第45話 アイアンリッジの村
王都からアイアンリッジの村までは、馬車で6日の距離である。
宿場町のリーゼ、森の入り口のレアンという村などを経由して、6日目にやっと目指すところのアイアンリッジに到着する。
馬車は班ごとに1台が割り振られ、生徒4人に引率の教師を含めた5人が、2頭立て6人乗りの幌馬車に乗って移動だ。
御者は、王宮騎士団から護衛を兼ねて、1台の馬車に2名ずつを要請してある。
この国は治安がいいので盗賊が出ることは稀だが、森の中では魔物と遭遇することもあるため騎士団に応援を依頼しているのだ。
ちなみに、魔物に遭遇した場合の戦力の中にはなぜか俺も入っているのだと、2班を引率している魔道科長のミレーナ先生は言う。
「ミレーナ先生、何で先生が引率の教師の中に入ってるんですか?」
(それも、俺が属している2班の引率って……)
「魔道科の教師は4名だから、今回は1名足りなくてな。私が駆り出された訳だ」
昨年までは、1つの班が5名の4班構成だった。
しかし、今年からは班の人数を4名にした5班構成にして、魔道科長も引率に出向くことになったのだという。
(絶対にこの人、自分の希望を無理に通して5班構成にしたよね)
「それは分かりましたが、なんで生徒の俺が戦力のメンバーなんですか?」
来る前にそう告げられて、今回は騎士団の剣が俺に配られている。生徒では俺だけが武装している訳だ。勿論魔道ガンも持参しているけど。
「それはなあ、アルフレッド君。この魔道学園の生徒で冒険者ランク持ちの人間は普通はいないんだが、君はその歳でEランクだったわけだ。まあ、普段の魔物であれば騎士団の方で片付けるから、よっぽどのことがない限り君の出番はないだろうがな」
ルナの町でのスタンピードを抑えた張本人であることはミレーナ先生も知っているだろうし、仕方がない。
(でも、『普段の魔物であれば』とか、フラグめいた事は言わないで欲しいよねぇ?)
「そうですね……。出番が無いことを祈っています」
王都からレアンの村までは何事もなく進んで行けたが、レアンからアイアンリッジまでは殆どが森の中の道なので、いくつかの魔物に遭遇する。
「ミレーナ先生、このレッドボアたちはいったいどうするんですか?」
「どうするって、学園からのお土産と一緒にアイアンリッジのみんなに渡すにきまっているだろう」
そうなのだ、俺たちが乗っている馬車には数多くの酒樽も乗っている。
毎年アイアンリッジという村には、魔道学園から修業旅行と称して20名ほどの生徒が訪れる。そして、村人に協力を乞うて魔道具の製作に勤しむのだ。
いろいろと世話になる代わりに、毎年の恒例により王都から酒を運んでお土産として渡すのだという。アイアンリッジはドワーフ族の村だから依頼料よりもお酒を渡したほうが請けがいいのらしい。
「ボアの肉は美味いから、串焼きや燻製にして酒のつまみにしているのさ」
騎士団の皆さんが倒してくれたレッドボアは、その場で血抜きをして内臓を取り除き、それぞれの馬車に搭載している。
6日目の夕方には無事にアイアンリッジに到着した。
ここは、いたるところに煙が立ち上っている。
平屋建ての工房らしい建物が、なだらかな坂の途中にいくつも点在し、工房の屋根にそびえ立つ煙突からは青白い煙が上っている。
「お尻が痛いーーー!」
キジーが恥じらいもなく、お尻を摩っている。この国の馬車はまだサスペンションが進んでいない。バネは搭載しておらず、道路の凸凹もあって非常に乗り心地が悪いのだ。
(これは何とかしたいな)
「1班から5班までの生徒は、それぞれの班ごとに別々の親方の家で1週間過ごしてもらう。その間に自分たちが考えた魔道具を完成させることになる」
ミレーナ先生によると、班ごとに5軒の魔道具工房に寝泊まりさせてもらいながら、必要な部品を加工工房に依頼するなどして1つの魔道具を作り上げるのだ。
「この町には色んな金属加工の工房やガラス工房などがあるので、どこの工房にどのような作業を依頼するのかはそれぞれの親方に相談して決めてくれ」
俺たち2班はガルッグ親方にお世話になることが決まっていて、アイアンリッジの町の中腹にある工房に向かう。
「ほうほう、お前たちが2班の生徒っこか、わしはお前たち2班を受け持つことになったガルッグだ。よろしくのう」
