第6話 魔道具屋
思い返してみれば、それは10分ほどの時間にすぎなかった。
あのヘアバンドから強制的に入り込んだ情報によって、頭の中に”知らない引出し”がたくさん増えたような気がする。
これまで10年間生きてきた記憶は忘れていないのに、別の人の人生が追加されて横に並んだようなもの。
これは俺にとって、なんとも不思議な感覚でしかなかった。
◇
放心状態から何とか立ち直った俺は、心を落ち着かせるために黙って椅子に腰かけていた。
そこに、朝の鍛錬を終えたジムが体を拭きながら部屋に入ってきた。そしていきなり吹き出した。
「ぷふっ、何やってんだアル……まあ、お母さんが恋しくなったのは分かるけど、普通は女が身に付けるヘアバンドなんだから、そのまま部屋を出るのはあんまりお勧めしねーぞ」
そこでやっと、俺がMRアダプタを頭に付けたままだったことを思い出した。
これを外したら俺の頭の中は元に戻るのではないか。そう思いながら、恐る恐るMRアダプタを外してみた。
「外しても……変わらないな」
「そりゃそうだよ。それを付けたってさ、お前の母さんの顔が分かる訳ないんだからよ」
ジムは妙に確信めいたことを言う。的は外れているが、あながち間違いでもない。
記憶として頭の中に入り込んできた、月見里拓郎という人物の知識――その中にはその人の母親の顔も含まれているからだ。
「そ、そうだね」
俺は、咄嗟にはぐらかした。
この不思議な出来事は、おそらく誰にも理解できない。簡単に話せば危うさがある――そう感じたからだ。
俺はこれまで、木工屋や金物屋などで仕事の手伝いをしたことがある。
木工屋では材料の運搬や切断、カンナ削りなんかもやったことがある。
金物屋では包丁砥ぎをよく任せられていた。今では大人に負けないくらい、上手くなったと思う。
しかし――
エミーとミラが魔力持ちであったという事実。さらに、日本人という異世界人の知識を手に入れてしまった俺は、“魔力”という存在に、一層の興味が湧いていた。いわゆる、魔法使い――それと魔道具の存在だ。
魔術師はエミーたちが目指すことになったが、魔力が無ければなれない。そして俺には魔力が無いことも判っている。
そうすると、魔道具師を目指すという選択肢だろう。
魔道具も魔法と同じように魔力を扱う。魔力を持たない人でも扱えるため、町の暮らしには欠かせない存在だ。
早速、俺の奉公先として魔道具屋を選びたいと考えていることを、シスター長のマデリーン先生に話した。
◇
次の日、シスター長に呼ばれた俺は、魔道具屋のご主人が大変喜んでいたと聞かされた。
この町では魔道具屋という地味な仕事を、選択する若者がこれまでいなかったという。奉公前の子どもが、この仕事に興味を持ってくれた。それがとても嬉しかったようだ。
「魔道具のご主人はマルコさんと言って、大変気さくな方でした。孤児院の子どもの中に、魔道具に興味がある子供がいると話した時は、立ち上がって喜んでおられましたよ」
早速明日からでも来ていいと言われたらしい。
明日までには物置になっている部屋をなんとか片付けて、寝泊まりが出来るようにしておくとのことだった。
その日の夜に、ジムが話しかけてきた。
「アルが明日から奉公に出る事が決まったって聞いた時、急な事でビックリしたぞ。何で魔道具店になったんだ?」
「いやね、実は魔道具には前から興味があったんだ」
本当は魔術師になりたかったなんて、言えるわけがない。
「そっかそっか。アルの進路がなかなか決まらないから、ちょっと心配していたんだけど、やっと決めたんだな」
ジムは深くは聞かなかった。
「ジムの方はどうなのさ、見習い騎士に志願してみるって言ってたけど、試験とかがあるんだろ?」
「来週の土の日に入団試験がある。それを受けようと思ってる」
入団試験では体力測定に加えて剣技の試験があるそうだ。毎朝の練習はこの試験を見据えてのものだったらしい。
「ジムだったら力が有る。きっと大丈夫だよ」
「だったらいいけどな」
