練習試合 葵坂―城北
試合は序盤こそ0対0といい試合を見せたものの、三回の表にエースの吉田がつかまり連打連打の5失点、その後も毎回のようにランナーをゆるし六回を終えるまでに計9点を与えてしまった。
打撃の方では三回に2点、五回に1点を返したものの9対3と城北にとっては厳しい展開になってしまっている。
誠から見て、点数ほど両校の実力に格差はないが、どうにも城北側の攻守がイマイチ上手くかみ合っていないとしか言いようがない。
プロの試合であれば、こんな日もあるさ、で終わることだが負けた時点で終わるのがトーナメントである。そんな夏の大会を控える球児たちにとっては残念ながらとかは言ってられない。
なんとか状況を打開しようと色々試しているようだが結果には表れていない。
今日は一日二試合ということもあり1試合目を完投する意気込みだった主将は六回が終わりベンチに戻るとうなだれている。
調子自体は決して悪くはなかったが、夏の大会を意識し過ぎたのか余計な力が入り、かえって打たれてしまう結果となってしまった。
吉田本人としてはこのまま降板したくはないだろうが、チームのことを考えると調子の良くない自分は替わるべきとも思う。
監督がいないため選手の交代等も主将が行わなければならないというのは、特にこういった時には、精神的に辛いものがある。周りもフォローしようとは思うものの上手い方法が思い浮かばず、歯噛みした。
そうしているうちにも六回裏の攻撃が始まった。
焦っている城北ベンチとは裏腹に葵坂の方はいたって余裕綽々の様である。
「もう、余裕過ぎ~」
「ウチの二軍相手でこれじゃあね、意味ないだろ。コールドでいいんじゃね」
「ってか、マネージャー可愛いよな。しかも顧問まで美人とか生意気だろ、あいつ等」
「練習してないんだろ、腰のバット振るのに忙しくて」
「「だははははーー」」
五回の表が7対2に終わった時点で葵坂はエースをはじめとしたほとんどの一軍選手がベンチに引っ込めてしまい現在は二軍を中心とした構成だ。そのためベンチに戻った一軍の選手たちはあからさまに城北を馬鹿にしたような発言をし、野次を飛ばす。
ショートゴロに倒れたバッターが葵坂ベンチを睨みつけながら帰ってくる。それすら面白いのか向こうからは嘲笑が聞こえてくる。――1アウト。
「お前らっ! あんな奴らに言われっぱなしでいいと思ってるのか!?」
「ふざけんな!」
「あいつら絶対許さねぇ」
「殺す殺す殺す殺すコロス殺すコロスコロス……」
「こっから、逆転してやる!」
「見てろよ、あいつ等」
3年生が中心となり部員を煽り、敵意を燃やす中、レフトフライに倒れたバッターが帰ってくる。――これで2アウト。
誠はそんな悔しそうに帰ってくるバッター、そしてチームメイトを見て思う。
……これじゃあ、駄目だ。勝ち負け以前の問題だ。
部員たちの雰囲気に怯える三澄先生と今にも爆発しそうなかなえ。そして意外にも冷めた目つきでベンチを眺めるあかり。
彼女たちをそんな風にしてしまっていることにさえ気づく余裕のない部員達。
――誠の求める野球が今崩れそうになっていた。
なら、僕に出来ることをやるしかない。
「この点差じゃあ無理じゃないですか?」
「なんだと、てめぇ!? 悔しくねぇのか!」
「たとえこの後、0点に抑えたとしても、残り3回で7点取れますか?」
「あぁん!? 取ってやんぜ、絶対!!」
誠は無言で立ち上がり、グローブを手にした。
「おいっ!?」
「ピッチャー交代です。残りの回、僕が完璧に抑えます。……後は任せます、3回で7点ですよ」
周りを見渡し全員の思いを確かめる。
さっきまでのただただ相手を恨めしそうに睨むだけでも、それまでの半分諦めてしまったかのような目でもない――――本気で勝ちにいくという闘志と覚悟が出始めてきていた。
勝ちに拘るのは構わない、勝利を求めない人間に野球の神様は微笑まない。しかし同時に、勝ちに囚われた人間にその笑みは決して見えない。
少なくとも僕の良く知る女神はこんな濁った情念を好む様な、すれた子ではない。
その後、やっと本来の城北らしいプレーを取り戻した部員達は2アウトから1点を返した。
そうして9対4となった七回表から誠が登板することになった。
バッターボックスの外で素振りをするのは葵坂の選手。しかし彼は所詮二軍、一軍は相変わらず囀ることに忙しい様子。
……面白くねぇな。
二軍の彼が悪いわけではない。練習試合である以上、レギュラー以外の実力を見るのは大事なことだし、積極的に交代するのも分かる。
それに勝つためにはこのまま二軍の方が良いに決まっているのだが、それではたとえ逆転しても二軍が負けただけで、葵坂に勝ったとは言えない。
禍根を残したまま、もし夏の大会で当たってしまえばこちらとしても変に意識してしまうおそれがある。
そして何より腹の虫が収まらない。
誠はマウンドの上で目を閉じ深呼吸をし、意識を切り替える。
――俺様はキング、マウンドの王者!