気さくな感じのドワーフの親方だ。ルナの町のガレットさんにどこか雰囲気が似ている感じもする。
「2班の班長をしているアルフレッドです。宜しくお願いします。隣がキアン、その隣がキジー、一番向こうがリンデ。この4人で初の魔道具の開発に挑戦しますので宜しくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
「ほうほう、礼儀正しくて良いのう、そんでお前たちはどんな魔道具を作ろうとしておるのかのう?」
早速魔道具の話になったので、あらかじめ作成してきた街灯の魔道具の図面を開いてガルッグ親方に見せた。
「ほうほう、街灯の魔道具は既にあるが、暗くなると自動的に明かりが灯るっていうのは良いのう。で、どのようにして光を検知するかのう」
「カドミウムという金属と硫黄を混ぜると光の量で特性が変わることが分かっています。今回は、それを利用しようと思います」
地球からの知識では、CdSセルと言われる光センサーが街灯に使われることが多い。同じ元素金属があるのならば、この世界でも光センサーを作ることが可能ではないかと事前に調べておいたのだ。
「ほうほう、そうなんか? それが出来れば他のいろんなものに利用ができそうだのう」
親方によれば、カドミウムを含んだ鉱石と硫黄は少量ではあるが在庫があるという。
そうしたら後はカドミウムを酸化還元して純粋なカドミウムを抽出する作業と、硫黄を含ませた薄い膜を蒸着という方法で精製して魔道回路を組み込めばセンサー部分は完成する。
しかし、センサー部分の製造には結果的に3日間もかかってしまった。
MR装置を使って硫化カドミウムを直接精製すれば短時間で出来るけれど、グループでの作業だからここは原始的な方法でやるしかなかったのだ。
「アルフレッド君は凄いね。いろんなことを良く知ってるしさぁ」
キアン君が不思議そうに聞いてくる。勿論地球の知識だとは言えないから適当に誤魔化す。
「魔道学園の図書館で調べたんだよ。今回のように、光を検出するヒントになるような情報が調べているうちに見つかったんだ」
「あんたよく図書館に行って調べものしてるわよね。私なんか自慢じゃないけど、図書館なんて学園に入ってから一度も入ったことないわよ」
「キジー、それ自慢するようなことじゃないよ」
(キアン君からもツッコミを入れられているよ)
「だから、自慢じゃないって言ってるでしょ!」
(ああ……キアン君、ど突かれちゃったよ)
「あ、あの、アルフレッドさん? 光に合わせて光の魔道具を点けたり消したりするのは、魔法陣の中に記述するっていう方法でいいんですよね?」
「そうだねリンデ、温熱魔道具と同様にして温度検知部を光検知部に変更、そして加熱魔道線を発光魔道具にして検出タイミングを1ミーツ程度まで遅くすればできると思う。リンデがやってみる? ……あと今更だけど、俺の事はアルって呼んでね」
「あ、ごめんなさい、なんかアルさんって年上のような感じに思えてしまって」
(リンデさんも、けっこう鋭い子です)
「いやいや、同級生だから。同い年だから」
「そうですよね ……ハハハ、ごめんなさい」
(いえ、謝らなくてもいいんだけど)
しかしこのリンデさんは魔法陣のことをよく勉強しているようで、制御部分の魔法陣はわずか1日で書き上げてきた。
「どれどれ、確認してみるよ」
俺はこっそりMR装置の解析機能をONにする。すると、リンデさんの魔法陣はほぼ完璧だった。
「多分、これで大丈夫だと思うよ。あとは、キアンとキジーで作った本体部分と組み合わせれば完成かな」
「私もガラス工房に行って、この板ガラス作ってきたのよ! まあまあの出来でしょ?」
「うん、よくできてるよ。特にここの模様なんか奇麗だね」
「うっ、そこは失敗した所よ!」
「わざと模様を入れているのかと思ったよ。奇麗だからいいんじゃない?」
「……アルのイジワル」
こうして、暗くなったら自動で点灯、朝方に明るくなったら自動で消灯する魔道街灯が完成した。
地球では当たり前の動作だと思っている街灯の自動点灯だが、この国では現在も誰かが夕方と朝方に、1つ1つの街灯で点灯と消灯の操作を繰り返している。
これからは狭い路地でも手間いらずの街灯が設置され、危険や犯罪の防止に貢献してくれる事だろう。




