第94話 材料集め
マルコさんのところから屋敷に戻ると、月盟の絆のメンバーを居間に呼んで今後やって欲しい事を話しした。
「俺とマルコさん、魔道具院の二人が魔道スクロールを生産するにあたって必要な物がある。それを3人で確保して欲しい」
「必要な物って?」
「先ずは魔石。スクロール1600本分の魔石が必要になる」
「ギルドで買えねーのか?」
「少々は買えるけど、大量となると流通が滞るから他の人に迷惑が掛かる。そして何と言っても、王国直々の依頼には秘匿性があるから目立った動きは出来ないんだ」
「そういう事か、分かった。それでどのくらいの大きさの魔石が必要なの?」
「4階層のラビディンやアースラットから取れる小さめの魔石でいい。手持ちで200個ほどは確保できてるから、約1カ月で残りの1400個の魔石を集めることになるかな」
30日間毎日じゃなく、1週間に1日は休むとすると25日で1400個だ。
「1日で何個ほど集めればいいのかな?」
「1日当たり5~60個だよ。日曜日は除いてね」
「その位ならなんてことないわね、4階層なら分かれて単独の方が効率良さそう」
「1日で56個なら30分で終わる」
「俺たちなら、1日潜って1人で200個は下らないと思うぞ」
「3人で1日に600個だから、3日もあれば完了じゃない?」
狸の皮算用をしている様な気がしているのは俺だけだろうか?
「でも、たくさん狩ると、直ぐに湧くとは限らない」
「そうだよ。ミラの言う通り、狩りすぎるとなかなか魔物が湧かなくなる。2階と4階を交互に狩るような形がいいんじゃないかな」
「そっかー。ヴォルキノとかの魔石じゃダメ?」
「加工するからそれでも大丈夫。でも7階層以降は単独行動すると、不意をつかれた時に危ないからやめた方がいい」
「わかった。でもどう考えても10日ほどで十分だよね」
「まあ、そのくらいだろうね」
「よっしゃ、直ぐに行くか?」
(さすがジム、こいつはいつも人の話をよく聞いてない)
「待ちなさいよジム、私たちへの頼み事ってそれだけじゃないでしょうに」
「へ? まだあんの?」
「アル君が言ったでしょ、先ずは魔石って。その次があるのよ、多分」
(エミーは人の話をよく話を聞いてるね)
「次のお願いは、紙の材料集めだ。魔道スクロールは薄い紙に魔法陣を書いた魔道具なので1600個分の紙が必要になる。今回は量が多いので紙工房に頼んでいたら完全な秘匿にはなりにくい。だから紙づくりから行う必要があるんだよ」
前に作った時には紙工房に頼んだけど、今回は流石に大量の紙を必要とする。
国外の諜報員は流通の変化にもアンテナを張っていると考えた方がいい。
「集めて欲しいのは、紙の材料となる木だ。ルナ迷宮の奥にある森で、ゴーキという木を探して欲しい。太さが1~2テールほどの枝を100本ほど束にして、これを100束ほどトートバッグに入れて持ち帰って欲しいんだ」
「ゴーキの木でないとダメなの?」
「ダメって訳じゃないけど、スクロール用に薄くて強い紙を作るには、ゴーキの木が一番適している様なんだ」
「ふーん、でもゴーキの木って、どんな木なのか分かんないぞ」
「ルナの町の冒険者ギルドに行けば、ゴーキを探すための資料があるはずだよ。ゴーキの木は紙を作る材料としてよく使われるから、採取依頼がそこそこあるらしい」
この国で作られている紙は、木の皮をむいて作る和紙作りと同様だ。パルプ材を使った紙づくりはもう少し先のことになるだろう。
「それなら先ず、ギルドで確認だな」
「そうなるね。ちなみに紙になるのは外側の皮だけだから、先の方の細い枝は使えないから捨ててきてね」
「木の皮が紙になるの? あんな黒っぽいのが?」
「そう、後で作る工程を見てもらうと分かるから」
「おもしろそう」
