第二十一話 そして、頭を抱える
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召喚者――ユヅルがこの辺境の街に来てから一か月がたった。
うだるような暑さは鳴りを潜め、少し肌寒さを感じるようになり、木々が赤く染まり始めた。
街の中を歩く人々の服装も少し厚手のものへと移り変わっていく。吹き付ける風も身を焼くような熱気が消えゆき、どこか寂しさを感じさせる冷たさを混じらせた。
そんな季節の移ろいを感じるころ、冒険者ギルドに併設されている訓練所へルプスが姿を現した。
軋み一つ上げずに開くドアは冒険者ギルドのそれよりも重く頑丈な作りになっている。
それも当然であろう。
この訓練所は冒険者になりたての子どもはもちろんのこと、ベテランとなった冒険者たちも多く利用している。
中には武器の扱いに不慣れな者、そもそも自身のスキルや覚えたての魔法を使いこなせずにいる者も多くいるのだ。
万が一、この中で何か問題が起きた時、被害を外に出さない為に、と。そうした作りになっていた。
この仕組みはこの街独自のもの、というわけではない。
訓練所が置かれているすべての街の冒険者ギルドで同じ対策が取られていた。
だからこそ、冒険者たちは安心して訓練することが出来るのだ。
重たい扉を開けて訓練所に入り、まず目に入るのは入口からさほど離れていない場所にたてられた木で作られている人型だ。
武器に不慣れな者や、改めて自身の動きを確認したい者は人型を使い、動きの確認をする。そして、中心では対人での動きや実力を確認するために使われていた。
中を見渡せば、魔法を使っている者の姿はいない。最も、それは当然のことであった。
ここで魔法を使う場合は事前に連絡をし、職員が立ち会うことが義務付けられている。
ルプスが知っている限り、今日は申請が出されていないのだから、魔法の気配がないのは当然のことだった。
例え熟練者であろうと、申請を出してない訓練所における魔法の行使は禁止されていた。
建物自体、ある程度の衝撃に耐えられるように作られている。だが、魔力の扱いに慣れていない、もしくは、熱しやすい性質を持っている者は扱う魔法の威力が強くなる傾向があった。
そうした時のために、魔力の扱いに慣れた者か、相手を止められる者を補助として置く決まりがあるのだ。
今回は誰も魔法使用の申請を出さなかった為、ルプス以外の職員の姿は受付をする者だけだ。
自身に向けられる視線を感じながら、ルプスは人型の置いてある方へと視線を向けた。だが、そこに目的の人物がいないことに首を傾げる。
人々の視線を追えば訓練所の中心、普段であれば対人戦が行われている場所へと向けられていた。
そこではユヅルが他の冒険者たちと訓練をしている真っ最中だった。
どうやら武器の扱いの基礎を実際に動きながら教えられているようだった。
普段ならば、訓練所にいる者たちは他人を気にしない。それぞれに自身の訓練に明け暮れ、そして、自身に課した訓練を追えれば出ていく。
だが、今この場にいる者たちすべての意識がユヅルへと向かっていた。
ユヅルの存在は、この街の中では有名になっていた。
彼がここに来た時の騒動を知っている者が多いこと、そして、この一か月の間に彼がこの訓練所に通い詰めた結果が、当人にとっては不本意ながらも彼を放っておけない、と周囲の冒険者たちを奮い立たせることになったのだ。
ざわめく訓練所の中を歩き、比較的人の少ない壁際へと向かい、見学する体勢を取る。
視線の先には、ユヅルと中堅の冒険者たちの姿。
凡そがルプスと同年代か、少しばかり年嵩の男たちはこの辺境を拠点として長い冒険者だ。決して飛びぬけた実力があるわけではないが、若人の育成に力を入れている冒険者として評判が良い。
そんな彼らから武器の扱いを習っている彼の姿を見ながら、ルプスは、なるほど、確かに噂通りだ、と納得を胸の中に落とし込んだ。
「うわっ」
何度目かになる小さな悲鳴。
向かい合っていた冒険者は飛んできた練習用の木剣を難なく避ける。周囲から沸き上がる笑い声は決して青年を馬鹿にするものではない。
