第93話 魔道具屋の娘
「マルコさんこんにちはー」
「おっ、アル君、じゃなかった、ノーマウント騎士爵殿」
俺は、アル君と呼んでくれる方がいいのだが。
「マルコさん、やめてくださいよ、これまで通りアル君って呼んでください」
「え、そうなの? 君がそう言うんだったらいいのかな? 元気そうじゃないか、アル君」
「マルコさんもお元気そうでよかったです」
やはり、この工房は落ち着く。
「今日来てくれたのは、スクロールとやらの製作の件だろう?」
「ええ? よくご存じですね……ああー、宰相さんですよね?」
「昨日、この国の宰相様がいきなり見えられてね。君が貴族になってたりびっくりしたけど、もうびっくりするのにも慣れちゃったよ、ハハハ」
マルコさんはもう諦め顔だ。
宰相さんはガレットさんとガルッグさん、それにマルコさんの工房をそれぞれ訪れていて、それぞれに秘匿契約をさせられたそうだ。
「宰相様からはある程度の話を聞いて納得済みだよ。あとは実際に何をすればいいのかを君から聞けばいいかな」
「報酬についても決めておかなければなりませんね」
「ああ、それもだったね」
実際の作業は、スクロールの元になる紙を作る工程、魔石の加工をする工程、それぞれのスクロールに印刷をする工程、そして組み立てる工程。マルコさんを含めて4名で行う事などを細かく説明した。
「ふーむ、なるほどね。しかしそんな複雑な魔法陣が良く書けたよねぇ」
「魔道学園で色々と習ったおかげですよ」
「いやいや、学園で習う知識なんて限られたものさ、でもまあアル君なら出来るんだろうね。僕が唯一、天才だと思っている人物だから」
「魔道学園の本を全て読み漁ったから出来ただけですよ。ハハハハ」
ここは照れた振りをするしかないな。MRがあるから出来たことであって、いや、このMR作ったのも俺なのか?
「それで報酬なんですが、王国からは結構もらう事になってましてね、マルコさんには昔お世話になった恩返しの気持ちもありますし、ズバリ言ってこれだけで如何かなと……」
俺は予め金額を書いておいた用紙をマルコさんの前に差し出した。
「え? いやいやーーーっ! ……ちょっとこれは間違いじゃないのかい?」
「いえ、間違いじゃないんですよ」
「僕はほんの2カ月程度、人員が不足しているアル君をちょっと手伝う程度だと思っていたから、思っていたのと桁が1つ違うよ!」
俺が「王国からの依頼だから」と言っても、「いや二カ月しか働かない訳だし」と返される。色々と擦った揉んだした結果、マルコさんも何とか半額までは譲歩してくれた。
ドワーフの従兄弟二人は「酒が飲めればどうでもいいわい」とすんなり受け入れてくれたのに、マルコさんって意外と頑固だったんだな。
さて、どうしよう。
「アルお兄ちゃん!」
「おっ、リサちゃんか。久しぶりだねぇ」
マルコさんとの話が纏まらない。どうしようかと考えていたら、妹のリサちゃんが帰ってきた。
「おいおい、リサ。アル君はもう貴族なんだから、いつまでも『お兄ちゃん』じゃダメだろう」
「えーー?、お父さんだって『アル君』って言ってるよ?」
「それは……」
会話を聞かれていたのかな。
「マルコさん、お兄ちゃんでもアル君でも俺はそのほうがいいですよ。この家は、今でも俺にとって特別な居場所なんです。畏まられると嫌ですよ」
「……そうなのかい?」
この家は、孤児院を出てから俺に家族の様に接してくれた心安らぐ家なのだ。
「ええ、それにしてもリサちゃん、急に背が伸びたんじゃない?」
「大きくなったでしょう? リサは今年で13歳になるんだよ。大人っぽくなった?」
(腰に手を当てて胸を張っている。……リサちゃん、歳は数えで言うとややこしくなるから)
「そうだね、だいぶ身長も伸びて、大人っぽくなってきたね」
「やったー。お兄ちゃんにそう言ってもらうと嬉しいな」
(無邪気に喜ぶところは、まだ子どもかな)
「でも、リサはまだ見習い先が決まってないんだよ」
「魔道学園にはいかなかったの?」
「ん~ん。私は美味しいお菓子作りを学びたいんだ」
この国では15歳になると大人と同様に扱われる。そのため、15歳になるまでには手に職をつけておくのが普通なのだ。
(前には魔道学園に行くような事を言ってたと思うけど、気が変わったのかな?)
