第46話 修業旅行からの帰り道
アイアンリッジ迄の往きで馬車の乗り心地が最悪だった為、俺は残った2日を利用して板ばねが作れないかガルッグ親方に相談を持ち掛けた。
この世界の馬車はまだ原始的だ。車軸と荷台は固定されており地面の振動が直接伝わってくる。
乗っている人はクッションや毛布などを下に敷いて対策をするのだが、それでも連日移動する場合はさすがにお尻が痛くなるのだ。
俺は、振動を吸収する原理を親方に説明した。
「両側のこの部分を荷台に固定し、真ん中の厚い部分に車軸を取り付けます。道には凸凹がありますが、高い所では車軸が上へ上がろうとするのでこのようにバネは変形し、また低い所ではこのようにバネが元に戻って次の変形に備えます。これで荷台の位置はある程度一定に保たれるのです」
「ほうほう、そうすると材料の鉄には石炭を多めに入れた方がよいだろうの」
この世界でも剣などに使う鉄材は、純粋な鉄ではなく炭素鋼という鉄の中に炭素が混じった鋼材が使われている。
刃物に使う炭素鋼より少しだけ炭素の含有量を増やすと硬さが増して、バネ特性が得られやすい。
「そうですね、そして焼き入れの温度は剣の焼き入れ温度から少し低めにしてください。前に鍛冶屋のガレットさんという人が言っていました」
「ほう? あんた、ガレットを知っているのかのう?」
「ガレットさんは、ルナの町でいつも俺の魔道具作りに協力してくれていた人ですが、もしかしてお知り合いですか?」
「ガレットはわしの従兄弟さ、あいつはこんな場所で一生を終わるより外の世界を見てみたいっつってなぁ、50年ほど前にここを出て行ったきり帰ってこんのよ。あいつは元気にしとったかのう?」
ドワーフだから似てるのかなと思っていたら、ガルックさんとガレットさんは従兄弟だった。
「ガレットさんは元気ですよ。今でもたまに仕事を頼んでいるんです」
「ほうほう、そりゃよかったわい。で、あいつが焼き入れの温度は低い方がいいって言っとったんだな?」
「はい、今回の板バネの様に元に戻る力を長続きさせるには、低い温度で焼き入れするのがいいと。色は赤くて少し黒っぽい感じの時に水に浸けるんだそうです」
バネの特性は、魔道コンロや魔道ライフルの可動部品で研究済みだ。
「ほうほう、やってみようかのう。そいで、荷台が軽い場合は良いが荷物を多く乗せた時には曲がり過ぎないか?」
「その対策には、補助バネと言って……」
俺は地球の知識が詰め込まれたMRの記憶に従って、重ね板バネの説明をしてゆく。
この板バネは、地球では長期にわたって馬車やトラック、列車などにも利用され、荷台や客車の振動防止に大いに役立ってきたバネなのだ。
「ほうほう、お主は色んな事を良く知っておるのう。この通り作ってみるので2日待ってくれ、ちょうどお主たちが出発するころには出来上がるじゃろうて」
「ありがとうございます。代金は商業ギルドで先に振り込んでおきますから宜しくお願いします」
「ほうほう、それは助かるのぅ」
帰りの馬車の改造には間に合わないが、つぎの魔術科の修業旅行には何とか間に合うだろう。
早速この町の商業ギルドに寄って、板バネ製作代金の支払いを済ませた。
アイアンリッジから王都までの帰路も馬車で6日かかる。
俺たちはガルッグ親方に、皆でこれまでお世話になったお礼を言って馬車に乗った。
ガルッグ親方に頼んだ馬車用の板バネは、馬車5台分の20本すべて出発当日までに完成させてくれた。
俺たちの馬車には今回の課題で製作した自動点灯街灯5台とともに、板バネが載っているのである。
「ねえねえ、これは何に使うの?」
「これは板バネと言ってね、馬車の荷台と車軸の間に取り付けることによって、地面からの振動をだいぶ吸収できると思うんだ」
「それならこの馬車に取り付けてよ! また6日間も馬車で移動だなんて、もううんざりだわよ」
そう言うのはキジーだ。
「無理言うなよ、これを取り付けるには馬車の荷台を改造しなきゃなんないし、それなりの時間がかかるんだよ」
「えー、今すぐ付けて欲しいー」
「改造には3日くらいかかるし、他にも部品が必要だから今回は無理だね」
「えー、アルのケチー」
キアンもリンデも苦笑いをしているが、ケチーって言われようが何と言われようが仕方が無いのだ。
「アルフレッド君、魔術科の修業旅行には間に合うんだろう?」
(ミレーナ先生、魔道科の生徒の前でそれ言っちゃだめですって……間に合うって言えないじゃないですか)
「さあ、どうでしょうね」
「任せておけ、王宮からも依頼をかける」
「魔術科の生徒だけずるいわ」
(ほらね、キジーが拗ねた。って、王宮からの依頼って圧力以外の何物でもないじゃないですか!)