目を開けた時、そこには居たのは確かに太田誠ではなくキングであった。
「貴様ら、調子に乗るのもいい加減にしろよ。その腐った口を縫い、濁った目と潰せ。いつまで俺様の女を視姦するつもりだ」
「……なにあれ? 頭大丈夫かアイツ?」
「点数取られ過ぎておかしくなってんじゃないの」
「「だははははーー」」
構わず、続ける。
「今回は交代制限なしだ。何時でも戻って来て構わんぞ。もっとも誰が出ても結果は変わらんがな」
「まだ、言ってるよ、アイツ」
全く変わらない葵坂に、一応の忠告を入れたキングは振りかえり守備陣を見渡す。
「俺様が投げる以上エラーは許さん、気張れよ」
と、味方を鼓舞する。若干、どころか普通に逆効果になり守備陣の肩に力が入るがキングは気にしない。
その後も葵坂の部員が何か言っていたようだが最初の1人目が一切バットを振ることなくストレート三球で見逃し三振になるころには驚きのあまり大人しくなっていた。
「はっ、なにあれ?」
「アンダーにしては速過ぎねぇか」
「いや、おかしいだろ」
目の前の出来ごとが信じられず、そうこう言っているうちに2人目も誠のストレートに対し、三振に倒れる――三球で。
その頃になり葵坂の部員達もマウンドに立つ怪物の正体に気がつき始める。
「アンダーに、あの速球って、キングじゃねぇのか!?」
「いやいや、なんでキングが城北に居るんだよ、そんな訳ないだろ」
さっきまでとは全く反対の意味で騒がしい葵坂ベンチを一瞥し笑みを浮かべるキング。
「他愛無い。お前らにチャンスをくれてやる。今から俺様はストレートしか投げない。頑張って当ててみろ」
堂々と相手ベンチに向かいそう言い放ち混乱する葵坂サイドに追い打ちをかけるキング。
実際、キャッチャーとの連携は練習不足もありコースはともかく、球種はもともとストレート以外投げるつもりはなかったが、それでも敢えて宣言したのはその方が打てなかった時により効果的だと考えたからだ。
そしてキングはそれでも尚自分の速球が打たれるとは微塵も思わなかった。
結局、3人目も一応はバットにかすらせることは出来たもののそこまでで、高めの直球に呆気なく三振となり七回の表が終わった。
キングがベンチに戻るとかなえを先頭に皆が駆け寄ってきた。
「キング様、キング様ッ!」
「マジ、カッコいいな、おいっ!」
「まさに本物、流石マウンドの暴君!」
それを聞きながら、キングは目を閉じ10数える。特に意識する必要はないのだが、しっかり切り替えないと変に混ざりかねない。
気分が落ち着くのを待ってから誠は部員に話しかける。
「さあさあ、裏の攻撃が始まりますよ。あと6点ですからね、頑張ってください」
「あれ、キング様は?」
「もう終りなのか?」
「もう一回やってくんない。『貴様らに俺様の球は打てん』ってやつ」
がやがやと騒ぐ部員達を急かし、バッターを送り出す。前の回までの重い空気はそこには残っていない。
久しぶりにキングをやるというのは楽しい半面、普段の誠を知っている部員達の前ということで、恥ずかしさが半端ではない。
いつまでも騒いでいる訳にはいかないと向こうを見るも、あちらはこちら以上に混乱していた様で、とりあえずは前の回と同様二軍が守りに就いたものの明らかに混乱しているのが手に取るように分かる。
結局、混乱から上手く立ち直れなかった葵坂はプレーでも精細さを欠き、主将に2点タイムリーが出るなど、この回城北は3点を返し9対7にまで追い上げた。
そうしてこちらの攻撃が終わり、裏の攻撃が始まるという時になって向こうの監督らしき人物がこちらに歩いてきた。
「先ほど、そちらの投手が言っていたが……今からもう一度、一軍を出させてもらえないだろうか」
「ええ、どうぞ、かまいませんよ」
