ジグとリーナの出会い
私はジグを心から愛している。
ミルムのその真っすぐな想いを聞いてリーナは自分が見誤っていた事を悟った。
彼女に何を言っても恐らく無駄だろう。
もしジグの相棒に相応しくないと判断したら強制的に排除するしか方法はない。そのぐらいの覚悟をリーナはミルムから感じた。
「安心して、リーナ。」
「?」
「私がジグの相棒として相応しくないと自分で感じたなら、自ら去る。まぁ鍛え直して戻ってくるけど。」
「…!」
リーナはミルムを過小評価していたらしい。
「分かったわ、ミルムちゃん。」
リーナは保護者としてジグに愛情を注いできたつもりだった。今では歳の離れた弟の様に思っている。
しかし彼女はジグに対して少し後ろめたい気持ちを抱えていた。
リーナはジグにいつも過酷な任務を課してきた。
だが暗殺等の汚れ仕事もジグは文句を言いつつも一人で完璧にこなしてきた。
別に無理に一人で仕事をさせているわけではない、
彼はその能力の高さ故に一人で何でもこなせてしまうのだ。
実際にジグは一度たりとも任務を失敗したことはなかった。
むしろパーティーを組ませたりすると逆にジグの足を引っ張ってしまう恐れがあった。
そして優秀が故につい仕事を任せてしまう。
結果ジグは一人でいる事が増え、仕事柄友人等も作らないようにしているふしがある。
(結局私はジグに後ろ暗い仕事を与えて彼を一人にさせてしまった。)
だからミルムの告白はリーナにとっても嬉しいものだった。
(あのジグにこんな可愛い娘が…ね。ようやくあの子にも信頼できる仲間が出来たという事かしら。しかも恋人になる可能性もあって…。だとしたらこんなに嬉しい事はないわね。)
初めてジグと出会った時の事は鮮明に覚えている。
当時リーナは二十歳、既にBランクの貴族の冒険者として頭角を現していた、そしてジグはまだ五、六歳だったろうか。
彼は奴隷だった。趣味の悪い貴族に首輪で鎖に繋がれて、いたぶられていた。
― 十五年前 ―
「おらぁ!さっさと歩けよ!」
「どうしたんだ、その奴隷。」
「昨日安かったから、買ったんだけどよ、なんかもう飽きてきたわ。」
「はははっ、もう殺すのか?さすがにもったいなくね?」
たまたまリーナは通りかかってその光景を目撃したのだが、
往来で堂々と奴隷をいたぶる貴族を見てリーナは反吐が出そうな気分になる。
この頃からリーナはルーゼン王国の貴族至上主義に疑問を抱いていた。
(奴隷だって、人間なのに…。)
リーナは奴隷をいたぶる貴族の紋章を見る、二人とも伯爵の紋章であり一番下の階級である男爵のリーナには逆らえる相手ではなかった。
(いや、駄目よ!ここで引いたら冒険者リーナの名が廃るわ!)
リーナが意を決して貴族に文句を言おうと一歩踏み出した時だった。
「ははっ、はははははっ!」
奴隷の少年が急に高笑いを始めたのだ。
「うわっ!なんだこいつ!」
「気持ち悪いなぁ、壊れたか?おいもう殺っちまおうぜ。」
「そうだな。」
貴族は剣を抜こうと腰に手を回そうとしたができなかった。
何故なら彼の腕は肩からなくなっていたからだ。
ボトリと貴族の右腕が地面に落ちる。
「は?」
一瞬貴族は何が起きたか分からなかった。
しかし肩から噴き出す血と激痛が彼を覚醒させる。
「ぎっ、ぎゃあっーーーーー!!」
貴族は地面にのた打ち回って悲鳴を上げる。
「はははははっ!分かってきた!分かってきたぜ!」
奴隷の少年の笑い声が響き渡る。
(何?何がおこっているの!?)
リーナも呆気に取られていた。
見れば少年の手から氷の剣が生えていた。
(あの子がやったの?あれはアイスソード?)
そしてリーナは気づく、少年が纏っている強大な魔力に。
「こっ、こいつ!」
もう一人の貴族が剣を抜いて少年に襲いかかる。
「まずいっ!」
リーナは止めようとしたが時すでに遅し、
少年の氷剣は貴族の胴を真っ二つに両断していた。
その光景を見てリーナは少年目掛けて走り出す。
「けっ雑魚が。…うおっ!」
頭で考えた行動ではなかった、身体が自然に動いていた。
リーナは一気に間合いを詰めて少年を抱きかかえ走り出す。全ては少年を救う為に。
「なんだてめえ!離せ!」
「私は味方よ!」
リーナは走りながら叫ぶ。
「ああ!?てめえ貴族だろ?んなわけねーだろ!」
「いいから黙ってて!あなたこのままだと殺されるわよ!」
「…俺は殺されねえ!てめえもさっきの見ただろうが!」
「ようやく少し魔力操作ができるようになった、ひよっこがほざいてんじゃないわよ!」
「…ちっ!いいから離せ!自分で走れる!」
「もういいわ、ここまで来れば。」
人目のない路地裏に入ってリーナは少年を降ろした。
「なんなんだ、てめえは。」
リーナを睨見つける少年の目は暗く憎しみで淀んでいる。それも当然だろう、彼の全身は傷だらけだ。
今まで酷い仕打ちを受けてきたのは明白だった。
「あなたこれからどうするの?」
「…鍛える。」
「は?」
「鍛えてこの国の貴族を皆殺しにしてやる!!」
「…!」
とてつもなく危険な思想だった、しかしそういう考えになるのもリーナには少し理解できた。
(自分も奴隷に生まれていたら、どうなっていたか…。)
「親が奴隷なら子も奴隷!?ふざけやがって!貴族も平民も奴隷も関係あるか!俺はジグ!俺は俺だ!」
(すごいわこの子。この歳でこれだけ強烈な自我を持って、そして間違いなくとてつもない魔法の才能がある。でも歪んでしまっている。奴隷に生まれたというだけなのに。)
そしてリーナは理解した。歪んでいるのはこの国なのだと。
ガバッ!
リーナはジグを、抱きしめた。
「おっおい!何しやがる!」
「ねぇジグ私と一緒に来ない?」
「はぁ!?」
「私はこの国を変えてみせる…!だからあなたの力を貸して!」
*
そしてリーナはジグを育て、その力を借りて男爵という最下級貴族の出身ながらギルド本部長にまで登り詰めた、この国を変えるために。
(でも結局この国は変わっていない。ジグはまだ私に力を貸してくれてるけど、ルーゼン王国を離れてしまった…。不甲斐ないわ。でもようやく変革のチャンスが訪れた。そしてこのタイミングでジグに初めて相棒が…、これはいい予兆と捉えて良いかしら。)
「降参よ、ミルムちゃん。仕事の話しをするからジグを呼んできてもらえるかしら?」
「承った。」
ミルムは席を立ち扉に向かって走って行く。
(ジグをよろしくね、ミルムちゃん。大変だろうけど。)
リーナは少し寂しさを感じながらミルムの背中を見やる。
「あ。」
ミルムは扉を開けたところで急に立ち止まった。
「どうしたの?ミルムちゃん?」
「ジグが他の冒険者を叩きのめしてる。」
「…。」
リーナは頭を抱えてうなだれた。
「…止めれそう?ミルムちゃん。」
「善処する。手遅れかもだけど。」
そう言って駆け出していくミルムを見ながらリーナは深いため息をついた。
ジグは仕事以外ではただの問題児だった。




