第53話 調査隊の派遣
今回の調査隊の馬車にも板ばねを搭載することになり、俺が乗っていく馬車ともう1台に取り付けが完了した。
王都エルテルスを朝に出て、1日目は途中で野営、2日目はクルムという町の近くで野営する予定だ。
調査隊は俺を入れて12人。調査隊長で騎士団長のレオノールさん以下9名の騎士は、馬に騎乗して移動。2名は馬車の御者を兼任している。俺は一人、後方の馬車の中で暇を持て余していた。
「プログラムを書き換えて、魔法陣を改良したいんだけどな」
しかし、これは早々に諦めた。バネの効果はあるものの、振動によってキーボードが正しく押せないのだ。うーん、何か他にできることはないかな?
「乗馬の練習は出来ないかな?」
騎士団の進行速度は思ったより速くないから、隊長にお願いしてみようかな。俺は馬車の幌から顔を出して隊長のレオノールさんを探した。なんだ、すぐ近くにいるじゃないか。
「レオノールさんちょっといいですか?」
調査隊長さんが近づいてきた。
「……何だい?」
「あの、乗馬って難しいのでしょうか?」
「難しくはないぞ。まあ、何と言うか慣れだな」
「私も乗れるようになりたいのですが……」
「ふむ、では次の休憩所で乗り方を教えるから、問題が無ければ少し乗ってみるか?」
「はい、ありがとうございます」
騎士団の馬は訓練されているから、初心者でも難しくはないのだそうだ。
「君は本当に馬に乗るのは初めてだったのかい?」
「乗るのは本当に初めてです。ただし、乗る為の知識は多少ありました」
MR装置の中に、ネット上に流れている程度の乗馬の知識は蓄積されているので、それを参照することは可能だ。
「初心者とは思えないなあ、姿勢もいいしバランス感覚も問題ない。これなら、他の騎士と一緒にクルムの町の近くまで乗ってみるか?」
「いいんですか? この馬に乗っていた方はどうされるのでしょうか?」
「ああ、彼は大丈夫。馬車の御者を交代でしてもらうから問題ない」
俺はお言葉に甘え、乗馬の練習をすることにした。
二日目の夜は、クルムの町の近くで野営となる。王宮騎士団といえども、町の宿泊施設はよっぽどのことが無い限り使わないのだという。野営も訓練の一環なのだ。
「すまないねえ、野営に付き合わせて」
「いえ、一応私も冒険者の端くれですし、いろいろと勉強になります」
馬車に積まれていたテントは4人用が3張り、2人用が2張り。皆で協力して設置する。俺は2人用のテントを1人で使わせてもらう事になっていた。
「明日はクルムの町の1の鐘で起床し、2の鐘が鳴るまでの間に朝の訓練と食事の用意を分担する。2の鐘が鳴ったら出発だ」
6時に起きて、8時に出発って事だ。
「明日の朝は、このあたりを走りこんでもいいですか? いつもは10キタールほど走り込んでいるのですが、体が鈍りそうですので」
「それだったらちょうどいい、騎士たちも野営した時の朝の訓練は、走り込みを30分間行った後、剣術の訓練をやることになっている。10キタールとまではいかないが、騎士たちと一緒に走り込みをやってみたらどうだい」
「付いていけるかどうか分かりませんが、やってみます」
1日目の野営所は周囲に民家が無い場所なので、朝の訓練は行われなかった。何が起こるか分からないからだ。朝練は明日行うと聞いたので、俺も騎士団に合わせることとした。
「私は夜警には参加しなくてよろしいのですか?」
「夜警は騎士たちが2人ずつ交代で行うから、君はゆっくり休んでもらって構わない、明け方の1の鐘で起きて私のテントの前に集まってくれたらいい」
「分かりました、ではまた明日宜しくお願いします。おやすみなさい」
「では、また明日な」
寝るまでにはまだ早かったので、俺はテントの中で魔道武器の改良作業を行って過ごした。昼間馬車の中でやろうと考えていた魔道ビームライフル等の改良作業だ。
次の日の朝、俺は騎士団と一緒に木刀での剣術訓練に参加した。
「君は本当に、魔道科の生徒なのかい?」
「ええ、そうですが……」
一緒に訓練に参加している騎士さんに驚かれている。
魔道科の生徒は体術の訓練なんてしなくてもいいのに、なんでそんなに剣の扱いに慣れているのかと。