ただし、少しだけ呆れが混ざっている。
少し離れた場所に落ちた木剣を拾い上げ、ユヅルは少し恥ずかしそうに笑っている。周囲にユヅル以外に不慣れな者がいないからこそ、その場の空気は穏やかだ。
本人の申告の通り、ユヅルの動きは武器の扱いを苦手とする者のそれだ。
今、手にしているのは小型のナイフだが、切っ先がぶれている。
そのせいで人型に当たった瞬間にナイフがはじかれるのだ。さらに、反動を殺せないからナイフが手から離れ飛ばされる。
ナイフを自身の足にさしそうになり慌てて止めた、という話も聞こえてくる。
最初は武器の持ち方から、そして、一通りの型をなぞるのは問題がなかった。そもそもそれができなければ相手が人型とはいえ武器を振るう許可が下りない。
だが、実戦形式をとった初心者同士で模擬戦をすればどうやったのか自分自身へ武器を叩きつけそうになり、人型を相手にすれば木剣が手を抜けて飛んでいき、今のように人へと当たりそうになったこともある。
最初は微笑ましく見守っていた冒険者たちも、ナイフが飛んだ数が片手を越えるころには呻き声をあげて頭を抱えてしまうありさまだった。
それからユヅルが訓練をする時は初心者の、正確に言えば、飛んできた武器を避けられるだけの実力がない冒険者の利用を制限するようになった。
いっそわざとやっている、と言われた方が納得いく。だが、本人は非常に真面目に訓練を受けていることを周囲はわかっていた。
だからこそ、普段はお調子者が多い冒険者の中からも茶化す言葉一つ出ることなく、こうしてユヅルの訓練に付き合っているのだ。
敢えて苦言を呈するとするならば。
よくその状態で辺境までくることを決めたな、そして、王都の冒険者ギルドもよく見送ったな、という呆れを多分に含んだ言葉だ。
冒険者が街を移動することが自由とはいえ、この街のある立地はある種、特殊だ。
確かに、一般的な荷物持ちでも、冒険者ほど戦える者は非常に珍しい。それでも、最低限、自衛のためにナイフを扱うことは出来る。護衛を雇っていても何があるかわからない道中に備えるのは、この世界では当たり前のことであった。それすらできないユヅルがあまりに特殊すぎるのだ。
元々荷物持ちをしていただけあって体力と根性はある。まずは荷物持ちとして体力をつけさせた王都冒険者ギルドのギルドマスターの指摘は正しかったのだろう。
問題は、身体能力が体力に追いついていないことだった。
そのせいで余計に武器に振り回されてしまうのだ。ナイフを振るう時にもう少し足に力を入れ踏みしめればいいところを、何故か地面を蹴ってしまう。
見たところ力の入れ方のバランスが悪いのだ。ある程度までなら体の使い方を教えることができるとはいえ、自身の体の使い方は慣れるしかない。全く同じように教わったとしても、それまで生きてきた体の使い方がどうしたって影響してしまう。
もっと幼い子どもであればもっと楽に覚えることができただろう。
だが、ユヅルは元の世界では成人したと言っていた。
そうであるならば、体に染みついた癖をぬぐうのは非常に難しい。
癖を抑えようとしているから余計に体をうまく動かせなくなっているのだろう。
そして、戦う必要すらない世界で生きてきた。まずは魔獣相手とはいえ傷つけることの忌避感が強い。それが余計に体の動きを固くしている。
ただし、よくよく見ると、目はいいようだ。
相手の体の動きや武器の軌跡をしっかりと見て取れている。
その目と、周りの護衛がいたからこそ、自身で戦えなくとも王都から辺境まで来ることができた。
共にいた冒険者たちの腕は確かにあったのだろう。彼らは彼らなりにユヅルをちゃんと守っていたのだと今になればよくわかる。
この街についた時に起きた揉め事は、安全な場所についたからこその発露でもあったのだろう。だからといって、彼らの言動は冒険者として許されることではないのだが。
彼らは今、初心者は受ける座学を改めて受講している。
それが終われば再び冒険者として活動することも出来るだろう。その時にユヅルが望むのであれば、彼らと顔を合わせる機会もあるかもしれない。