「魔物が出たぞーーー! 全車止まってくれ!」
その時、前方から魔物が出たという叫び声が聞こえてきた。
「大物の魔物あり、後方からの支援を頼む!」
初めての支援要請だ。
「支援要請なので俺も行ってきますね」
「珍しいな、くれぐれも無理はしないように頼むぞ」
アイアンリッジからレアンの町までは、ほぼ森の中の移動だ。
しかしこの辺りは普段イノシシ程度の魔物しか遭遇することはなく、ミレーナ先生はこの場所で大物の出現は珍しいという。
俺はカバンの中に入っている魔道ガンと剣を持って、警戒しながら馬車を降りた。
前方にいたのはバグベアーに似ている魔物のようで確かに大物だ。既に騎士さんが剣や槍を持って対峙しており、バグベアー擬きもこちら側の出方を見ている。
もう少し近くに行ってみよう。
魔道ガンの出力を最大にする。そして、両手を伸ばして構えながら騎士たちの方に近づいていった。
「Eランク冒険者のアルフレッドです、応援します」
「君のことはよく聞いている。そこからあいつの頭を狙う事はできるか? 最初に後方からの攻撃を仕掛けてもらうと助かるんだが」
騎士さんは此方を見ることなく話している。相手から目を離すことが出来ないようだ。
「はい、大丈夫です。俺が後方から先制攻撃をしますので、相手が怯んだ隙に攻撃を仕掛けてください」
「おう、では頼んだ」
「では、いきます」
俺はトリガーに掛けた指を3回引いた。
魔道ガンは魔道ライフルと違いセミオートなので、引いた数だけファイアボール弾が発射される。
発射された弾は3発とも魔物の頭部に命中した。
「よし、行くぞ! ってあれ?」
2足で立ち上がっていたバグベアーもどきは俺に頭を打ちぬかれ、そのまま後方に倒れていって鈍い音をたてた。
「……」
騎士さんたちは、暫く口を開けたままバグベアー擬きを見ていたが、無言のまま俺の方に視線を向けてきた。口はまだ開けたままだ。
「……えっと、倒れちゃいましたね」
申し訳なさげに俺が言うと。
「……一瞬で倒しちまったよ、すげー威力だなぁおい」
再起動した騎士さんがやっと答えてくれたが、この魔物はバグベアーの上位種でデストベアーという魔物だそうだ。
騎士10名でも、討伐には最低でも30分はかかるとの事で、多少のケガも覚悟していたという。
「……あー、君はもういい。あとは俺たち騎士の仕事だ」
さすがにこの大きさは馬車で運べないし、デストベアーの肉は不味いので売り物にならない。
しかし毛皮は高値で売れるため、この場で皮だけ剥いであとは穴を掘って埋めるのだという。
仕方がないので、俺は自分の馬車に戻って待機した。
「ではそのデストベアーを、アルフレッド君一人で倒してしまったというわけか」
「まあ、……そのようです」
「デストベアーというとBランクの魔物だぞ。君の冒険者ランクは本当にEランクなのかい?」
ミレーナ先生は、俺の説明に頭を抱えている。
「はい、そうです」
「あんた、規格外だわねぇ」
「君のその武器は誰でも扱えるのかい?」
キジーは俺の事を規格外って言って考えるのをやめたけれど、キアン君はちゃんと魔道ガンの凄さを理解して聞いているようだ。
「この魔道ガンという武器は、魔道ライフルっていう魔道武器を改良したものなんだけど、騎士団の管理下で俺しか扱う事が許されていない武器なんだ」
「他の人がそれを扱ったらどうなるの?」
「まず動かない。このトリガーという指を当てる部分に指紋を検知する部分があって、俺以外の人がここに指をかけて引いても動かないんだ」
「なるほど、そうなっているのか」
この国で指紋認証は、特殊魔道具でも使われている技術だから驚かれない。
「そして想定外の時に、例えば他国のスパイなんかに盗まれて分解されたとしても、解析が不可能な機能が入っているし、人に向けて撃っても動かないようになっているんだ」
俺以外の人間が解析のために分解しようとすると、スタンの魔法が起動して暫く動けなくなるのだ。
「君たち3人はアルフレッド君から直接話を聞いたわけだが、彼が持っている武器の事はこの国の最高機密だから、他の人間には絶対に喋らないように」
ミレーナ先生が皆に釘を刺す。
(えっ、この武器って国の最高機密だったの? 知らなかった!)
帰りの行程では1日目に大物魔物に遭遇したけれど、その後は何事もなく王都に帰還することができた。




