第7話 魔法陣とプログラム
工房で仕事を手伝う時間は、8時から16時までと決まった。
“時計”は既に発明されているのだが、高価なため一般家庭には殆ど無い。そのため、殆どの町には時計塔という塔があって、一番上の鐘が鳴らされる回数で時間を知ることができる。
朝6時には、鳴らされる鐘の回数は1回で“一の鐘”と言われ、その後は2時間毎に鳴らす回数が1回ずつ増えて、“二の鐘”、“三の鐘”といった名前で時刻を表す。
俺の仕事の終わりは16時だから、その後は自由時間だ。
奉公とは言っても、いくらかかのお給料がもらえる。
マルコさんからは、1カ月間で1250リルを貰えることになった。
日本のお金に換算すると1万2千円くらいだ。
そして、この国の通貨はすべて硬貨だ。銅貨1枚が10リルという単位。
銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨。それぞれ種類が変わると、単位が1桁あがる。
その上の硬貨があるのかどうかは、俺は知らない。
食事は魔道具屋の奧にあるマルコさんの自宅の食堂で、ご家族と一緒にいただくことになった。
マルコさん夫婦と子供たちは4人が向かい合って座っており、俺に用意してくれた椅子は新調したのか新しい。
当初、自分たちの椅子の間に俺の椅子を滑り込ませていた二人の娘たちだったが、マルコさんの強い反対でテーブルの側面に配置されることになった。ありがとうマルコさん。
しかし、こんなに賑やかな中での食事は初めてだった。
◇
食事を終えた俺は、部屋に入って棚の魔道具を手に取って見ていた。
辺りは暗くなっているが、魔道具屋さんだけあって光の魔道具が部屋に取り付けられている。孤児院にある菜種油のランプに比べて、とても明るいのが嬉しい。
片づけられずに棚に置いてあった魔道具。半ば分解されていて、簡単に中を見ることができた。
すぐに目に入ったのは魔石だ。この魔石は色が無くなっているので、もう魔力は残っていないと分かる。
そして、魔石から延びる模様のようなライン。これが魔道回路だ。孤児院の授業でも聞いたことがある。
入ってきた地球の知識で見ると、これがヒーター線のようなものに見える。
魔石と魔道回路の間には小さなボックスが組み込まれていた。この中に組み込まれているもの、それが魔道具の心臓部である組込み魔法陣だ。
俺には先日、技術者の知識が頭の中に追加された。そして、その知識で考えていたことがある。
それを実踐するために、俺は思い切ってヘアバンド――MRアダプタを頭に装着した。
生体認証によって装置が起動し、目の前に複合現実空間が表示される。
このMRアダプタには画像認識に加えて、その当時最新のAI機能。それに、プログラムの命令コードを推測する機能まで組み込んである。
簡単に言えば、未知の言語で書かれたプログラムを、既存のプログラム言語に変換する機能だ。
魔道具のボックスの留め金をゆっくり外すと、その内部には強化紙に描かれた魔法陣が姿を現した。
この魔法陣がもしもプログラム的な動きをするものだったら、この装置の解析機能で変換できるかもしれないのだ。
「えーっと、……アルゴリズム解析、同時に構造化コード展開」
解析を行う命令と、変換を行う命令を、音声コマンドとして発声してみる。
『アルゴリズム解析とコード展開を同時進行します』
(おおっ! 動いている!)
目の前に別のウインドウが開き、見慣れた言語のプログラムが次々と表示されてゆく。
『解析とコード展開が終了しました』
(やった! プログラムへの変換ができる!)