主将が鷹揚に応える。誠にマウンドを譲りライトに入った吉田だったが、打撃で結果を出せたことで肩の力が抜け、本来の落ち着きを取り戻している。
この試合、一軍に勝たねば意味がない城北。
そして向こうの監督は勝ち負け以上に、夏が来る前に一打席でもいいからレギュラー陣に誠に対して打席に立たせて置きたいと思った。初対決であの速球を打てと言う方が酷である。
両者の思惑が一致し、一軍が再び現れる。
流石に本気に成らざるを得ないのだろう真剣な顔つきをした葵坂の部員が打席に立つ。
それに対し変わらず直球勝負の誠。そのストレートは交代したレギュラーでさえ全く手がでず、敢え無く三振――1アウト。
次の打者は2ストライクに追い込まれた後はバットを短く持ち、そして誠の言葉を信じストレート一本に狙いを絞る。当てることに集中し、そこから二球続けてファールと粘る。
キャッチャーの沢井はここで一度、外角低めに外れるボール球を要求。
誠は右打者に対して最も遠いその位置に若干サイド気味のクロスファイヤーを放つ。
ベースをかすめる様に放たれた球に打者のバットは空を切る――――
「あっ!」
しかしその球を沢井が後ろに逸らし、振り逃げを許してしまう。――これで1アウト1塁。
「すまんっ!」
謝りながら、マウンドに駆け寄ろうとする沢井を誠は片手で遮り、ホームに戻るように促す。
何でもないかのように再開する誠に、皆も合わせる。
次のバッターは打席に入るなりバントの構えをした。折角の打席をバントでは勿体ない様な気もするが、ここでバントを成功させることが出来れば大いに戦略の幅が広がる。そして逆にバントが厳しいとなれば得点をあげる為には少なくとも誠から連打を出す必要が出てくるという非常に苦しい展開にもなる。
それに対し誠はサードの日野に指示し、極端な前進守備をさせた変則陣形をとった。
これは例えバスターであったとしても、右打者が自分の球を引っ張るのは不可能であると判断しバントのみに警戒を払ったためだ。
一球目は失敗し、かすりはするもののファールとなった。
二球目はなんとかとバットに当てたがインコースの球に上手くバットを合わせられず小フライがあがり前進守備のサードがダッシュする。
フライ自体は取れなかったものの1塁ランナーがスタート出来ずにいたのを横目で確認したショートが「セカンッ!」と叫び、それに合わせて日野も2塁に投げようとする――――しかし、そこにはボールを手に持ったまま佇む日野の姿があった。
投げようとした手からボールがこぼれ、拾いなおす頃にはバントをした選手も1塁に到達していた。
「ワリぃ。ホント、すまんっ!」
青い顔をした日野が誠に謝る。普段なら「ドンマイ、気にすんな」と気軽に声をかける内野陣も何も言えずに、誠の様子を覗う。
……まずいよな、これは。
周りの様子をみれば、守備陣は皆一様に顔が強張り、肩に力が入っているのが一目で分かる。
「すいません、タイム!」
このままでは無理だと判断した誠はタイムをかけ、内野を集めた。
叱責されると思っている日野は足取りも重い。
誠は集まった内野を見渡し、その後日野に目を向け口を開く。
「『これがあんたの今の実力だ。悔しかったら忘れんな』……あかり先輩の言葉なんですけどね、僕もそう思います。してしまったエラーはどうしたって消えません。そしてそれも含めて実力です。だから決して目をそらさず、忘れないで下さい。ちゃんと向き合って、糧にするんです。
……そしたら、その後は気にしないでいいですよ。エラーぐらい誰でもします」
最後に「ドンマイ」と口にし日野の肩を叩く。
みんなの顔から緊張が消えるのを確認し解散させる。
各々の守備位置に帰ろうとするなか、キャッチャーの背を見た誠はふと思い立ち呼びとめた。