「アル君がうちに居た頃、お菓子やプリンとか作ってくれたのがきっかけでね、リサはお菓子作りに興味を持ったみたいなんだよ」
「プリンなんか、私だけでも上手に出来るようになったんだよ? それでね、お菓子屋さんに見習いに行こうって考えたんだけど、お兄ちゃんが作ってくれたようなお菓子を出している店は、この町には無いんだよ」
ルナの町は人口約5千人の小さな町だ。お菓子を作っている店は2軒あるけど、この町にある店は昔ながらの菓子屋さんなのだ。
「ルノザールに行けばそのようなお菓子屋さんも有るんだけど、魔道学園のような寮生活ではないから心配があってね」
「お父さん、どうしても許してくれないの」
12歳の女の子を一人でアパート暮らしさせるのは、さぞや心配なのだろう。
「お父さんの身になってみればそうでしょうね。あ、もし良かったらうちの屋敷を使ってもらってもいいですよ?」
「ねえ、お父さん。お兄ちゃんがいいって! ねえ、いいでしょ?」
リサちゃんの目が急に輝きだした。
「でも、迷惑じゃないかい?」
「いえ、全然迷惑なんてありませんよ、マルコさんも二カ月間はうちの屋敷で手伝ってもらうんですから」
「え? お父さんもお兄ちゃんの所に行くの?」
リサちゃんはもう、うちに来ることが前提のような口調だ。
「そうなんだ、特別な魔道具を作る仕事をアル君が受けていてね、その手伝いに二カ月ほどアル君の屋敷へ手伝いに行くことが決まったんだ」
「じゃ、じゃあ私もお兄ちゃんの屋敷に行きたい! お兄ちゃんの屋敷で働きたい!」
(あ、俺の考えてること、リサちゃんが先に言っちゃった)
「マルコさん、俺の屋敷にリサちゃんを料理人見習いとして出しませんか? 料理人の見習いですが、お菓子作りも俺が知っていることは全部教えますし、部屋も余ってるから問題ないですよ?」
「うーむ、二カ月間は私も目が届くし、何か粗相でもすればすぐ連れて帰ることもできるし、……リサが望むのなら」
「やったー、お父さん大好き」
後ろから抱きつかれたマルコさんの、照れ臭くも嬉しそうな笑顔が印象的だ。おそらく娘に抱きつかれるのは久しぶりなんだろう。
「お母さんに話してくる!」
リサちゃんは大はしゃぎで、部屋を出ていった。
「それで、報酬の話に戻りますが、どうしても譲歩いただけなかったあとの半額は、リサちゃんへの月々の給金と、あとは住居費と生活費、それに料理人としての指導料にあてるという事で如何でしょう?」
リサちゃんが何年間奉仕をすると言うかは分からないが、仮に15歳までの3年間を料理人見習いとしてうちの屋敷で働くとなれば、そこそこの金額をリサちゃんに支払い、経費も負担する必要があるのだ。
見習いとして破格と言える額になるが、それでも、譲れなかった分の半分ほどに近ずく。
「え、それとこれとは別件で……」
「そうしましょう、それがどちらも好都合だし、リサちゃんが喜んでいるからいいじゃないですか」
「ああ、まあそれは…… ハァ、アル君には負けたよ。私も二カ月間リサの仕事ぶりを監視できるならそれでいいよ」
「はい、決まりですね」
俺たちはそれで手を打った。




