第76話 トートバックでお買物
俺は、早寝早起きがモットーだ。
朝、一の鐘が鳴るとベッドから飛び起きて、朝の鍛錬に向かう。見習い騎士時代からずっと休みなく続けている、俺の拘りだ。
いつもはアルも一緒に起きて、一緒にジョギングをする。そしてその後、少しの間手合わせもするのだが、今日は一向に起きてくる気配が無い。
仕方が無いから俺一人で朝の鍛錬に向かう。孤児院にいたときは俺の方が強かったのに、久しぶりに会ったアルは俺よりも強くなっていた。
何とかアルに追いつきたい、追い越したいっていう一心でこうやって剣を振り、朝の模擬戦に臨んでいるのに今日はアルが寝ていて少し残念だ。
俺が朝の鍛錬から戻っても、アルはまだ起きていなかった。
「おーい、アル。まだ寝てんのか? 俺の方は鍛錬が終わったぞー」
俺が寝坊助のアルに声をかけると――。
「昨日根詰めて……朝方まで解析してたから、もう少し寝かせてくれー」
解析って何のことだ? とは思ったけど、深く聞かないことにした。アルが言うことは時折とても難しく、理解できない事が多いのだ。恐らく朝まで徹夜で何かをしていたんだろう。
俺たちの仕事は体が資本だ。ここはゆっくり休ませてやるべきだろうな。
俺は、睡眠を十分とることと、起きたらちゃんと鍛錬もやるようにと言い聞かせた。
「はいはーい」
空返事だとは思ったが、アルの事だからきっと覚えているだろう。
今日はエミーたちが買い物に行くから、付いて来てほしいと言われている。腕力の強い俺が、荷物運びに任命されているのだ。荷物持ちは俺一人で事足りるだろう。
ふと机の上を見ると、小物品の買い物に適した肩掛けバッグを見つけた。ぺちゃんこだから何も入ってなさそうだ。
「……これちょうどいいから借りてくぞ」
「はいはーい」
またも空返事が返ってきたが、俺はアルをそのまま放置して1階に降りていった。
「ジム、アルは?」
ミラが先に俺に話しかけてきた。
最近はよく、ミラが俺に話しかけてくれるようになってきた。何を考えているのか分からん奴だったが、こうやってちょくちょく話しかけられると嬉しいものだ。
「アルは今朝方まで何かやってたみたいでな、寝不足は体に悪いから寝かせてやってるぞ」
「鍛錬もせずにまだ寝てるの? 珍しいわね」
エミーは残念そうだ。
「あいつは起きた時に鍛錬をやるだろうよ。昼鍛錬になるかもしんねーけどな」
「ま、今日は買い物だからジムがいればいっか」
「ジム、力持ち」
「おう、荷物運びは俺に任せろ」
ミラの言葉に、俺は力こぶを作ってみせた。それをミラが揉み揉みしてくる。
(なんか小動物に触られているようで、くすぐったいけど……可愛いな)
「じゃあ、道具屋からね」
いつも行く道具屋に入った。
道具屋では、日用品の買い出しだろうか?
