第53話 調査隊の派遣
3日後、俺たち調査隊は王都エルテルスを出発した。
王都エルテルスを朝に出て、1日目は途中で野営、2日目はクルムという町の近くで野営する予定だ。
同行する11名の騎士のうち、9名は馬に乗って移動。比較的若い2名の騎士さんが馬車の御者をしている。
馬車には板ばねが搭載されており、魔術科の修業旅行と同様にだいぶ快適になったのだが、俺は一人だけ、後方の馬車の中で暇を持て余していた。
「プログラムを書き換えて、魔法陣を改良したいんだけどな」
しかし、これは早々に諦めた。バネの効果はあるものの、振動によってキーボードが正しく押せないのだ。
(うーん、何か他にできることはないかな?)
「乗馬の練習は出来ないかな……」
騎士団の進行速度は思ったより速くない。
(隊長にお願いしてみようかな?)
俺は馬車の幌から顔を出して隊長のレオノールさんを探した。幸い、すぐ近くを並走している。
「レオノールさんちょっといいですか?」
小声で話しかけると、レオノールさんが近づいてきた。
「……何だい?」
「あの、乗馬って難しいのでしょうか?」
「難しくはないぞ。まあ、何と言うか慣れだな」
(勇気を出して、言ってみようかな)
「私も乗れるようになりたいのですが……」
「ふむ、では次の休憩所で乗り方を教えるから、問題が無ければ少し乗ってみるか?」
(やった! 乗馬の練習ができる)
「はい、ありがとうございます」
騎士団の馬は訓練されているから、初心者でも難しくはないのだそうだ。
「君は、本当に馬に乗るのは初めてなのかい?」
「乗るのは本当に初めてです。ただし、乗る為の知識は多少あります」
MR装置の中に、ネット上に流れている程度の知識は蓄積されているので、それを参照することは可能だ。
そして――
「初心者とは思えないなあ、姿勢もいいしバランス感覚も問題ない。これなら、他の騎士と一緒にクルムの町まで大丈夫だろう。乗ってみるか?」
「いいんですか? この馬に乗っていた方はどうされるのでしょうか?」
「ああ、彼は大丈夫だ。馬車の御者を交代してもらうから問題ない」
俺はお言葉に甘え、乗馬の練習をすることにした。
まる1日、馬に乗り続けたら、体中痛くなった。
2日目の夜。クルムの町の近くで野営となった。
町の宿泊施設は、滅多に利用しないのだという。野営も訓練の一環なのだ。
「すまないねえ、野営に付き合わせて」
「いえ、一応私も冒険者の端くれですし、いろいろと勉強になります」
馬車に積まれていたテントは4人用が3張り、二人用が2張りだ。俺は二人用のテントを一人で使わせてもらうことになっていた。
「明日はクルムの町の一の鐘で起床し、二の鐘が鳴るまでの間に朝の訓練と食事の用意を分担する。二の鐘が鳴ったら出発だ」
6時に起きて8八時には出発ということだ。
「明日の朝は、このあたりを走りこんでもいいですか? いつもは10キタールほど走り込んでいるのですが、体が鈍りそうですので」
「それだったらちょうどいい、騎士たちも野営時の朝の訓練は、走り込みを30分間行った後、剣術の訓練をやることになっている。10キタールとまではいかないが、騎士たちと一緒に走り込みをやってみたらどうだい」
「付いていけるかどうか分かりませんが、やってみます」
1日目の野営所は周囲に民家もなく、朝の訓練は行われなかった。不測の事態に備えるためだ。しかし、明日の朝は朝練があるので、俺も騎士団の朝練に参加する事にした。
「俺は、夜警には参加しなくてよいのですか?」
「夜警は騎士たちが2人ずつ交代で行うから、君はゆっくり休んでくれ。明け方の一の鐘で起きて私のテントの前に来てくれればいい」
「分かりました、ではまた明日宜しくお願いします。おやすみなさい」
「では、また明日な」
寝る時間までにはだいぶ早かったので、俺はテントの中で魔道武器の改良作業を行って過ごした。馬車の中でやろうと考えていた魔道ビームライフル等の改良作業だ。
次の日の朝。走り込みが終わった後に、騎士団の剣術訓練にも参加させてもらった。
「君は本当に、魔道科の生徒なのかい?」
「ええ、そうですが……」
一緒に参加している騎士さんに驚かれているところだ。
魔道科の生徒は体術の訓練なんてしなくてもいいのに、なんでそんなに剣の扱いに慣れているのかと。