思わず、拳を握りしめた。
目を閉じて、変換結果を示すウインドウに集中する。
「……なになに?」
変換されたプログラムを見ると、温度制御のプログラムに見える。この魔道具は暖房器具の一種なのだろう。
俺の脳内に流入した知識によって、MR装置への音声コマンドの入力方法や、プログラムコードの読み方が理解できるのが、なんとも不思議だ。
「キーボード、オン」
さらに、仮想画面上にキーボードを表示させる。
実際にキーボードを操作しているような、指先の感覚さえある。
温度制御の精度は大雑把だ。俺は精度を上げたプログラムへと書き換えてみた。
そして今度は、再度魔法陣へと変換できるかどうかだ。
「元の魔法陣コードへ変換」
魔法陣をプログラムコードと認識させ、変換させる。
『魔法陣コードへの変換を開始します』
「凄い!」
仮想空間上に、まるで一筆書きのように魔法陣が構築されてゆく。
『魔法陣コードへの変換が終了しました』
魔道具の中の魔法陣と同じ大きさで、一部が修正された新しい魔法陣が完成した。
(よしっ!)
俺は両手でガッツポーズをしていた。
この世界初の、魔法陣プログラマーが誕生した瞬間だった。
◇◆◇
次の日、俺はマルコさんに連れられて商業ギルドに出向いた。
魔道具店の経営は、商業ギルドに登録しなければならない。そこで働く従業員も登録制になっており、俺も登録が必要との事なのだ。
「マルコさん良かったですね。アルフレッド君が仕事を手伝ってくれば、色々と楽になるんじゃないですか?」
申請書を受け取った窓口の職員が、マルコさんに話しかけている。
「これから色んな事を教えていくつもりだよ。彼は魔道具に興味があるようで、私も期待しているんだ」
「ギルドにはマルコさんの店の従業員という形で登録する事になるが、それで良いかな?」
「はい」
商業ギルドには主従関係も一緒に登録する。トラブルを未然に防ぐためだと説明を受けたが、よく分からない。まあ、俺の場合、気にする必要はないだろう。
「最後に本人の登録をするから、このプレートに両手を当ててくれるかな」
書類の確認が済んだら魔力検出板のようなプレートがカウンターに置かれた。真ん中に新しいカードが置かれ、その両側に手を当てるように指示された。
俺には魔力は無いが、どうやって登録するのだろうか?
不思議そうな顔をしていたのが分かったのかもしれない。
「ああ、これはね魔力を扱うものではないんだよ。人間の手には皺や小さな模様があるだろう、全く同じ模様の人はいないので、本人の確認用として利用ができるんだ」
まさかの指紋認証だった!
何で両手を登録するのかといえば、何らかの理由で片手が無くなっても本人の確認ができる様にとの事だ。なにそれ怖い。
事務手続きが終わり、1枚のギルドカードが手渡された。
「このカードは商業ギルドカードと言って、商売で得た利益などをこのカードに記録する事ができる。お金を預けることも可能だし、この国のどの町でも同様に利用ができる。通行証にもなるし、その他にも色々と使い道があるから追々説明をするよ」
マルコさんの説明に、ギルド職員が補足する。
「このカードは大切な物だから絶対に無くさない様にする事だ。もし無くした場合は誰かが拾って届けてくれるのを待つか、再発行をするかしかない。再発行には大銀貨1枚が必要だぞ」
再発行の手数料が高さに、思わずカードを握りしめた。
地球の知識からすると、銀行のカードと身分証明用のカードが一つになったと思えば解りやすい。
◇
「さて、商業ギルドの登録も済んだから、店に戻るとしますかね」
マルコさんは商業ギルドの出口で小さく背伸びをすると、店の方向を目指して歩き出した。
俺も「はい」と返事をして付いて行く。
「マルコさん、このギルドカードも魔道具ですよね?」
「そうだね、これも魔道具だよ。でも普通の魔道具店では扱えない特殊魔道具なんだ」
特殊魔道具というのは、王国が管理する魔道具だ。先日魔力テストを受けた時の魔力検査板も、特殊魔道具の一つらしい。
ともあれ、商業ギルドカードを手に入れた俺は、社会の一員として認められたようで嬉しかった。