「沢井さん! 沢井さんも後でしっかり補習ですからね。あかり先輩にたっぷり課題出してもらうように言っておきますから」
沢井の「そんな~」という嘆きと皆の笑いが響き渡る。
いつ以来だろうか? こんな静かな気持ちで味方のエラーを許せたのは……
そっとあかりを流し見る。この人がいたからこそ、今ここにいる。あかりと出会えた奇跡を想う。
1アウト1・2塁、決して楽な場面ではないが、今のみんななら大丈夫だと確信が持てる。
またとないチャンスに一本をと意気込む次のバッターを、インにアウトに翻弄し、あっさりと三振にする。
そして、なんとかバットに当てゴロを打った次の打者もセカンドが丁寧に処理をしアウトになる。
味方のエラーから思わぬピンチを招きつつも、まさにケガの功名、誠と部員の溝を埋める、いい機会となった。
あと2点差と、ここで一気に追いつきたい城北であったが裏の攻撃は戻って来た一軍に阻まれ2アウト2・3塁までいくも得点にはならなかった。
そして9回表の葵坂の攻撃は守備陣が持ち直したこともありあっという間に終わり、勝負は9回裏、城北最後の攻撃に委ねられることになった。
先頭打者の誠があっさり三振し、ベンチに戻ってくると
「えっ? 三振!?」
「あれっ? ここはホームランとか打って『他愛無い』とか言いながら帰ってくるとこじゃないの」
「すみません……僕、打撃は苦手でして」
「……まあ、中継ぎなんて打席立たないもんな」
「いえっ! キング様はロングリリーフの際、計4回打席に立たれています。結果はバントが1回に三振3回ですっ! しかしそれは決してケガを恐れての打つ気のないものではなく、その全力のフルスイングは気合いに溢れ、味方に勇気を与え、逆転への――――」
どこからともなく現れた――いや、隣にはいたのだが――かなえにより部員達が言葉を失う。
誠にとっては馴染みと成りつつあるかなえワールドであるが、部員にとっては初めて見る者も多い。そのため対処に困っている様である。
……どうするよ、これ。
カキーンッ!
鋭い音が響き、見れば左中間を抜ける大きな当たり。
バッターは打球を確認、1塁をけり2塁に向かう。
これ幸いと全員が盛り上がる。
「よっしゃー! ナイスバッティンッ! ……見てなかったけど」
「ナイス! 続け続け! ……気がついたら打ってたんね」
「ほらほら、かなえも声かけてあげて」
「ナイスバッティングー!!」
誠はさりげなくかなえを促し、話を中断しバッターを褒め称える。
2塁では実は誰も見てなかったとは露とも知らず、こちらに対し片手を振り上げガッツポーズをとる背番号『54』。
……不憫だ。
更に続く、次のバッターが低めのカーブを逆らわずにきれいにライトに流し、これで1アウト1・3塁。
チャンス到来、これで一発が出ればさよならの場面。バッターも積極的に振りに行く。
上手い具合に二遊間を抜けた打球はセンター前タイムリー。これで9対8の1点差、なおも1アウト1・2塁とチャンスが続く。
流れは完全に城北ペース、一気に逆転かとも思われたが、次のバッターが初球内野フライに倒れ、回って来た四番の吉田も当たりこそ良かったもののレフト正面のライナーに終わった。
こうして城北は葵坂に対し9対8で敗れた。結果は負けてしまい、また試合中に不愉快なこともあり、わだかまりはどうしても残ってしまうが――それでも次に繋げられる実りのあるいい試合となった。
太田誠の復帰後初の対外試合は、3回を投げ、打者11人に対し四死球0、被安打0、三振8個――うち一つは振り逃げ――という結果を残した。
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