第二十二話 勉強の時間
更新が遅くなりました……。
この世界についてユヅルが勉強する話。
さて、とエクレピアは部屋の中を見渡した。
さして広さはない部屋だ。簡素な机と椅子が素っ気なく置かれている。
その中でも目立つ大きな窓は、今はカーテンが閉められていた。
そこは冒険者ギルドに用意された部屋の一つであり、普段ならば依頼に関わる資料の整理や、打ち合わせを行う為に使われる場所だった。
普段ならば味気ない部屋も、今は思い思いの体勢で座るのは、エクレピアのパーティーメンバーと、ルプス。当事者であるユヅル、そして、何故かいるギルドマスターの影響でどこか騒がしい。
部屋を借りる手続きをしたところ、そのまま付いてきた彼に最初は胡乱な視線を向けたが、ユヅルの状況を知っている相手であり、この冒険者ギルドの責任者であり、信頼できる相手である。
特に断る理由もなくその場に居続けることになった。
ただ、暇なのか、という疑問は浮かんでは消える。この場には職員でもあるルプスもいるのだ。冒険者ギルドとして責任者を取る人物が必用なのであればそれで充分だろう。
それでも同席するということは、彼の興味からか、他に何か理由があるのか。
これ以上気にしたところで答えが出るものでもない。
ゆるく首を振り、本来の目的へと意識を向けた。
世界や国のことを教えるといったところで、一体どこから説明すべきか。
最初に迷ったのはその部分であった。
この世界に生きるものであっても当然、その知識に差が出る。
――世界に関することを教える。
なんて格好つけてみたものの、エクレピア自身、全てを知っているわけではない。知識に関して貪欲な多くのエルフは『全知全能』を目指すが、そんなものは神の御業でしかない。
指先を顎に当て、とん、とん、と数度叩いた。
こうした時に説明するのはいつだってエクレピアの仕事だった。元々の知識欲の高さから資料を読むことが苦ではない事も幸いだった。
五対の目がエクレピアに集まっている。
これから説明することは仲間たちやギルドマスターにとっては既知の知識だからか、酒こそ飲んでいないが、纏う空気はどこか緩い。
目の前に光景になつかしさが沸き上がるのは、かつて、ルプスが自分たちと冒険者活動をしていた時によく見た光景そのままだから、だろうか。
どれだけ厳しい依頼を前にしても、自分たちならば何も問題ない、と自信に溢れていたあの頃。
戻りたいわけではない。あの危機があったからこそ、今がある。
それでも、もしかしたら、を考えてしまうのだ。
胸をよぎった切なさを振り払い、青年へと意識を向けた。
――召喚者。
名前だけは知っていた存在。
緩い空気の中でもその目をきらきらと好奇心に輝かせているのは、ユヅルだった。
彼はいつだって新しく覚えるこの世界のことを楽しそうに聞いていた。
今回も、自分に関わることで何かしらの危険があると理解していても、新しいことの前に興味が抑えられないようだった。
「ひとまず国の名前については聞いているか?」
「はい。大小さまざまな国は多くあっても、大国、と言われる国は今俺たちが住んでる国を含めて五つ。東西南北、そして中央にあって、それぞれ北のセリオネス、南のメディウス、東のソルトゥス、西のオーデンス、そして、中央のリビクスです」
手元においた紙面にエクレピアでも読めない文字が躍っている。おそらく、それがユヅルの故郷の文字なのだろう。
学んだことを忘れまいと纏める姿は非常に好感が持てる。
「そうだな、そして、俺たちが住んでいるこの国は東のソルトゥスだ。国ごとの特徴なんかもあるが、まぁ、それは別の機会にだな」
ここまでは以前ユヅルに聞かれ教えたことだった。
そういえばそんな名前だったな、等とソウムとカリュスが話す声が聞こえる。
冒険者たちならばその程度の認識だろう。
冒険者に限らず、商人ですらも国名を出さず北国、南国、東国、西国、中央国、と呼ぶものは多くいる。
「そして、国の規模としては大国と呼ぶほどではない。だが、無視することが出来ない国が二つある」
ぴっと指を二つたてて眼前へと示すエクレピアの真似をするようにユヅルも指を二本立てて首を傾げている。
そこに住む住人は大国と呼ばれる国の半分程度。
それでも、この世界で力を持つ国々だ。
「それが、神聖国『アルカ』と学術国『チェルカトル』だ」
「アルカとチェルカトル……」
「国名は頭の片隅に入れておくくらいでいい。どっちも通称である『学術国』や『神聖国』で通じるからな。で、今回問題になるのは神聖国の方だ」
他の国々と同じく正式な国名を呼ぶものは非常に少ない。