「剣筋がしっかりしていて、無駄が無い。走り込みで分かったけど、持久力もあって、毎日鍛えているのがすぐにわかるよ」
「今は魔道学園の魔道科ですが、そこに入る前は冒険者もやっていました。ルナの町の冒険者ギルドに登録していて、ランクはEランクなんです」
「ほう、剣術は誰かに教えてもらったのかい?」
「はい。そこのギルド長に、一から教えてもらいました」
「ああ、なるほどねー。それだったら納得いくよ。あそこのギルド長って、ヴァルターさんだろ?」
ヴァルターさんって、有名なんだな。
「ですが、なぜ納得されるんですか?」
「知らないのかい? あの人は王宮騎士団の出身で騎士爵持ちなんだぞ」
薄々、騎士団出身だという気はしていたが、騎士爵持ちだとは知らなかった。
「ええー、そうだったんですか。道理でいつもコテンパンにやられた訳だ」
「ハハハハ、コテンパンねぇ、そりゃいい。だから基礎がしっかり出来てるんだな」
そうして、港町エイヴォンに到着するころには、騎士の皆さんたちとも打ち解けていた。
「アル君、乗馬はもう慣れたかい?」
「はい、1日目は緊張して乗っていた為か、次の日あっちこっちが痛かったんですが、今では少しずつコツが分かってきたので、初日ほど辛くはなくなりました」
「それは良かった。さて、今日はこれまでと違ってエイヴォンの宿泊所で一泊する。一人部屋は無理だが、ベッドでゆっくり寝て疲れを取るようにしてくれ」
レオノールさんから、今日は宿泊所で泊まるとのこと。
「ここを、今夜の宿泊所とする。明日は二の鐘が鳴ったら朝食だ。先に部屋の鍵を渡しておこう」
受付で部屋の予約を済ませたレオノールさんが、部屋の責任者に鍵を渡している。
見上げると、3階建ての結構大きな宿屋だ。
俺の部屋は、なぜか騎士団長と副騎士団長との三人部屋だ。
「私は先にここの領主を訪ねて話をしてくるから、アルフレッド君は副長と一緒に行動をしてくれ」
「分かりました。……あの、今日はどうして宿泊所なのか聞いてもいいですか?」
部屋に入って、気になったことを聞いてみた。
「ほかの町でもそうしたいんだが、すべての馬を預かってくれる馬舎のある宿泊所はそうそう無くてな」
15頭もの馬を預かってくれる宿泊所は、大きな都市にしかないのだそうだ。だから途中の町では野営だったのだ。
◇
次の日の朝。エイヴォンの街中をジョギングしていると、潮の香りが漂ってきた。この世界では、マギコーストでしか海に行ったことが無いのに、潮の香りが懐かしく感じるのはなぜだろうか。
MR装置から流れ込んできた月見里という人の記憶は、五感の記憶までもが含まれていた――ということだろう。そんなことが、新たに認識させられた朝になった。
少し行くと、朝市が開かれている場所に差し掛かった。今朝上がったばかりの新鮮な魚、干物などの海の幸がメインだが、中には果物や雑貨品、そして骨董品屋まであるようだ。
陳列されている商品を何気なく見ていると、ふとある模様が目に入った。使い古しの魔術師のロッドが並んでいる。なんとなく、俺はそのロッドが気になっていた。
「おじさん、このロッドは売り物ですか?」
「ああ、売りもんだ。少し前に、船旅の途中で手に入れた物だ。いいもんなんだが、なかなか買い手がつかない」
装飾はいいが、かなり古いものだから誰も買わないのだろう。ライアナ先生に聞いたら、何か分かるかもしれない。
「いくらで売ってくれますか?」
「今までずっと売れなかったものだからなぁ……銀貨8枚でいいぞ」
8千円か、吹っ掛けられてる気もするけど、模様が妙に気になった。もしミラのロッドと関係があるなら、見逃す訳にはいかない。
ここは値切らずに手に入れたい気持ちになった。
「ちょっと高い気もするけど……買います」
俺は財布から銀貨8枚を取り出して、骨董品屋の店主に支払った。
「毎度ありっ!」
店主は言い値で売れたのが、とても嬉しそうだった。
宿泊所に戻ると、朝食が用意してあった。テーブルには魚料理が並んでいる。
夕食もそうだったが、この町は漁が盛んなので魚料理が美味しい。
(いつかエミーと一緒に来たい街だな。彼女……魚料理は好きだったよな?)
俺は魚料理を食べながら、遠い町――王都エルテルスにいる幼馴染のことを思い出していた。