「石鹸やタオルの買い替えが必要なのと、他にも小物が必要だからね。おじさんこれだけ、一つにまとめてくれる?」
「あいよ、……全部で220リルだな」
「はい、銀貨2枚と大銅貨2枚ね」
「毎度あり!」
「はい、ジム。そのバッグにこれ、入れてもいい?」
「おう! 入れていいぜ!」
俺は肩掛けバッグの口を開いて、一纏めになった日用品を放り込んだ。
「い、入れたぞ」
「ねえ、どうかしたの?」
「いいや、何にも」
「気のせいかなぁ、入れた音が聞こえなかったんだけど」
俺も、入れた感覚が肩に伝わってこないのが気になったが、次は下着屋のようなのでそっちがもっと気になった。
「ジムも来る?」
「嫌だよ、行かねーよ!」
「ミラったら。ジムは外で待っててね、あそこの屋台で何か買ってていいから」
「おう、分かった」
さすがに女性用下着売り場に、のこのこ付いて行く男子はいねーぞ。小腹も空いたしエミーのくれた銀貨で腹ごしらえといこうか。
「おう、おやじ。串焼き2本たのむ」
「お? ジム坊じゃねえか。ちょっと待ってな。今日は何事だ?」
「今日は女性陣の買い物に付き合わされて、まぁ早い話が、荷物持ちだよ」
「女性陣ていうのは孤児院で一緒だったエミーとミラか? ほい、お待ち」
この親父は俺の孤児院時代から、ここで店を出している顔見知りだ。
「そうそう、その二人につき合わされているんだよ」
「いいじゃねえか、両手に花でよ」
「そんなんじゃねえよ!」
この親父も最近は俺をからかってくる。始末に負えないなぁと思いながら1本目を食べ終えたところで彼女たちの姿が目に入った。
「お、出て来たみたいだぜ」
店から出てきたミラたちを、親父が指さした。
「えっ? 随分早えな。おやじ、こっちの1本、紙に包んでくれ」
「分かった……あいよ」
中に臭いが移らないか少し気になったが、おやじから買った串焼き1本を肩掛けバッグに放り込んだ。
「お前たち、随分早かったなあ。普通、女の子の買い物って、もっと時間かかるんじゃねえのか?」
「品物受け取ってお金払うだけ」
「あのね。私たちはもう別の日に、何を買うか決めちゃってるの」
女の子のすることは、俺には理解できない。
「それで早かったのかよ」
「ジム、ちょっとあっち向いてて」
「お、おう」
「このバッグ、何か中が暗いわねぇ」
エミーが買ったばかりの下着類を、俺の持っているバッグに入れたようだ。串焼きの臭いが移らないか、本格的に心配になってきた。
「ねえ、これって……どこに入ったの?」
「うーん、よく見えねえんだよな」
「何かこれ、おかしくない?」
確かに、俺もちょっとおかしいと思っている。
「ジム、中に手を入れてみて?」
「ああ……あれ? 何もない!」
おかしい! 串焼きを取ろうと思ったが、串焼きがどこかに消えている。
「ねえ、このバッグどこから持ってきたの?」
「アルが寝てる横のテーブルの上に置いてあったから持ってきた」
「アル君が……何か改造してるんじゃないの?」
「ハハハ、俺もそんな気がしてきたぜ」
俺たちは、入れたはずの物が無くなってしまうバッグを持って、アルのいる部屋へ向かった。アルはまだ寝てるんじゃないだろうか?
「アル、寝てるのか?」
「うーん、今起きたところ」
「よかった。アル、店で買った品物をこのバッグの中に入れた筈なんだけどさあ、何も入ってないんだよな、何で?」
エミーが単刀直入に聞いた。
「あー。使っちゃったんだ……」
「買い物に持っていくぞ、って聞いたら『はいはい』ってお前は言ったんだぞ?」
「覚えてないなー」
(やっぱ、覚えてねーのかよ)
「空返事だったもんな。で、これ、中はどうなってるんだ?」
「それねぇ、魔道具なんだよ。魔道トートバッグって名付けたんだけど、マジックバッグになってるんだ」
「え、トート? マジック? ……何それ」
またアルが、意味の分からない言葉を使った。
肩掛けバッグを魔道具にしたって? 何でそんなことをしたんだ?
「意味が分からないって顔してるから、もう少し詳しく説明するよ」
「そうだな、良く分かんねぇから説明してくれ」
俺を含め、良く分かって無さそうな俺たち3人に対して、アルは魔道具のバッグの原理を説明してくれた。
「このバッグはね、今朝方出来上がったばかりなんだ。バッグの内側の生地に魔法陣が縫い付けてあって、内部が亜空間に繋がっているんだ。だから、このバッグに何か物を入れると、それは亜空間に送られる。その結果――」
亜空間って、何だよ。
「中に入れた物は、重さも嵩張りも温度も……この世界から消えるんだ」
俺たち3人は、ぽかんと口を開けた