五大国の名ならばいざ知らず、何れかの神の信者や聖職者になろうという者でなければ関わり合いになることが無い国である。それ故に漏れ聞こえる神聖国の情報は非常に少ない。
神の加護に満たされた国。それが大多数の持つ神聖国アルガに対する印象だ。
それでも今回問題になっているのは、ユヅルの持つ特殊な加護に対してこれまで神聖国が何も言ってこないことだ。
この世界に生きる者であれば、それがどれだけ不自然なことか知られている。
「そうだな、そもそも、神による加護とは何か。そういった話も必要だな」
この世界には神が存在する。最も、普通に生活している中で神々の気配を感じること等滅多に無い。
それができるのは、一部の聖職者だけだ。
それでも神の存在を疑うことがないのは、加護を持つものが時折生まれるからだ。
「加護は、この地に生きる人々が神々の心を震わせたことに対する神々からの褒美だ、と言われている」
だからこそ、神の加護を貰う者はその分野において誰からも認められる者であった。
例えば、誰もが心を震わせる歌を紡いだ歌手。
例えば、美しい世界を切り取ったような絵を描き上げた絵描き。
例えば、人の身を守る素晴らしい武器を作り上げた鍛冶職人。
加護をもたらす神々は違えども、加護を得たことで更に名をあげた。後世でも加護を与えた神の名と共に、彼らの名を知る者は多くいる。
「それだと俺は当てはまらないですよ」
「確かに。ユヅルは元々この世界にうまれたわけじゃないしなぁ。そこんところどうなんだ?」
「そもそも記録に残っているリタミア神の加護持ちだって、一番近い年代でも二百年は前なんだ。わからないことの方が多いのが実情だ」
「エルフでもわからないことがあるのか」
それはそうだ、と零れ落ちそうになった言葉は飲み込む。
エルフという種族全体において知識欲が高いことは、この世界では常識として語られる。普段は里に引きこもっているエルフが外に出る数少ない機会が書物を買い求めることだ、と言われるほどに。
そんなエルフであるエクレピアにとっても、どれだけの歴史書を捲ってもリタミア神の加護を受けた者の記録はほとんど見つけられなかった。
故郷に行けば、その存在に係る書物はここで探すよりもずっと多く置いてある。
里を出る前、自身の外見の所為で家族や同族の間で浮いていたエクレピアにとって書物は何よりも傍に寄り添ってくれたものだ。
エルフの里には各国から集められた書物が集められた、通称『大図書館』がある。
かつてエクレピアはそこに通いつめ、多くの知識を吸収した。それが冒険者として生きることを決めたエクレピアの力にもなっている。
可能なら彼らを連れて行きたいところだ。こうして説明するよりもしっかりとした知識が彼らに根付くであろう。
だが、エクレピアだけならいざ知らず、仲間たちや召喚者である青年を連れていくことは難しい。
それはエルフという種族の特徴が原因だ。
変化を嫌い、停滞こそが正義としている。許容できるのは、新しい知識を得る、その一点のみ。
エクレピア自身、白銀の髪ばかりが生まれるエルフの中で、濃紺の色味を持って生まれたことで浮いていたのだ。その血筋を疑われたこともあったが、エクレピアの顔立ちが父親にそっくりであることから疑いは晴れた。
最も、どれだけ顔立ちが似ていようと、髪色の違いは異分子として里の中で浮くことになったが。
両親ともに、エクレピアをどう扱うか、迷っていたのだろう。どことなくある隔たりは、幼いころはより強く感じていたものだ。それでも、独り立ちできるまで育てられた。
外見を気にしない友人も少なからずいる。
大切な故郷だ。
だが、外部の人を連れていけば、どんな反応をされるのか想像に難くない。
里の中に入ることですら難しいだろう。
頑固で、窮屈なあの里の在り方を、エクレピアは誰よりも理解していた。
そして、里に保管されている書物を持ち出すことも出来ない。
特に召喚者に関わる書物は、往々にして貴重品として扱われる。里から持ち出すことは禁じられていた。
召喚者はリタミア神によって呼ばれた存在だ。
召喚者自身にとっては些細な情報も、この世界に生きる者にとっては喉から手が出るほどに貴重な情報となることもある。そして、召喚者の持つ知識や能力によっては国同士の力関係にも影響し、下手に扱えば国が一つ滅びることすら過去にあったのだ。
それはエルフたちが厭う『変化』の一つだ。
それを防ぐために、情報を閉鎖しているのだ。故に、エクレピアは手元にある書物と、自身の知識のみでユヅルにこの世界の説明をしなければならない。
だが、それは決してエクレピアの足を引くようなことではない。