今は、自信と不安が入り混じっているようだ。
その次の日の朝、俺は二の鐘が鳴る8時には、マデリーンシスター長から紹介された魔道具屋の前に立っていた。
荷物といえば、肩に掛けた布袋一つだけ。恐る恐る、店の扉を開けた。
「おおっ! もしかして、アルフレッド君かな?」
店の中に入ると、軽快な声とともに奥のカウンターから30歳くらいの男の人が出てきた。
「初めまして、孤児院から来ましたアルフレッドです」
慌ててお辞儀と挨拶をする。
「早速来てくれたんだね、待っていたよ。うん、私がこの魔道具店をやっているマルコだ。……おーいエレノア! 来てごらん。昨日話をしたアルフレッド君が、早速来てくれてるよ!」
奥から、エプロン姿の女性が出てきた。
「あら、早かったのねぇ」
「君を呼ぶ時は、アル君でいいよね? 紹介するよ、僕の妻のエレノアだ」
「これから宜しくね、えーっとアル君?」
おっとりした感じで奇麗な奥さんだ。
「はい、アルで大丈夫です。こちらこそ、宜しくお願いします」
「うちにはあと二人、7歳と5歳の娘がいるんだけど今はお使いに出てる。二人ともお転婆さんでね、上の子がティナ、下の子がリサというんだ。あとで帰ったら紹介するよ。先ずは……部屋を見てもらおうかな」
こっちへ来てくれと案内された部屋には、色んな物が置かれたままの物置の様な部屋だった。けれど、埃っぽさはなく、昨日のうちによく掃除がなされているようだった。
「片づけられない魔道具があってちょっと狭いけど、いい部屋だろう?」
「アル君、ごめんなさいねぇ~、主人がいきなり明日から寝泊まりできるように片づけてって言うものだから慌てちゃって、全部は片づけられなかったのよう」
マルコさんは自慢してるけど、奥さんの方は申し訳なさそうにしている。
「……寝るところさえあれば大丈夫です」
そう言わざるを得ない。
それから家の中を案内され、居間のような部屋で今後の仕事の内容について説明を受けた。
魔道具屋の仕事は、一般家庭向けの魔道具の販売と修理。
大きくて複雑な魔道具は、王都から仕入れて販売。それ以外の魔道具は、この工房で製作するらしい。
但し、常時在庫を揃えているものは意外と少なく、大抵は受注生産なのだという。
例えば、照明魔道具類、点火の魔道具は常時在庫品。通信の魔道具や発熱・暖房の魔道具は受注生産品だ。
「まずは、修理の手伝いや納品のような簡単な仕事からやってほしい。魔道具の故障って結構多くてね、修理の依頼はけっこう多いんだ」
魔道具ってどんな構造になっているのだろうか? 聞く限りでは、記憶の中の小物家電品みたいな感じがする。
(魔力を光に変える構造……どういう原理なんだ?)
仕事内容の説明が一通り終わったところで、二人の娘さんたちが帰ってきた。
近所に住んでいるお祖父さんとお祖母さんに朝食を持って行ってたらしい。
「ねえねえ、お兄ちゃんて何歳?」
「え、五つも年上なの?」
「好きな食べ物って何?」
「じゃあじゃあ、嫌いな食べ物ってあるの?」
ちょっと待ってくれ。頭が追い付かない。
「なんでうちに来ようと思ったの?」
「魔道具好きなの?」
「恋人はいるの?」
いきなり、二人からの質問攻めにあう。お父さんが“お転婆さん”と言った意味が、いま理解できた。
最後の質問はリサちゃん。わずか5歳なのに、おませさんだ。
「ごめんねアル君、昨日話をしたらこの子たち『私たちにお兄ちゃんができるー』って喜んじゃってねー」
「アルお兄ちゃんって呼んでいい?」
「お兄ちゃん、アルお兄ちゃん!」
(はいはい。わかりました)
孤児院の年少の子たちも、ここまで活発な女の子はいなかったが、お兄ちゃんとも呼ばれていた。ここでもお兄ちゃんと呼ばせても、特に問題は無いが。
「俺は別にいいですけど……」
マルコさんに目を向けると、何だか生温かい目で見られていた。エレノアさんの方はというと終始ニコニコ顔だ。
この家族となら、これからもうまくやっていける。温かい家族と出会えたことに、内心ほっとしていた。