ただそれは、当分先の話だ。今は、ユヅルが最低限自身の身を守れるようになることが優先される。
実際にユヅルの動きを見て彼を心配する声が冒険者ギルドにも多く上がってきたのだ。
そんなわけで、様子を見に来た、わけだが。
「うーん、壊滅的」
思わず零した言葉に周囲で見守っていた冒険者たちも重々しくうなずく。
「荷物持ちなら、まぁ今のままでもいいっちゃいいんだけど」
周りが守ればいいだけだし、と呟くのはこの辺境ギルドでも名を馳せる冒険者の一人だ。
彼の所属するパーティーでも荷物持ちを雇うことがある。当然、その荷物持ちを守りながら街から街へ移動することもあれば、ダンジョンに潜ることも経験している。
それでも、と悩まし気に眉を寄せるのは、この地が辺境であること。
ただその一点だった。
「ここだと万が一もあるからなぁ」
他の都市に住むのならば、別に今のままでも問題ないのだ。これまで通り、荷物を運ぶことに特化していればいい。
ただし、他の街で、だ。
他国とのかかわり、そして、魔獣の脅威が日常的に身近にあるこの街において、今のまま冒険者でい続けることは難しい。
この街ではどれだけ低位の冒険者であれ、万が一、の時が来ればどれ程、格上の相手であろうとも戦わなければならない時が来る。
その覚悟がないのであれば、他の街へと移動する方がいい。故に、この街のCランク冒険者が持つ実力は、他の街のBランク冒険者と変わりがないと噂されている。
ランクをあげるには、ただ実力があればいいわけではない。
その決定は全ての冒険者ギルドで共通しており、特にBランク以上は容易にあげられないのだ。だからこそ、この街を拠点とする冒険者の実力は、ランクで測れるものではなかった。
他の街と行き来している冒険者ならばある程度は自身の実力を自覚している。だが、この街に根を下ろしている冒険者は、自身の実力をランク相応のものだと判断していた。
そんな彼らも、何をルプスが危惧しているのか理解している。
ランクに関係なく、冒険者であることすら関係なく、この街に住む者であれば誰もが記憶に鮮明に残っているだろう。
ほんの数年前に起きたダンジョンからのあふれのことを。
滅多にないこととはいえ、またいつあるかもわからない。
また同じことがあれば、冒険者である以上駆り出される可能性がある。
まずは過去のルプスのように高ランク冒険者が出るが、人手が足りなければランクに関係なく街を守るために戦うことになる。その時のために何かしらの手段があるのとないのとでは全く違うのだ。
何より、召喚者という立場を持つ以上、自らの身を守る術は持っていた方がいい。
「あ、ルプスさん!」
ぱたぱたと近寄ってきたユヅルに手を振る。ルプスよりいくつか年下の彼はこの街に来てから何かと面倒を見ているルプスに随分と懐いていた。顔を合わせれば今のように嬉しそうに近寄ってくる。
この街に来た時の表情の暗さはなくなり、笑顔を浮かべる様子に、ルプスは心から安心していた。
召喚者という存在をどう扱えばいいのか、正直なところ迷っているが、身一つでこの世界に訪れた、自分よりも若い青年が苦しむ姿は見ていたくないものだ。
「よ、苦戦してるみたいだな」
「あはは、中々思うようにいきませんね」
指先で頬をかく姿に、どうにかしてやりたいという気持ちがわく。ルプスには多くの兄弟がいたが、獣人の特性か、皆、独り立ちが早くこうして頼られることは少なかった。
「んー、武器が苦手なら魔法は? 魔力はあるんだっけ」
「魔力はあるみたいなんですけど、どう使うのかわからなくて」
「魔力あるならいっそ近接を諦めるかだなぁ。とはいえ、全く使えないのも問題だが」
元々ユヅルのいた世界には魔法や魔力という概念はあれども、実際には御伽噺のような存在だったのだという。
当然、ユヅルも魔力を感じたことも、魔法を使ったこともない。
この世界に呼ばれ冒険者ギルドで魔力を持つと聞かされて驚いたのだと楽しそうに話していた。
その声に滲むのは、故郷への懐かしさだけで、悲壮さは感じられない。そのことに少しだけ安心した。
