしんどかったけど……昔思い出して意地になってたわ」
そう言って堂本は盾を床に立て、一度裏返した。
表面にはいくつも傷が増えているが、大きく歪んではいない。重量軽減を前提に選んだだけあって、盾そのものはかなり頑丈だった。
問題は内側だった。
腕を通す革帯が伸び、留め具の一つがわずかに浮いている。取っ手を握って力を入れると、内部で小さく軋む音がした。
「……こっちが先にくるか」
堂本が盾を軽く揺らす。
ガタッ、と手の中でわずかな遊びが返ってきた。
表板はまだ耐えられる。だが、その衝撃を受け続けた内側の金具や芯材までは無事ではなかったらしい。
もう一度トロルの一撃を受けても、すぐ壊れることはないだろう。
ただ、何度も同じように受け続けられる状態でもなかった。
「交換の部品と、修理の方法覚えてた方が良さそうやな。ダンジョンで壊れたら使えんなったら格好悪いわ」
ガタつく金具をいじりながら堂本が言った。
朔と樫村は成瀬が皮肉の1つでも言ってからかうかと思って成瀬を見たが、成瀬は「今回の魔石のお金で買い揃えないとですね」と、言ってスマホで金具の価格を調べて堂本に伝えた。
「腕痛むんじゃないですか、ヒールかけましょうか」
樫村がそう言ったが堂本は首を横に振った。
「これくらい耐えれんかったら、これから持たんわ、ダンジョンから出てまだ痛かったらかけてや」
堂本はそう言って、痛みのある左手で盾を持ち上げて歩き出した。
「まだ探索続けますか?」
歩き出した堂本の背中に成瀬が聞いた。
「今日はもう十分やろ。帰り道のことも考えなあかんし」
堂本は振り返らず、そう言った。
「意外ですね。もう少し粘るのかと思ってました」
成瀬がいうと堂本は立ち止まった。
「なんかな、うもう言えんけど、ちょっと凹んだわ。もう少しかっこよう活躍出来る思うたけど、色々たらんのやなって」
そう言って堂本は持っている盾を見つめる。新品だった盾は、大きく凹んではいないが、無数にできた小さな擦り傷のせいで光沢を失い、色褪せた物になっている。
「堂本さんはすごい活躍していたと思いますよ。堂本さんが守ってくれたから私たちは安心して後ろでサポートできたんですから」
「トロルを倒した俺の魔法も貯め時間が必要な上、二段階詠唱して初めて使える魔法でしたから、堂本さんが引き止めてくれないと使えない魔法でしたし」
樫村が様子を伺いながら言った後で、成瀬も続けていった。
それを聞いた堂本は、小さな声で「そうか」と返しただけだった。
成瀬は大きくため息をついた後、持っていた杖で堂本の背中を叩く。
「いたっ!何すんねん」
「子供じゃないんですから、1人で勝手にへこんで、せっかくの勝利の余韻を台無しにしないでください」
振り返って、文句を言おうと身を乗り出した堂本に向かって、指差しをして成瀬が言った。
「指さすな、失礼やぞ」
そういう堂本に向かって、構わず指差しをする成瀬。
「あなただけが凹んでるわけじゃないんですよ。俺だって、もっと簡単に強力な魔法が打てたら朔一人にトロル任せることもなかったし、堂本さんの新品の盾をあんなに傷つけることもなかった。とか、考えたりするんです」
詰め寄る成瀬の勢いに負けて、上半身をのけぞらせる堂本。
「私も付与魔法をかけていますけど、効いているのかどうかよくわかんないし。攻撃魔法を使えたらとか、普通に剣を振ってサポートできたらとか、そういうことを思ったりしますよ」
成瀬のセリフが終わると、樫村も続けていった。
「しっかり「性に合わん」とか言っていた盾を使って活躍していたあんたが凹んじゃったら、俺らどうしたらいいんですか?トロルを2体も倒したんですよ、喜ぶの忘れてませんか」
そう言って、いつの間にか拾っていたトロルの魔石を二つ、堂本の目の前に突き出す。
「……せやな。勝ったんやもんな」
「いつも騒ぐあなたが騒がないから、喜び損ねたんですけど」
そう言って、成瀬は魔石の一つを堂本に手渡す。
「知るか、そんなもん。喜びたい時は勝手に喜べ。人の顔色見て合わしてくな、気色悪い」
そう言って笑う堂本は、もういつもの笑顔に戻っていた。
「ほんなら帰るぞ。今日は祝勝会や!」
「切り替えが早すぎです。もう少し凹んで可愛げ見せてください」
「どっちやねん、おっさんの可愛げに需要あるか!」
いつもの調子に戻った二人を見て、樫村が小さく笑う。
そんな三人を見る朔の手にはまだコンバットナイフが握られていた。戦闘の感覚が放れて消えないように握っていた。子供じみた考えではあったが、それがすごく大事なことのように思えていた。
一度大きく息を吐き、朔はナイフを鞘にしまった。
「朔、帰り頼むで」
「はい」
朔は目を閉じ、《索敵》を使う。帰り道に魔物の反応はない。
そのまま目を開こうとして――少しだけ意識を奥へ伸ばした。
水の流れる音。そのさらに向こう。まだ地図にも載っていない、隠し通路の奥。
「……朔?」
堂本に呼ばれ、朔は目を開けた。
「いや、なんでもないです。帰りましょう」
そう答えて歩き出す。
ただ、一つだけ気になることがあった。
あの隠し通路は――
本当に、これだけなのだろうか。