「剣筋がしっかりしていて、無駄が無い。走り込みで分かったけど持久力もあって、毎日鍛えているのがすぐにわかるよ」
「今は魔道学園の魔道科ですが、そこに入る前は冒険者をやっていました。ルナの町の冒険者ギルドに登録していて、一応今のランクはEランクです」
「ふむ、剣術は誰かに教えてもらったのかい?」
「ええ、そこのギルド長に一から教えてもらいました」
「なるほどねー、それだったら納得いくよ。あそこのギルド長ってヴァルターさんだろ?」
「そうですが、なぜ納得いくんですか?」
「知らないのかい? あの人は王宮騎士団の出身で騎士爵持ちなんだぞ」
「ええー、そうだったんですか。どうりでいつもコテンパンにやられた訳だ」
「ハハハハ、コテンパンねぇ、そりゃいい。だから基礎がしっかり出来てるんだな」
そんなこともあって、港町エイヴォンに到着するころには騎士団の皆さんたちとも、打ち解けて話が出来るようになっていた。
「アル君、乗馬はもう慣れたかい?」
「はい、1日目は緊張して乗っていた為か次の日あっちこっちが痛かったんですが、今ではコツが分かってきたのでだいぶ楽に乗れるようになりました」
「それは良かった。さて、今日はこれまでと違ってエイヴォンの宿泊所で一泊する。1人部屋は無理だが、ベッドでゆっくり寝て疲れを取るようにしてくれ」
レオノールさんから、今日は野営じゃなくて宿泊所で泊まることを聞かされた。
「ここを今日の宿泊所とする。食堂は1階にあから、全員で夕食を摂ってから休むように。明日は2の鐘が鳴ったら朝食となる。部屋は3人部屋が4部屋取れたので先に鍵を渡しておこう」
受付で部屋の予約を済ませたレオノールさんが、部屋の責任者に鍵を渡している。3階建ての結構大きな宿屋だ。
「君は俺と副長のリチャードと同室だ。部屋のカギは副長に持ってもらう。私は先にここの領主を訪ねて話をしてくるから、アルフレッド君は副長と一緒に行動をしてくれ」
「分かりました。……あの、今日だけどうして宿泊所なのか聞いてもいいですか?」
部屋に入って3人になったところで、気になったことを聞いてみた。
「ほかの町でもそうしたいんだが、すべての馬を預かってくれる馬舎のある宿泊所はそうそう無くてな」
15頭もの馬と2台の馬車を預かってくれる宿泊所ともなれば、このくらいの規模の宿泊所しかないのだそうだ。だから途中の町では野営だったのか。
「勿論、野営は訓練の一環でもあるのでいつも宿泊所という訳にはいかんけどな」
◇◆◇
次の日、エイヴォンの町の中をジョギングしていると懐かしい潮の香りがしてきた。この世界では海に行ったことが無いのに、潮の香りというのが分かるのだ。
MR装置から流れ込んできた情報というのは、五感の記憶までもが脳に刻まれているということを今一度認識させられた朝だった。
少し行くと、珍しく朝市が開かれているのが目に留まった。今朝上がったばかりの新鮮な魚や多くの干物がメインだが、中には果物や雑貨品、仲には骨董品屋もある様だ。
何気なく見て回っていると、ふとある模様が目に入った。使い古しの魔術師のロッドが骨董品屋に並んでいるのだが、それに描いてある模様がどこかで見た感じがする。
「おじさん、このロッドは売り物ですか?」
「ああこれね、何年か前に船旅の途中で仕入れた物なんだが、こんなもの誰も買ってくれなくてなぁ」
装飾はいいが、かなり古いものだから誰も買わないのだろう。しかしそのロッドが何故か気になった。
「いくらで売ってくれますか?」
「今までずっと売れなかったものだからなぁ……銀貨5枚でいいぞ」
5000円か、吹っ掛けられてる気もするけど、ここは値切らずに買っておきたい気持ちになった。
「ちょっと高い気もするけど、いいや。買います」
俺は財布から銀貨5枚を取り出して、骨董品屋の店主に支払った。
「毎度ありっ」
店主は言い値で売れたのが嬉しそうだ。
宿の朝食には魚料理が並んでいる。夕食もそうだったが、この町は港町だが漁も盛んで魚料理が美味しかった。
(いつかエミーと来たい街だな。魚料理は好きかな)