見ているこちらの心が引き絞られるような悲しみは、何度もみたいものではなかった。
それが、自分たちにはどうしようもないことであれば猶更。
「あ、エクレ。ちょうどいいところに」
そこへ丁度やってきたエクレを捕まえる。
嫌そうな顔をしながらも逃げないのは、そもそもエクレピアがここへ顔を出したのはルプスがここにいると聞いたからだ。
「ユヅルに魔力の使い方、っていうか、魔法について教えてやってくれないか?」
はぁ、と息を吐き出したエクレピアはユヅルへと向かい合った。面倒だとは隠さない表情を浮かべているが、それの必要性を、エクレピアも理解している。
その間に、ルプスは受付を務めている同じ職員へ、魔法の使用許可を申請していた。それはすぐに許可が下りる。
傍にルプスがおり、なおかつ、エクレピアが指導するのであれば、万が一が起きたとしても直ぐに対処ができるのだ。直ぐ様に許可が下りるのも道理である。
「そもそも魔法というものについては理解しているか?」
「いえ、そもそも、俺の生きていた場所には魔法は物語にしか存在しないものでした」
「そうか。この世界では魔力はどこにでも存在する力だ。こうして話をしている間にも多かれ少なかれ体の中から魔力がわいてくる」
獣人や徒人であっても、体の中に魔力を生み出す場所があり、ただ呼吸をするだけでも体内で作られた魔力は体の中を循環している。そして、世界に満ちる魔力も、呼吸と共に体内に取り込まれるのだ。
「そして体の中に魔力を溜める器があり、そこにある魔力を使うことで魔法を発動できる。だが、器を超えて魔力をためすぎてはいけない」
「何故ですか? 多くあればあるほどいいように感じます」
「循環する以上の魔力が体内で凝れば魔石になる。魔石は、魔獣へ変化をもたらすものだ」
「え、人でも?」
「人でも。この世界に生きとし生けるもの全て魔獣へと変わる可能性がある。だが『人』は常に魔力を循環しているから他の生き物よりもなる可能性は非常に低い」
ふるり、と体を震わせたユヅルは何を思っているのだろうか。
この世界には多く種族が存在する。その中で精霊、エルフ、徒人、ドワーフ、獣人を主に『人』と呼ぶ。そうして、ただの動物や魔獣と区別されていた。
だが、例え元が人であろうとも、魔獣へと変わった存在は討伐対象となる。
そもそも魔石ができるほど体内で魔力があふれれば、それまで『人』であった頃の意識はなくなるといわれている。
だからこそ、討伐は救いなのだ、と。かつて『人』であった魔獣は特に積極的に討伐されていた。『人』が元となった魔獣は、意識がなくなったとしても身についた能力や知識がなくなるわけではない。
他の生き物に比べて厄介な魔獣になることが多かった。
「次は実践だな」
人型の前に移動をして、エクレピアは杖を構えた。小さく紡がれる詠唱は、ほんの短い単語だ。
杖が人型へと向けられると同時に、人型が切り裂かれた。それは細かい傷になり、全てが致命傷と成り得る場所についていた。エクレピアの魔法の精度がよくわかる。
「これが風の刃。エアカッターと呼ぶものもいる。初歩の風属性の攻撃魔法だな。詠唱に特に決まりはないが、最初のうちはどういった魔法を打ちたいかを容易に想像できるものが好ましいな。俺のようなエルフは精霊が手助けをしてくれることもある」
「精霊もいるんですか!」
「ん? あぁ、だが、徒人や魔力との親和性が低い獣人……ルプスなんかは見えないらしい」
肩を竦めるエクレピアに、ルプスは少しだけ拗ねた気持ちになる。
共に冒険者として活動していた時も、自分に見えないものが見えるエクレピアを羨んだことも多くあった。エクレピアから見える世界がどんな世界なのか、知りたかったのだ。
じっとユヅルの姿を見た後、エクレピアは小さく息を吐いた。そこに籠められた感情は、長く付き合いのあるルプスにもわからない。だが、悪いものではないことは確かだった。
緊張して何を告げられるかを待つユヅルに対して、ゆっくりと口を開いた。
