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炎の姫アニエスと成人の儀式

「九百八十七、九百八十八、九百八十九。」

ルーゼン王国第一王女アニエスは王宮の道場で一心不乱に剣を振り続けていた。

「九百九十八、九百九十九、…千!」

日課の素振り千本を終えアニエスは一息つく。

「アニエス様、お疲れ様でした。どうぞ。」

「ありがとう。フィーナ。」

アニエスはメイドのフィーナからタオルを受け取り汗を拭う。

「精が出ますね、アニエス様。」

「ええ、もうすぐ成人の儀式。後悔はしたくないから。」

成人の儀式。王家の人間がルーゼン王国で定められている成人の十五歳になると必ず受けなくてはならない、伝統の儀式だった。

儀式の内容は試練の迷宮というダンジョンの地下五階層にあらかじめ据えてある首飾りを取って戻ってくるというものだ。

ダンジョンで繁栄したルーゼン王国の王家の人間たるもの五階層程度踏破して当然であるという考えから始まった儀式だが、あくまでそれは建前で成人の儀式はただの通過儀礼、護衛はいくらでも連れていけるし最早今は貴族が暇つぶしにやるダンジョン見学の様なものだった。


しかしアニエスにとっては成人の儀式はただの通過儀礼ではなかった。

(ようやく、ダンジョンに入れるー!!)

アニエスはダンジョンに憧れを抱いていた。

子供の頃絵本でダンジョンで奮闘する冒険者の物語を読んで以来ずっとだ。

本当の事を言うとアニエスは冒険者になりたかったのだが第一王女という立場がそうはさせてくれなかった。何度ダンジョンに入りたいと懇願しても危険だからの一点張りで取り合ってはもらえなかった。


仕方なくダンジョンの本や文献を読み漁り、冒険者達の冒険譚を聞き、そしていざダンジョンに入った時のために自身を鍛え続けてきた。

特にギルド本部長のリーナには冒険譚もたくさん聞いたし鍛錬でもよく世話になったものだ。

しかし読めば読む程、聞けば聞く程、自身を鍛えれば鍛える程逆にダンジョンへの想いは募る一方だった。


そして三年程前にとうとう我慢ができなくなり、冒険者のふりをして単身でダンジョンに乗り込もうとしたことがある。

結局途中でばれて連れ戻されたのだが、父親、つまり国王が自らなりふり構わず先陣を切って捜索にあたっていたという事を後で知りアニエスは深く後悔、反省した。

あの日からダンジョンへの想いは断ち切ろうと努力した。しかしその想いはそうそう簡単に断ち切れるものではない。


「うふふっ。」

アニエスは苦笑いを浮かべながら、自分の愛剣をスラリと抜きじっと見つめる。その燃える様な赤い刀身はアニエスの赤い髪と眼に合わさって実によく映えていた。

(全く我ながら困ったものね。)

パチンとアニエスは愛剣を鞘にしまう。

魔剣イグニス。

アニエスがダンジョンに乗り込もうとした後、その年の誕生日に父親である国王から贈られた剣である。

紛れもなくアニエスの宝物だった。

(父上からしたらこれをやるから我慢しろ…ということなのでしょうけど、分かっていませんね。この贈り物は逆効果だわ。こんな名剣を貰ってしまってはますますダンジョンで振るいたくなってしまいます。)


「アニエス様お風呂のご準備が出来ております。」

「ええ、行きましょう。」

フィーナに促されてアニエスは道場を出て風呂場に向かおうとした時だった。


「よお!アニエス!」

突然後ろから声をかけられアニエスは振り向く。

「これはお兄様。」

アニエスはうやうやしく礼をする。

声をかけてきたのはアーサー・ルーゼン。ルーゼン王国の第一王子だった。

その手には鎖を持っていて鎖の先には人間が繋がれている。奴隷だろうか、四つん這いで這いつくばっている。


(相変わらず趣味が悪いわ…。)

アニエスはその光景を見て強い嫌悪感を感じる。

「またお前は、鍛錬してたのか!?そんな意味のない事やって何になるんだ!?鍛えようが鍛えまいがどうせ俺達に逆らえるやつなんていねえのによ!」

アーサーの声は無駄に大きくアニエスの神経を逆撫でする。

「鍛錬は私の趣味ですわ。純粋に体を動かす事が好きなんです。」

「はっはー!」

ウィルソンは肥えた身体を揺らしながら高らかに笑った。

「相変わらず変わった奴だな!俺が国王になったら鍛錬禁止にしてやろうか!?」

「うふふっ、お兄様、また御冗談を。」

「はっはー!そう冗談だよ冗談!おい笑え!」

ガスッ!!

ウィルソンは鎖に繋がれた奴隷を思い切り蹴り上げる。

「がっ!はっ、ははは、ははっはっ!」

鎖に繋がれた奴隷は苦しそうに無理矢理笑っている。

その光景を見て思わずアニエスは顔をしかめた。

「ははっ!汚え笑い声だな!行くぞ!じゃあなアニエス!」

「はいお兄様。ご機嫌よう。」

アニエスはアーサーを見送りながら決意する。

(やはりお兄様にこの国は任せられないわね…。)

今ルーゼン国王は病に伏せていて、いつ亡くなるか分からない状況だった。

そして次の国王の候補の筆頭は第一王子であるアーサーである。当然他にも候補はいるが正直アーサーと似たり寄ったりの人物だ。

(私はこの国の国王になる…。)

アニエスはぐっと自分の愛剣を握りしめる。

(王位継承戦が始まればダンジョンどころじゃなくなってしまう…。)


「アニエス様?」

じっと立ち止まっているアニエスを心配してメイドのフィーナが声をかける。

「ああごめんなさい、少し考え事をしていて。」

(ダンジョン探索は常に危険と隣合わせ。でも私は死ぬ訳にいかない。つまり成人の儀式が私にとって最初で最後の…。)


「フィーナ、道場に戻るわ。」

「えっ!?」

「後悔はしたくないの!分かって!あなたも一緒に付き合って!組手しましょう!」

実はフィーナはメイドながら一流の武人であり、成人の儀式の護衛の一人であった。


「…かしこまりましたっ!どこまでもお供します!」

「ありがとう!」


アニエスとフィーナは道場に向かって走り出した。

(最初で最後のダンジョン!絶対に後悔だけはしたくない!)





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