元奴隷の逆襲
「ふぅっ、やっぱり平民をいじめるのは最高のつまみになるぜ。」
ルードは上機嫌で帰路についていた。
ルード・ノーラン。
先程、ジグにワインを浴びせた貴族である。
今彼は暗い路地裏を歩いていた。
本来この様な道は貴族が通る道ではないが、近道になるのとたまに寝ているホームレスを蹴り上げるのが面白いのでいつもこの道を使っていた。
周りからは危険だから止めておけと言われているが、一応護衛も連れているし、そもそも彼には絶対的な自信があった。自分が例え何者かに襲われたとしても返り討ちにできるという自信が。
(俺は選ばれた人間だ。)
ノーラン公爵家という貴族の中でも一流の生まれで頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。
金、権力、美貌、才能、生まれた時から全てを持っている。
(それがルード・ノーランだ。唯一王家には逆らえんが、チャンスさえあれば…。)
「ルード様。」
少し良からぬ事を考えていたルードは前を歩いていた護衛に声をかけられ足を止める。
「どうした?ホームレスか?」
ルードが護衛の肩越しに前方を見ると一人の男が立っていた。
残念ながらホームレスではないらしいが男が被っているフードには見覚えがあった。
「さっき店にいた平民か。」
思わずルードはほくそ笑んだ。
先程店内では人目もあるのでさすがに殺すわけにはいかなかったが、ここではどうとでもなる。
ホームレス等目でもない。
彼は平民をいじめるより殺す方が何倍も好きだった。
「覚えていたか、思ったより記憶力はあるんだな。品性はまるでないくせに。」
ジグの一言にピクリとルードの眉が動く。
「貴様!なんだその口の聞き方は!ここにあらせられるのは…!」
「よせ。」
ルードは啖呵を切った護衛を遮って前に出ながら剣を抜く。
「ルード様、危険です!」
「おい。」
ルードは護衛の鼻先に剣を突きつける。
「俺があんな平民に遅れを取るとでも言うのか。」
「と、とんでもございません!そのような事は…。」
「だったら黙ってみてろ。お前らは手を出すな。」
「へえ自分でやるのか?糞貴族の割りには意外と度胸あるじゃねぇか、いいぜ相手になってやる。」
その挑発にルードがジグを睨見つける。
「貴様…!」
しかしそこで一つルードの中に疑問が生まれた。
(こいつは本当にただの平民なのか?)
平民が貴族に対しこの様な態度を取ればただでは済まない事は当然知っているはずだ。
なのにこいつのこの態度はどうだ。
「どうした?こないのか?」
「…貴様は本当に平民か?」
ルードの問いにジグは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに笑い出した。
「ははっ安心しろよ、俺は平民だよ、元々は奴隷だけどな。」
「奴隷だと…!」
「元な、ちゃんと市民権は買ってもらったよ。」
「関係あるか!そんなもの!」
夜空にルードの怒号が響き渡る。
人の位は生まれた瞬間に決まるというのがルードの信条だった。
奴隷で生まれたら何をしようが一生奴隷なのだ。
そしてルードの中では奴隷は人ではない、喋る家畜だった。
その奴隷に侮辱された。
ルードにとってこれ以上の屈辱はなかった。
「ぶっ殺してやる!」
怒りに任せてルードは剣を振り被りジグ目掛けて振り降ろしたが、難なくジグはそれを避ける。
「貴様!避けるな!」
「はっ!無茶言うなよ。」
ビュン!ビュン!ビュン!
いくら振ってもルードの剣は虚しく空を斬り続ける。
笑いながら避け続けるジグにさらにルードの怒りのボルテージは上がっていった。
「こっ、こんな馬鹿な!なぜ当たらん!」
剣を振り疲れたルードはスタミナ切れを起こしてぜぇぜぇと肩で息をする。
「どうした?もう終わりか?」
ジグもかなり動いているが、息一つ上がっていない。
「貴様…!」
ルードは今までこうやって平民や奴隷を何度も殺してきた。
(今までの奴らはすぐに諦めて首を差し出した、しかしこいつは…!)
「おい!護衛共!何をしてる、こいつをひっ捕らえろ!」
ルードは先程の自分の発言を翻して護衛達に指示を出す。
「何だよ情けねえな、もう降参か?」
「うるさい!おい早くしろ!ただし殺すなよ!こいつを殺すのは俺だ!」
ルードはまくし立ててジグを睨見つける。
しかし一向に護衛は動く気配はない。
不審に思ったルードはジグから目を切り振り返り護衛達を見て目を見開いた。
「…何だこれは?」
護衛は三人いたが全員まとめて氷の中にいた。
全身分厚い氷に覆われていてこれでは動けるはずもない。というか既に息絶えているのは間違いなかった。
「貴様がやったのか!?」
「親切心だよ、手を出すなって言ったのはお前だろ?」
「貴様、一体何者…がっ!」
ルードはジグの拳を顔面に受け吹っ飛び護衛達の氷像にぶつかる。
(何だ…何が起こった?)
ジグの拳はルードに混乱をもたらした。
ルードは貴族であり全てにおいて絶対的な強者だ。
そして目の前にいる男は奴隷だ。底辺の中の底辺、絶対的な弱者である。
(殴られた…のか俺は?奴隷に!?)
ズキンと鼻が痛みルードは思わず手で鼻を抑える。
どくどくと鼻血が垂れ、あっという間に手は朱色に染まっていく。
痛みと血の色が徐々にルードの混乱した頭を覚醒させていく。
「きっ貴様!おっ俺を!なっなっ、殴っ!」
「ははっ!呂律回ってねーぞ。てかうるせーよお前。もう夜中だぜ、近所迷惑ってものを知らねーのか。お貴族様はよ。」
ジグの言葉がルードの怒りをさらにかき立てる。
「貴様ぁ!俺を殴ったなぁ!!」
ルードは落ちていた剣を拾い上げ再びジグに襲いかかるが、あっさりと手を掴まれ止められる。
「ぐっ!離せっ!」
「お互い様だろう?」
「…何だと!?」
「お前も俺を殴ったじゃねーか、酒場で。俺は何もしてねーのによ。俺はお返ししただけだぜ。」
「何を言ってる!俺は貴族だっ!貴族だぞっ!」
その言葉を聞いてジグは苦笑いを浮かべる。
こういった問答は幾度となく貴族とやってきた。
「根本的に考えが違うから、お互い納得できる答えなんて出る訳ねーんだよな。」
ジグはそう言ってルードの手を離し少し距離を取る。
「貴様っ!何を言って…!」
「もう終わりにしてやる、弱い者いじめは好きじゃねえからよ。」
「貴様っ!どこまでもなめやがっ…!」
そこまで言ってルードは自分の下半身に違和感を感じた。
「これは…!凍って…!」
もうルードの下半身は凍りついて動かなかった。
そして急速にルードの体は凍り始める。
「俺は売られた喧嘩を買っただけ。しかもあんたは俺を殺そうとした、だったら自分も殺される覚悟を持たなきゃな。」
「ふざけるな!俺はルード・ノーラン!俺は完璧な人間なのだ!俺様が死ぬわけが…!」
そこまで言ったところでルードは頭まで凍りつき息絶えた。
その様子を見終えてルードは酒瓶を取り出し一口飲む。
「完璧な人間なんているかよ。死なない人間もな。それにしてもこいつある意味貴族の中の貴族だったな。ここまでくるとすがすがしいぜ。」
ジグは氷像と化したルードをぽんぽんと叩きながらため息をつく。
「はぁ、またやっちまったよ。バレたら怒られるよなぁ。」