「お前は魔力をためる器がしっかりと出来ているようだから、魔力の使い方を覚えれば充分戦えるようになるだろ。それに精霊が傍にいる。あとは、慣れ、だ」
「わかりました。ありがとうございます。……その杖は何か理由があるんですか?」
「補助のためだな。俺は特に精霊と縁が深い。人の魔力を使って好き勝手に魔法を打とうとする精霊に目的をはっきりとさせるために使うが、使わなくてもいい」
「なるほど」
「あと、最初は攻撃に使うような魔法もやめておけ。どこに飛んでいくかわからん」
「あ、そうですよね」
まじまじとエクレピアが持つ杖を眺めたあと、恐らく自身の体の中にある魔力を感じようとしているのだろう。目を閉じてじっと立つユヅルの纏う雰囲気はとても楽しそうに見える。
それからしばらくして、エクレピアの雰囲気が驚いたものに変わった。
「あ、これですね! なんかちょっとわかってきたかも」
「感覚を掴むのが早いな。その調子で体に魔力を馴染ませれば直ぐに使えるようになるだろう」
「ありがとうございます!」
その視線に居心地が悪くなったのか、ふい、と顔をそらしてルプスの方へと視線を向けた。
「このくらいでいいだろう。あとは魔力に慣れてからだ。体に流れる魔力を感じてそれを自身で放出できるようになること。それがまずは目標となる。自分の持つ属性はまだ調べてないなら後で調べてみるといい。自分の持つ属性が一番馴染むのが早いし、暴走もしにくいからな」
体の中に魔力が凝りすぎないように。
属性が判明してから少しずつ魔力を使うこと。
それはこの世界に生まれた人は、子どものころに覚えることだった。
魔力が少ないルプスでも、日常的に魔道具の灯りをつける為に使って体内の魔力を循環させている。それを怠り、魔力が凝り、体内に魔石ができてしまえば、待つのは自身の死だ。
「はい! ありがとうございます!」
元気よく返事をし、再び目を瞑るユヅルを見守る。そのルプスの横に、エクレピアが立った。
「嫌々始めた割に楽しそうだったじゃないか」
「まぁな。思ったよりも筋がいい。だが……」
ぎゅうっと眉を寄せユヅルを見た後、何も言わずに黙ってしまったエクレピアにルプスは首を傾げる。
「エクレ? おーい、エクレさん?エクレピアー?」
つんつんとつつくルプスを、エクレピアは無言で見下ろしていた。
「なんでそんな怖い顔をしてるんだよ」
一瞬ルプスを睨みつけた後、改めてユヅルと向き合いなおした。その目元はどこか険しい。
「異世界の人間って皆、こんな感じなのか? それともお前だけ? とにかく、魔力の量が尋常じゃない」
「そんなに?」
「あぁ、俺たちエルフに匹敵するほど」
それはあまりにも多い。その量で魔力の使い方を知らないまま生活していれば『万が一』もありえた。今、この時にそれを知る機会が生まれたのは良かっただろう。
「王都で鑑定した?」
「しましたが、魔力量とかは見ていないと思います。本当に最低限の、犯罪とかそういうのを調べるって聞きました」
「あぁ、冒険者になるときに調べられるやつか……」
「んー……、もう少し詳しい鑑定をかけてもいい? 本当なら秘匿するべきスキルとかも出てくるけど、それは他言しないって誓う」
これは、子どもが成人した時にうけるものと同じ鑑定だ。
スキルや魔力量、極々まれに神から得る加護までも知れるものとなり、この鑑定をうけるのは生涯に一度と言われている。
鑑定の結果、判明したものは基本的に秘匿されるべきものだ。例外として、今回のように本人の身に深刻な影響がある場合のみ必要とする機関へ情報が開示される。当然、それには本人の同意が必要となる。
今回の場合、見ることが出来るのはルプスとギルドマスターだけだ。
そこまで詳しく鑑定できる魔道具は、冒険者ギルドでも一つしか置かれていない。
ギルドマスターの部屋に置かれたそれを使うためには当然、ギルドマスターの許可も必要になる。
そのあたりに調整する時間もあり、鑑定すると決まってから実際に鑑定することになったのは、三日後のことだった。
ギルドマスターの部屋にはルプスとギルドマスター、そして当人であるユヅルの三人だけだ。
