第34話 助けに入れないほど、朔は速い
「伊織!ここはええから、朔の方行ってやれや」
堂本がトロルの攻撃を防ぎながらそう言った。
「先にもう弱っているトロルを倒してしまいましょう。それから全員でもう一匹に当たった方がいいと思います」
そう言って、成瀬は堂本の後ろからマジックボルトをトロルに放つ。しかし、マジックボルトの攻撃に慣れてきたトロルは、それを大きな棍棒で受け止め、弾く。
「でも今のままじゃ埒があかんわ。俺もこいつの動きを引き止めるだけで精一杯や、なんかでっかい魔法食らわせて倒せんか」
「ありますけど、そのまま30秒くらい引き止めといてくれますか」
「任しとけ!」
「完成したら樫村さんに合図を送るのでどいてください」
「了解や」
それを聞いた成瀬は、呪文の詠唱にはいる。
「巡る魔力よ、我が手に集え――」
「幾重にも重なり、圧縮し、その力を一点へ束ねよ――」
魔力が成瀬の前へ集まり始めた。集まった魔力は広がることなく、一点へと押し込められていく。
堂本がトロルの棍棒を受け止めるたび、重い衝撃音が通路に響いた。
それでも成瀬は動かない。トロルを見据えたまま、詠唱を続けている。
額にうっすら汗が滲む。両足を開いて立ち、伸ばした腕もほとんど動かさない。ただ、力を込めた指先だけがわずかに震えていた。
堂本が押し込まれても、成瀬は反応しない。返事をする余裕はない。視線を逸らすこともなく、詠唱を途切れさせず、集めた魔力をさらに一点へ収束させていく。
呼吸は少しずつ浅くなる。成瀬の視線だけは、トロルから一度も外れなかった。集められた魔力が、さらに一点へと絞り込まれていく。
やがて成瀬の指先の震えが止まった。成瀬は視線をトロルから外さないまま、わずかに顎を引く。それを見ていた樫村が、すぐに意図を察した。
「堂本さん、離れて!」
「おう!」
棍棒を盾で受けた堂本が、その勢いを利用するように横へ身を引く。トロルの正面が開いた。成瀬の視線の先から、堂本の姿が消える。
収束した魔力が、今にも弾けそうに震えた。成瀬が二次詠唱へ入る。
「我が前に、立ちはだかるものを――貫き穿て」
成瀬がまっすぐ腕を伸ばす。
「《収束砲撃》!」
凝縮されていた魔力が、一気に解き放たれた。白い閃光が通路を走り、トロルの胴体を正面から貫く。
「グガッ――!」
巨体が大きく仰け反り、そのまま地面へ倒れ込んだ。ズンッ、と重い音が響く。
「……やったか」
堂本が盾を下ろす。
樫村が倒れたトロルを確認すると、すぐに後ろを振り返った。
「朔くんは?」
三人の視線が、もう一体のトロルへ向く。その周囲を、朔が目まぐるしく動いていた。懐へ飛び込み、すれ違い、距離を取り、また踏み込む。
「朔!」
堂本が駆け出そうとして、すぐに足を止めた。入れない。朔とトロルの位置が何度も入れ替わり、どこへ割り込んでも朔の進路を塞ぎかねない。
成瀬も腕を上げたが、すぐに下ろした。魔法を撃てば朔を巻き込む可能性がある。
「……下手に手を出せません」
付与魔法の掛け直しを行っていた樫村だけ、これまでの朔の戦闘を見ていた。
「なんや、動きは速いけど、めちゃめちゃブレとるんじゃないか?朔の動き」
「エンチャンターは基本的に、ヘイストだけはかけることを止められるんです。体の感覚がずれて、逆効果になることが多いので…」
樫村が朔の様子を心配そうに見守りながら言った。
「A ランクの元オリンピック選手の探索者が、どうにか使いこなしてる動画を上げてバズってましたね」
成瀬も、朔の様子を眺めながらそう言った。
「今、朔がやってることは、そんぐらいすごいことなのか?」
「どうでしょう。めちゃくちゃ体がブレてますし。体がついていけてないから、すぐ息は上がると思います」
「朔!こっち片付いたから、休め!後は引き受ける」
堂本がそう叫んだ直後だった。トロルが頭を大きく振り上げた。
ゴッ――!
朔の身体が後ろへよろめく。
「朔!」
堂本が駆け出した。
朔も距離をとろうとするが、動きが鈍い。膝をついたトロルが伸ばした手が、朔の胸元を掴んだ。
「まずい!」
三人が一気に距離を詰める。だが、次の瞬間――。
「グオオオオッ!」
トロルが苦痛の声を上げ、朔を掴んでいた指が緩んだ。朔がそのまま懐へ踏み込む。ナイフが首を横に走り、続けて深く突き刺された。
「グガッ……」
トロルの巨体が前へ傾く。朔が慌てて横へ退く。
ズンッ――!
巨体が地面へ崩れ落ちた。堂本たちは、その少し手前で足を止めた。朔は額を押さえたまま、その場で大きく息を吐いている。
三人は何も言わず、そのまま朔の方へ歩き出した。




