第92話 王宮魔道具師
次の日の朝、食事の準備が出来たというので食堂に来てみると、エレンディルさんとノーラさんは先に食堂に来て既に食事中だった。
「ねえ、あの二人あそこでいいの?」
「というか、何であそこに座らせたんだ?」
「私たちは使用人と同じだから、ここでいいって聞かないのよ」
うちの食堂はけっこう広い。そしてテーブルが2つある。
1つは俺たちや客人用の豪華で大きなテーブル。もう1つは使用人用の普通の大きなテーブルだ。
使用人用の食堂が無いので、1つの広い食堂の中に2つのテーブルが配置してあり時間をずらして食事をしているのだ。
そして派遣された魔道具師の二人は、自らの意思で使用人用のテーブルに座って食事を摂っていた。
使用人たちが俺たちと一緒に食事をすることは無いから、大きなテーブルにポツンと二人だけというちょっと寂しい構図になっている。
「あー、そういう考えでいるのか。今朝はもう既に食べているから移動は止めといて、次の食事の前に説得しよう。こちらとしてはお客様対応するつもりだからね」
「あ、うん分かった。じゃあ私が説得してみるね」
「王宮魔道具院から来たってっ言うから、もっとお高くとまってんのかと思ったが、随分と謙虚なのな」
「だから危ないんじゃない」
「うんうん」
何が危ないんだ? 謙虚すぎると損するって事?
「何が危ないんだ?」
「ジムは分かんなくてもいい」
「何でだよー、俺だけ分かんねーのかよ」
俺も分かんないぞ。このまま分かんないと馬鹿にされそうだから話題を変えるか。
「今日はマルコさん所へ行ってくるよ」
「彼女たち、住み込みでスクロールを作ってくれるのよねぇ?」
「そうだよ」
話が戻されてしまった。
「指示されたその日のうちに、ここに来たって言ってたわよね?」
「そう言ってた」
「着替えとかどうするの?」
「作業着を2着持ってきたから大丈夫だって」
(いつも準備しているって言ってたもんな)
「うん、だから休みの日はどうするのって聞いてるのよ。まさか休みの日も仕事させるわけじゃないでしょ?」
「もちろん、休みの日には休ませるさ」
「じゃあ、休みの日にもあの作業着のままで過させるって言うの?」
そのあたりは、正直あまり考えていなかった。
「そうみたいだけど……」
「はあー」
(何ですか? エリーさん、その溜め息は)
「休みの日は外に行くでしょう? 作業着のままじゃダメでしょう?」
「いや、それで過ごすみたいだけど」
「女の子はそれじゃダメなの。そんなんじゃ、多分下着も最低限しか持ってきてないんだろうし。普段着の着替えなんか持ってきてないわよ」
どうしてそんな事が判るのだろうか? 俺には分からない。
「普段着もちゃんと持って来てるかも知れないじゃないか」
「それは先ず無い。普通、貴族の屋敷に作業着では来ないでしょ?」
「そういえばそうか」
そう言われてみれば確かにそうだ。昨日も作業着のままだった。
「今日は私たちが買い物に連れてってあげるから、アル君は一人でマルコさんのところへ行ってきなさい」
「……はい」
なんかジムとミラが同じように達観した顔してこっちを見ているが、何を考えてるんだ?
「アルは尻に敷かれるタイプ」
「だよな」
(え、俺そんなタイプなの。そう見えるの?)
「ち、違うわよ! あの二人が可哀そうで見てられなくて。そうしてあげなきゃって思ったのよ」
「でもさ、多分だけど、彼女たちは今日俺と一緒に魔道転移ドアを通れるのをかなり楽しみにしているから、今日は断ると思うよ?」
昨日のあの期待に満ちた目は、研究者の探求心の目だった。三度の飯よりこれが好きって顔してたから、着替えの服を買いに行くよりも優先度が高いと俺は思うんだ。
「そんなもの、一度ガレットさんの所に行ってすぐ戻ってくればいいじゃない」
「ああ……そうか」
目から鱗だ。
「私たちが街に買い物に行ってる間、マルコさんとは難しい話をしてきたらどう?」
確かにそうだ、マルコさんとは報酬の話をしなければならない。その場に彼女たちが居る必要は全く無かった。
「まあ、確かにそうだね。彼女たちにはそのように話してみるよ」
魔道転移ドアを通る際、魔法陣を組み込んでいる場所がどこか、どのように分解したり組立したりするのかを説明し、中の魔法陣は現時点では見せられない事、転移ドアの存在は王国の秘匿事項であることを説明した。
ゆっくり通ってまたゆっくり戻ってもらう事だけでも彼女たちは大喜びだった。
屋敷側とガレットさんの両方のドアで、何度も何度もドアの構造を触って確かめていた。
(普通の女の子はそんな事しないぞ?)
ちなみに、秘匿事項の件は王宮魔道具院に入る際、宰相さんから契約書を書かされているらしい。
「アル坊、そこで何をやっとるのかのう?」
「いえ、色々ありまして。これからマルコさんの所へ移動して打ち合わせに行くんで、ここを通らせてもらってる訳です」
「お主といつも一緒におる、エミーとミラじゃなかったようだの。随分楽しそうにしとったが、別の女の子も花嫁候補にと連れて来とるのかの?」
「何言ってるんですか、違いますよ。彼女たちは王宮魔道具院から派遣された職員で、魔道武器の量産を手伝ってもらうために住み込みで来てるんですよ」
「ほうほう、一緒に住まうんであれば間違って手を出さんようにせんとのう」
「な、そんなことする訳ないじゃないですか」
彼女たちが屋敷に戻った後で良かった。しかし、今日はガレットさん、何だかやけに絡んでくるな。顔も赤ら顔だし。
「ほう、そうかの。昨日はの、従兄弟のガルッグが早速打ち合わせに来おってのう。なかなかにうまい酒じゃったわい」
(打ち合わせじゃないんかい、酒飲みに来たんかーい?)
「久しぶりに会うことが出来たんで嬉しかったんでしょう。ところで、打合せはしたんですか?」
「いや、まだじゃが、こんだけ詳細な図面があるんだからの、打ち合わせなどせんでも同じものは作れるってもんよ」
「まあ、分かりましたが、あまり酒飲みのためだけに転移ドアを使わないでくださいね。俺が国王陛下に怒られますから」
「魔道ドアは材料の配達に使えるとガルッグが言っとったからの。酒というのはワシらにとっては一番大事な材料だからの」
「いやいや、酒は材料ではないですって」
「大丈夫、大丈夫、1日に1回しか使わんって!」
「あーあー、聞こえない聞こえなーい」
俺は両耳に手を当てて、急いでガレットさんの工房を出た。