緊張した様子のユヅルを宥めて魔道具を起動する。この魔道具は当人の血を介して調べる。必要とする血の量はスプーン一杯分。それを魔道具の受け皿に入れ、結果を待つことしばし。
結果が出るまで必要とする時間はそう長くない。
その間、どこか落ち着かない様子でいたユヅルと些細な会話を交わしながら、結果を出るのを待っていた。程なくして、魔道具の動きが止まる。結果は魔道具の口に見える部分から紙が吐き出される。それが出来るのを待ち、全員で覗き込んだ。
その結果を見た瞬間。
「え……」
思わずルプスとギルドマスターは絶句した。
鑑定をして判明するものは、鑑定対象者が持つスキルと対象者の種族が持つ魔力量、極めて稀に神から授かったとされる特殊能力、そして神の加護などがあげられる。
ルプスなら、獣人族であること、獣人ならだれもが持っている体力増強スキル、少ないながらに保持魔力の最大値。そして、現役冒険者のころに覚えたいくつかのスキルや斥候スキルが出る。
そして、ユヅル。
まずは燦然と輝く『リタミア神の加護』という名前。
リタミア神はこの世界で広く知られている神であり、ほとんどの国で主神としてあがめられている神でもある。
この世界を作った神だともいわれていた。
その神の加護を持つ。
他の神々であれば加護を受けた存在は広くいる。戦いの神は騎士や傭兵の一部が持ち、鍛冶の神や生産活動に関わる神は物作りを生業とする者の多くに加護を与えることで有名だった。
だが、リタミア神は、これまでの歴史の中でも加護を与えた記録が少なく、むしろ無いと言っていいほどであった。
「これは、問題だなぁ……」
神話となるほど古い話で、異世界の住人が神々に呼ばれた話はある。今、禁術として残されている召喚術はそれを基にしたものだ。
神々が呼んだ異世界の人々は神々と手を取り合い、この世界に多くをもたらしたといわれている。
召喚者を呼ぶことで恩恵に預かろうとする者はどの時代にも必ず生まれた。だが、うまくいくことは殆どない。
そもそも、異世界からでなくとも、召喚術自体が非常に高度な技術だった。
魔法とは違う魔術という存在。
それはこの時代には廃れて久しい。そんな魔術を使うのが、召喚術なのだ。故に、手を出す者は非常に限られていた。
だが、ユヅルの姿を見ていると、もしかしたら、と思わせる。
異世界から呼ばれた彼らが、ユヅルと同じだけ魔力を持っていたとしたら。そして、それを知らずにいたのだとしたら。
少なくとも二百年近く、加護を与えられたものはいなかった。
加護をもつ者が現れなかったのではなく、誰も気が付かないまま、魔獣へと、身を落としていたのだとしたら。
この世界で生まれた者に加護をもつ者が現れないのは、神によって呼ばれ、神の加護を与えられた者を蔑ろにした結果なのだとしたら。
頭に浮かんだ予感に、体が知らず震えてしまう。
だが、それをユヅルに伝えることもまた、出来なかった。
「……念のためって個室で調べてよかったな」
もしかしたら、ユヅルが武器を扱えない理由も、ここにあるのかもしれない。
疲れたように言うギルドマスターに似たような表情を浮かべてルプスたちは椅子に深く座る。
「これ、万が一、神聖国に知られたらやばそうだなぁ……」
思わずつぶやいたルプスの言葉に、ギルドマスターがうなずいたのだった。
「えっと、神聖国ってなんですか?」
この中で一番危機感が薄いのは、当人のユヅルだった。
この世界にうまれたものではないのだ。仕方がないことだ。
「ん……、そうだね。ついでだから、この世界のこととか、国のことを教えようか」
最も、ルプスも多くを知るわけではない。
ルプスが持っている知識の多くは、冒険者になるために地元を離れ、エクレピアや仲間たちと知り合ってから得たものが多い。特に集落より外のことについては全て冒険者になってから知ったことばかりだ。
だが、全てをルプスが教える必要はない。
幸い、エクレピアがこの街にいるのだから。
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