エクレピアはその外見は確かに他のエルフと相違がある。
だが、その性質、その中でも特に、知識欲は、誰よりもエルフらしいエルフだった。
里を出てから冒険者となってからも、知識を増やすことをやめなかった。
そして、その知識は全てエクレピアの頭の中にある。
エクレピアでもわからないことは、エルフの里にもない情報であるということだ。
遥かに長い寿命を活かして多くの知識を集めるエルフですら得られない情報。それは、通常の手段では得られないというもとでもあった。
「リタミア神の加護についてはまた後で詳しく説明する。ひとまず今はこの世界を作り上げたのはリタミア神だと言われていることだな。これはこの世界の常識だ。だからこそ、殆どの国はリタミア神を主神と崇めているわけだ」
「所謂、創造神ってやつですね。その言い方的に、他にも神様はいるんですね?」
「あぁ、よい質問だ。そして、それを聞くということは、神が一柱だけではないということを知っているということだ。君の世界には魔法が無いと聞いたが、神はいるのか? その神々の特徴も知りたい」
思わず身を乗り出したエクレピアの肩をルプスが抑える。呆れたように息を吐き出す様子は、非常に慣れた様子が見えた。
実際、冒険者として訪れた先でも自身の知らない知識のかけらを見つける度にそちらへ意識が逸れるエクレピアを止めていたのはルプスだ。普段は落ち着いた雰囲気を醸しているエクレピアだったが、知識を前にすると暴走しがちであった。
年齢を重ねるごとに落ち着いていったが、それは新しい知識が減ったが故に、結果的に落ち着いただけであろうと仲間たちは判断していた。
「エクレ、それは後にして」
「あぁ、悪い。うっかり話が逸れるところだった。国によってはそれぞれの種族や生活様式に合わせて他の神々も崇めている。それは基本的に禁止されていない」
あくまで一番信仰を集め、そして、力を持つ神がリタミア神だというだけだ。
今、ルプスたちが暮らすこの国も、国の中央ですら一番大きな神殿はリタミア神のものであったが、他の神々を祀る小さな神殿はあった。他国の人間も多く訪れる辺境のこの街では中央以上にリタミア神以外の神々の神殿も建っている。
特に戦を司る神は冒険者に加護を与えることで有名である為にリタミア神の神殿と同じくらいの規模を持っていた。
「創造神、というだけあってリタミア神の力は強大だ。そこの世界に危機が訪れた時、その力を持って別の世界から召喚者を呼び寄せる。それが召喚の奇跡。だが、それに水を差した『人』が現れた」
召喚者を呼ぶのもリタミア神の御業だと言われていた。だが、そこに水を差したのが、召喚者の力に心を奪われたかつての『人』である。
後の世に、その『人』の種族名は残されていない。差別や迫害といったものを同種族というだけで受けることを懸念した当時の人々による隠ぺいだろう。
だが、エルフだったのではないか、と実しやかに言われているのは、エルフという種族を知っている者であればさもありなん、といったところだろうか。
創造神の御業を真似て他の世界に生きる人々を召喚する。
そんな神に喧嘩を売るような真似を、エルフの種族特性と言ってもいい際限ない知識欲を知っていれば納得してしまうのだ。そこに神に喧嘩を売る意図はない。ただただ、神の御業を解き明かしたい、その一心であろう、と。
実際のところ、本当にエルフがそれをしたのか、誰も知らない。
どれだけ知識を持とうとも、仮に精霊の助力があろうとも、本来ならば決して成し遂げられることがない、そのはずだった。
だが、成功してしまった。
一度成功してしまえば『人』は歯止めを失った。
神の行いを真似して、成功した。それは神を超えたのだ、と驕り、高ぶり、そして、手段を問わず、ただ『召喚者を呼ぶこと』を目的として召喚を行うようになった。
それは本来ならば、この世界に危機が訪れた時だけ行われるものだった。
目的もなく呼ばれた召喚者は、おおよその場合は呼んだ相手によって使いつぶされた。その事実をリタミア神が知ったのは、随分後だったと言われている。
そうして呼ばれた召喚者を、リタミア神の神殿から救助に向かった記録も残っている。
こうした記録は全ての国へと開示されていた。だからこそ、エクレピアもその記録を見たことがある。
召喚者がどのような状態で保護されたのか。
保護された召喚者が望んだこと。
そして、彼らの死に至るまで。
それらは自分勝手な召喚への抑止力として機能するはずだった。だが、なくなりはしないのだ。
今回の、ユヅルのように。
