貴族至上主義
「美味いな、この串焼き。」
とある大衆居酒屋のカウンターで男はポツリと呟いてエールを飲み干した。
男の名前はジグ、痩せ型でそれなりに端正な顔立ちをしているがどこかその表情には暗い影があった。そしてそれを隠す様にフードを被っている。
(一人で適当に立ち寄った店だったが、どうやら当たりだったようだな。)
思わずジグの顔に笑みが浮かぶ。
今日はここに腰を据えて飲もうと決め、メニューに目を通す。料理の種類は多くどれも美味そうだ。
とりあえずエールを追加してから決めようとジグがウェイトレスに声をかけようとしたその時だった。
バンッ!!
けたたましく店の扉が開きぞろぞろと男女の団体が入ってくるのを見てジグの高揚とした気分は一気に下がった。
入ってきた男達は皆身なりがよく胸にはそれぞれ様々な紋章を着けている。
間違いなく貴族であった。
連れている女性達は従者だろうか、いずれもかなり容姿が整っていた。
貴族達はずかずかと店内を進んでいき店の中央にある一番大きなテーブルの前で立ち止まり言い放つ。
「どけ!平民共!」
「はっ、はい!申し訳ございません!」
テーブルで飲み食いしていた先客達はまだ途中の飲食物もそのままに慌てて席を立ち始める。
「早く片付けろ!とっとと酒持って来い!」
「はっ、はい!」
ウェイトレス達は他の客はそっちのけでテーブルを片付け、酒を持ってくる。
貴族達はその酒をひったくるように取って呷る。
「不味い!もっとましな酒はないのか!」
「申し訳ありません、それがうちでは一番良いものでございまして…。」
ウェイトレスが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
「はっこれだから平民共の店は嫌なのだ!」
その様子を見てだったら来るなとジグは心で突っ込む。
(全く盗賊の類でもここまで横柄じゃねーぞ。何か嫌な事があったのか知らねーが平民に当たるなよ。)
ため息をつきながらジグはエールを頼むのは取りやめて残っていた串焼きを無理矢理口に頬張りながら財布を取り出し帰り支度を始める。
見れば他の客達も次々に席を立ち、帰り始めていた。
貴族の機嫌を損なえば何をされるか分かったものじゃない。
店からしたら営業妨害もいいところだが誰も文句は言わなかった。
貴族至上主義。
これがこの国の唯一にして絶対的な思想であった。
貴族による貴族のための国、それがルーゼン王国、平民は貴族の糧なのである。
そんな思想であれば平民達から不平不満が出てきそうなものだが、この国は潤沢な資金、資源を有していて平民もそれなりの生活水準を保っている為か意外と皆この思想を受け入れていた。もちろん一部を除いてだが。
そしてジグはその一部の一人であり、貴族を心底嫌っていた。
一応彼はこの国の出身なのだが、今は別の国で暮らしていて、ルーゼンを訪れるのは止むを得ない仕事が入った時だけである。
(あー嫌だ嫌だ、久々にルーゼンに来たかと思えばいきなりこれかよ。
糞貴族には吐き気がするぜ全く。)
ジグは一刻も早くこの店を出ようと思ったが入口は会計待ちの客で列が出来ていた。仕方なくジグはある程度空くまで待とうと一度上げかけた腰を降ろす。とそこで貴族の一人がジグに向かってくるのが視界に入った。その手にはワインが並々と入ったグラスが握られている。
(…何かとてつもなく嫌な予感が。)
ジグのその予感は的中した。
バシャッ!
いきなりその貴族はジグの顔にワインを浴びせたのだ。
「どうした?早く立ち去らんか、平民が!」
「…まだ会計が済んでないもので。」
バキッ!
ジグが言った瞬間に今度は貴族の拳がジグの顔面を殴打した。
「口答えするな、平民が!」
ジグは頭がクラクラした。
貴族の拳が効いたからでは決してなかった。
(…どういう思考回路してんだ、こいつらは。)
ジグには理解が全く出来なかったが、ここはこういう国なのだ、受け入れるしかない。
仕方なく財布から銅貨を数枚多めに取り出しテーブルに置く。正確な金額は分からないが十分足りるだろう。
万年金欠のジグとしてはちゃんと釣りを貰いたかったが仕方ない。
「…申し訳ありませんでした。」
ペコリとジグは貴族に頭を下げ店を去ろうと足を踏み出した時だった。
「ちょっと待て。」
「まだ、何か?」
「拭け。」
貴族はそう言って自分の靴に向かって指を差した。
見れば少しワインで濡れている。
先程ジグに浴びせた時かかったのだろう。
(いや、てめーが自分でかけたんだろーが!)
ジグの怒りの沸点はとうに限界を超えていたがなんとか抑えこむ。
気づけば横にタオルを持ったウェイトレスが立っていた。
(用意がいい事で。こういう事には慣れてるってか、大変だねあんたらも。)
ジグはウェイトレスからタオルを受け取り、貴族の前にひざまずき靴を拭き始める。
ガッ!
貴族はもう片方の足でジグの頭を踏みつけ罵声を浴びせる。
「もっと丁寧に拭かんか!」
「…すいません。」
屈辱にまみれながらジグは貴族の靴を拭き終え立ち上がる。
「終わりました。」
「さっさと失せろ!薄汚い平民が!」
「はい、失礼します。」
(ふっざけんな!!あの糞貴族がぁっ!!)
最後まで罵声を浴びながらジグは店を後に心の中で怒りを爆発させる。そして懐から酒瓶を取り出し一気に呷り、何度も深呼吸する。
(落ち着けー、落ち着けー。)
アルコールが全身を巡るのを感じながら、ジグは今起こった事は全て忘れようと努めた。しかし受けた屈辱は一向に晴れる気配はなかった。
「大人しくしてるつもりだったんだけどな…、無理かも。」
ボソリと呟きジグは闇夜に消えていった。




