第6話 癒し系VS策略系
――早速暗躍をしたい……! したいのですわっ!
女は自分の部屋で歯ぎしりをしていました。
――でも、マナーレッスンが辛すぎますわ!
目の前に広がるは、空の食器たち。
かすかに食器の音を立てるだけでも、アレットから容赦ない指摘が飛んできます。
「ルヴナン様。また背筋が曲がっていますよ。背中に一本の芯を通してください」
「……アレット、もう限界ですわっ!」
「何を言っているのですか。はじめてからまだ2時間ですよ?」
「もう2時間ですわっ! 朝ごはんの後からずっとですわっ! 休憩をくださいましっ!!」
女が上目遣いで訴えかけると、アレットはしばらく考え込んでからため息をつきました。
「まあいいでしょう。昨日はお披露目パーティーがあったことですし、ほどよい休養も不可欠です」
「感謝いたしますわっ!」
嬉しさのあまり、女が手を握りしめると、アレットは驚いたように目を丸くして、すぐに咳ばらいをしました。
「ですが、絶対に変なことはしないでくださいね。部屋の中でじっとしておいてください。もし何かしていたら、問答無用でレッスンに戻しますから」
「もちろんですわ。わたくしはキャダバー様の妻。カタヴル家の名に恥じないふるまいをする義務がありますもの」
女が胸を張って宣言すると、アレットの目が細くなっていきます。
「…………本当になにもしませんか?」
「もちのろんですわ!」
「……信じますからね」
それからアレットは何度も念入りに「大人しくしてくださいね!」と連呼してから部屋を後にしました。
女はずっと「もちろんですわ」と笑顔で返し続けていましたが、扉が閉まった瞬間に耳を当てて足音を確認します。
「……よし。もう近くにはいませんわね。アレットも案外ちょろいですわね」
抜き足差し足で部屋から抜け出します。
――ふっふっふ。まだ体がバキバキですが、なんとかなりそうですわね。
しかし、すぐに足を止めました。
どこでお見合いが行われているのかすら知らなかったのです。
――まったく情報がありませんわね。知ってそうな人は……。
しばらく廊下を進んでいると、小柄な影をみつけて、女はお辞儀をしました。
「パロマお姉さま。ご機嫌うるわしゅう」
「ルヴナンちゃんも元気そうだねー」
パロマは綿毛が舞うような動きで挨拶を返しました。すると、女はじとりとした目で彼女の顔を見つめます。
――動作のひとつひとつがかわいらしい人ですわね。男受けがとってもよさそう。
「ラヴィニア姉さまのお見合いについて、」
「ルヴナンちゃん、気になるの?」
「ええ。幸せになって欲しいのですもの」
「ルヴナンちゃんはいい子だね~」
――本当は台無しにするつもりですけど。
女は笑顔の奥底で、口角を吊り上げました。
「もうお見合いは始まってるよー。今はふたりで庭を見て回ってるみたいー」
「あれ? 随分と詳しいですわね?」
「うん。パロマも気にしてたからー」
――なるほど。色々な情報を引き出せそうですわね。
「お相手はどんなお方なんですの?」
「んー。遠いけど、王族の血を引いている人なんだってー。たしか他の辺境伯家の関係者でもあるんだっけ?」
「では、家柄はよいのですわね」
「うん。でも、気難しい人みたいでー」
「というと?」
パロマは言葉を選ぶように、視線を上に向けました。
「マザコン?」
「…………あー」
女は露骨に低い声を漏らしました。
――マザコンの男は面倒ですわね。嫁入りするなら特に。
「でも、かっこいい人みたいだよ。容姿も母親によく似ているんだってー」
「母親は凛々しい人だったのですか?」
「うん。戦うタイプだったみたいー。劇になってるぐらい有名って、ラヴィニアちゃんが言ってたな~」
――なるほど。母親みたいに強い女性を探しているのでしょうね。それならラヴィニア姉さまに白羽の矢が立ったのに納得ができますわ。
女はさらに情報を聞き出そうとします。
「ありがとうございますわ。ですが、そうなると少し心配ですわね。ラヴィニアお姉さまは、ほら、アレが苦手ですし……」
「あー。そうだね~」
――実は何も知りませんけど。
女は顔を伏せて、悪役めいた笑みを浮かべました。
「情けない姿を見せてしまったらと思ったら……不安でなりませんわ」
「ラヴィニアちゃんは暗くて狭い場所が怖くて、すぐに泣き出しちゃうからねー」
――この情報は使えますわね。
女は心の中でガッツポーズをしました。
「お話できてよかったですわ。パロマお姉さま」
「そうだね~。ルヴナンちゃん、ありがとう~」
パロマと別れた後、女は早速庭へと向かいました。
周囲の花木は庭師の腕によって咲き誇り、道は掃除が行き届いています。
――ここまでキレイだと隠れるのも一苦労ですわね。
女は付近で最も大きな木の裏に隠れて、ラヴィニアとお見合い相手の姿を確認します。
ですが、まだまだ距離があって、ぼんやりとしか見えません。
もう少し近づけないかと考えていると……
「ひゃっ!?」
ふと、足に何か冷たいものが当たり、声をあげてしまいました。
――なにごとですの!?
慌てて自分の足を見ると、カエルの形をしたスライムが貼りついていて、思わず飛び上がりました。
――ひぃっ! 魔物ってやつ!?
女はとっさに踏みつぶそうとします。しかし、ふと思いとどまり、猫のような素早さでカエルスライムを捕まえました。
――これは使えますわね。
頭の中でラヴィニアの泣き面を想像しながら、女はしめしめと笑うのでした。