「記録によれば、召喚者を憐れに思った神により、これより先、人によって不当に異世界から召喚された者は保護される、と決められたらしい。おそらく、その保護とはリタミア神の加護のことだろうとされている。そうした過去の積み重ねによって現在では召喚者が現れた時点で、リタミア神は己の手足ともなる神官へと神託を下し、神聖国が動き、召喚者を迎え入れるようになる」
だが、とエクレピアは小さく呟いた。
ユヅルの存在が神聖国に知られているのか、知られていないのか、現状では定かではない。
だが、話を聞けば既にユヅルがこの世界に訪れてから数か月たっている。これまで何も接触がないということは、神聖国はユヅルの存在を知らないのだろう。
ユヅルに加護が付いている以上、リタミア神がユヅルの存在を知らないはずがない。だが、それを自身の神官をはじめとした実働者に伝えないということは、何故なのか。
現在の神聖国は信頼できる国と言えるのか。
「それなら、何故ユヅルはここにつくまでに保護されなかった? この街につくまで時間はあった。その話が本当ならば、とっくに神聖国はユヅルの存在に気が付いて保護されているべきだろう」
ギルドマスターの言葉に、エクレピアは小さくうなずく。
恐らく、この中でエクレピアと同じ懸念に辿り着いたのだろう。ギルドマスターの表情は非常位に硬い。
「神聖国のやつらがリタミア神に関わるものを見逃すとは思えん」
「狂信者って呼ばれるくらいだからなぁ……」
「なんですかその、印象悪い代名詞……」
「リタミア神の神官は他の神々よりも多い。それはそうだ。この世界を作り上げた神だからな。だが、いや、だからこそ、か。中には熱狂的な神官ってやつもいる。神の気配を感じるものなら何でも集めようとするやつもな」
「神の気配を感じるもの……。もしかして、それって物だけではなく、者もってことですか……?」
「その通り」
引きつった顔をするユヅルに、誰もがその心情を理解して、ただ苦笑を浮かべるしかなかった。
だからこそ、ここまで全く接触が無いことは違和感しかないのだ。
「つまり、神聖国にいる敬虔なリタミア神の神官たちにとって、召喚者という存在は何よりも神を感じられる存在なんだ。召喚者を呼んだのが人であれ、神であれ。そして、その存在を自分たちが『保護』することで神の教えを守っているって感じるわけ」
「ただ、それって『保護』とは名ばかりだからなぁ。いや、あれはあれで正しいと思っているんだろうけどさ」
「神の名をもとに好き勝手してるだけ、って感じだからな。召喚者ほどではなくとも、神の加護を貰う子どもは少なくない。そうした子どもをあの手この手で連れて行っては洗脳する。自分で選んだ結果ならいいだろうさ。けれど、何も知らないまま連れていかれて、そこで教えられたことだけを信じるのは、俺は幸せだとは思えないんだよなぁ」
今回、ユヅルの存在が神聖国に知られていないのだとしたら。
それは神聖国の在り方を、神自身が否定したことに他ならない。
そうなった場合、更に頑なになる未来しか見えなかった。
そのことに遅れてルプスたちも気が付いたのだろう。さぁっと顔色を変えて、言葉を飲み込む。
「……今、俺たちにわかることは少ない。ただでさえ、神聖国の動向なんて殆どわからないんだ。だから、何があっても対処できるように、ユヅルには力をつけてもらう」
「そう、ですね。俺も、保護という名の軟禁は絶対に避けたいです。がんばります」
こくこくと頷くユヅルにルプスはその背を叩いた。
これまで戦うこととは無縁だった体は、これまでの訓練を通して少しずつ筋肉をつけてきているがそれでも細く、頼りない。
「一人でどうにかしようと思うなよ。俺たちもいるんだ」
そうそう、と頷くカリュスやソウム。そして、エクレピアにギルドマスター。彼らの顔を見渡して、ユヅルは体に入った力を抜いたのが、周りにいた人々にも伝わった。
張り詰めたような雰囲気が、解けていく。
焦っても仕方がない。少なくとも、現状にわかるほどの被害があるわけではない。
頼っていいと散々周囲はユヅルに伝えていた。
それでも、彼自身が周囲に頼りきりになることをよしとしなかった。
これまで生きてきた世界とまるで違う。常識すら違う世界なのだから、もっと頼ってもいいのに。
一度、目を瞑り、何かを決心するように、一度、二度、頷いた。
次に目を開けた時、その瞳にはそれまでとは違う決意の光が灯されていた。
「自分で自分を守れるように、強くなりたいです。よろしくお願いします!」
ぺこり、と頭を下げたユヅルに、それぞれから力強い応諾の声が、部屋に響き渡った。
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