紙を作る工程はたくさんの行程があるけれど、紙を漉く作業は面白いからミラにやらせてもいいかな。
「あと、もう一つ」
「他にもあんのか?」
「これは頼み事じゃないんだけど、マルコさんの娘さんのリサちゃんがこの屋敷に料理人見習いとして来ることになった」
「下の子だよねぇ、アル君の事を『アルお兄ちゃん』って呼ぶ子」
「そう、下の妹の方」
「ねえ、リサちゃんって何歳?」
「えっと、12歳だと思うけど」
「12歳ねぇ……だったらいいか」
何がいいのか分からないが、とりあえず皆に納得してもらってリサちゃんの部屋をどうするか話し合った。
アルお兄ちゃんって呼ぶから俺の近しい関係という認識になる。そうすれば、使用人棟では他の使用人たちが遠慮するだろうと2階の空きの寝室を使う事になった。
◇◆◇
ジムたちが魔石とゴーキの木を探しに行った2日後、屋敷にリサちゃんを連れたマルコさんがやってきた。
リサちゃんは住み込みなので大きな荷物がある。リサちゃんの荷物はマルコさんには持たせずにしっかり自分で持って来ていた。
「2カ月もの間エレノアを一人にするのは可哀そうだからさ、リサだけ住み込みで頼むよ」
「了解です。じゃあ先ずリサちゃんの荷物を運びますね。俺はリサちゃんを部屋に案内しますんで、マルコさんは応接間でお待ちください。」
魔道ドアがあるので、ルノザールの屋敷からマルコさんの自宅までは5分もかからない。リサちゃんも自宅から一緒に通うように提案したが、それは絶対に嫌だとリサちゃんに拒絶されたらしい。
「リサちゃんの部屋はここだからね」
「うん、ありがとう…… お兄ちゃん」
この部屋を使わせるのは、他の3人も了解済みだ。エミーとミラの部屋がちょうど向かい側にあるので、女の子として目が届きやすいので都合がいいとエミーが言っていた。
「他の3人のメンバーは、ルナ迷宮で魔石を集めてもらっている最中だから数日は帰ってこないけど、夜中はこの部屋か、その向かいの執務室に俺はいるから心配いらないよ」
「じゃあ、今日から暫くは私とお兄ちゃんの二人っきりだね」
「ま、まあ、そうだな。寂しくなったら声をかけてもらっていいからね」
「うん!」
ちなみに、魔道具院から派遣された二人はというと、屋敷の右側の客間に寝泊まりしてもらっている。一人に一部屋を使用してもらつもりだったが、『そんなもったいない、私たち二人は一部屋で十分です!』と言って1つの部屋に二人が寝泊まりしている。
「あと、俺の部屋とリサちゃんの部屋の間の部屋がジムの部屋、リサちゃんの右前の部屋がエミーの部屋、そして左前の部屋がミラの部屋ね」
「うん、わかった」
「じゃあ、そろそろ応接間に行こうか、屋敷の使用人たちに二人を紹介するから」
マルコさんとリサちゃんを使用人たちに紹介したあと、リサちゃんには部屋で荷物の整理をしてもらい、マルコさんとエレンディルさん、ノーラさんを大ホールに呼んで魔道スクロールの作り方を説明した。
暫くは、この大ホールが魔道具の工房になる。
材料や器具類はまだ全部そろっていないが、紙作りから始まって魔石の加工、版下の作成からの印刷までの手順、そして組立の行程を一通り細かく説明した。
そして気が付くと、外はもう夕方になってしまっていた。
「今日は少し長くなりましたがこれで終わります。マルコさんは夕食を食べていきますか?」
「いや、エレノアが待っているからこれで失礼するよ。リサは世間知らずだから迷惑かけるけど、色々教えてやって欲しい」
「大丈夫ですよ。マルコさんが思っているより、彼女はしっかりしていますから」
「そうだといいんだが……」
マルコさんは何度も『お願いするよ』を繰り返しながらドアをくぐっていった。
親にしてみれば娘を一人置いてゆくのが、とても心配なのだろう。




