第42話 魚釣り勝負のあとで
「じゃあ、お弁当広げるわね」
「こんなところで昼食なんて、気持ちいいですわね」
「ああ、天気もいいからな……って、何だか凄い量だね、このお弁当!」
ラズさんが持って来てた大きな包みを開いて、幾重にも重ねてあるお弁当を手際よく並べて行くと、エド君が目を丸くした。
お弁当の範疇を超えているよね、これ。こんな料理、どこで作ったのさ。まるで一流レストランのコース料理じゃないか。
「これ、ラズさんが作ったの?」
「いえ、私は運んだだけですので」
ラズさんが作ったのではなさそうだ。
「フフフ、今日のお料理は、エミーとミラと私の三人で王宮の厨房を借りて作りましたのよ」
「私たち、初めて王宮に行ったわよ」
「エミー、ビビってた」
今日の弁当を作るためだけに、三人で朝から王宮に行って作ったのだそうだ。しかし、三人でというのはどうも盛ってるっぽい。コック長にもだいぶお世話になっているのではないか?
「すごいねー君たち、こっちの料理も自分たちで作ったのかい?」
「えーっとそれはですわね、料理長にもちょっとだけ手伝ってもらいまして……も、盛り付けは私たちでやりましたのよ!」
エド君、それ以上は聞くのはやめろ、本音が見え始めているじゃないか。
「どれも美味しいな。この卵料理なんか最高じゃん」
「あ、それ私が作ったの!」
「これエミーが作ったの? エミーの手料理なんて孤児院にいるとき以来食べてないけど、随分と料理が上手くなったんだね」
「……うん」
「エミーはいつも頑張ってる。アルに褒めてもらうために」
「?!」
(ちょっと、エミーさん? ボコボコ叩くのやめてください。痛いんですけど)
「仲がよろしいんですのね」
「きょ、姉弟……だからね」
「あらー? 姉弟でしたのね。私ったら錯覚してましたわ、まるで恋人同士みたいだったから、ウフフ」
◇
午後からはエド君が用意した釣り竿で、魚釣りをすることにした。
「誰がいちばん大きいのを釣るか、競争しますわよ」
「一番になった人のご褒美はどうする?」
「そうですわね。一番になった人は、ビリの人に何か一つ命令できて、ビリの人はその命令を必ず実行しなければならないっていうのはどうかしら」
「よし、それでいこう。僕は小さいころより、近くの海でよく魚釣りをしていたから誰にも負ける気がしないぞ」
(ちょっと待て、俺は魚釣りなんてしたこと無いんだぞ)
「終了の合図を決めとかないか?」
「そうですわね、終了の合図は午後2時の鐘という事で如何でしょう?」
「それでいい」
「いきますわよ! スタート」
(だから、ちょっと待てって言ってるじゃないか)
俺の心の声は誰にも伝わらず、メグの一言で魚釣り大会が始まった。
「ミラさん、ミミズって触れますの?」
「うん、こうやればいい。うりゃ」
「わ、私はダメですわ。ミラさん、私のも付けてくださらないかしら」
「わかった。うりゃ」
さすが女王様、ミミズが触れないのに競争する気満々でいたのか。メグのエサはミラが付けてくれるようだが、こんなところもメグはお嬢様なんだよな。
「アル君、実は私もダメなんだけど……」
ここにもお嬢様がいた。
「ハイハイ、ミミズね。わかりましたよ……うりゃっ」
そういう訳で、二人づつに分かれて三か所で釣りを始めた。ラズさんはエド君と一緒だ。
「ねえ、アル君」
「なに?」
「……アル君って、何だか変わったよね。いろんなことを良く知ってるし、落ち着いたっていうか、大人っぽくなったっていうかさぁ。背が高くなったってのもあるかもしれないけど」
それは多分、月見里という人の脳の情報が影響しているからだ。でも、言えない。
「孤児院を出る時からすると、五つも歳をとったしね。そりゃ変わるよ」
「でも、でも私は変わってないよ」
「自分では気付かないだけさ。エミーだって、あの頃からすると大人っぽくなったし、すごく奇麗になったよ」
「も、もう! アル君のそんなところが反則だよ!」
エミーが俺の腕をつねる。
「痛い痛い、エミー! 浮きをよく見て。引いてるよ」
「あ、ほんとだ」
ほんと痛かったが、魚に助けられた。
「もう少し待って……もう少し……いまだ!」
「えい!」
結構大きい魚が釣れた。エミーは大喜びだ。
メジャーなどは持って来ていないから、川岸に生えている葦の枝を魚の長さに合わせてカットした。
魚はキャッチアンドリリースだ。
「ねえ、また付けて?」
(ハイハイ、ミミズですね)
「……うりゃ、はいどうぞ」
「ありがとー」
向こうの方ではエド君が何匹も釣っているようだ。彼の目には魚が見えているに違いない。
「みんな1匹は釣ってるよね?」
「アル君以外はね。ってことは、アル君が今のところビリだね」
「何でおれだけ釣れないんだー?」
思わず頭を抱え込んでしまう。
「早く1匹目を釣らなきゃ、アル君ビリ確定だよ、フフフ」
そして鳴りました、午後2時を告げる五の鐘。俺のビリ確定の瞬間だ。
「終わりーーー!」
向こうから、エド君がラズさんと共に走ってくる。
「みんな何匹釣ったかなー?」
「わたくし1匹しか釣れませんでしたわ」
「私も1匹よ」
「私は3匹」
「私はエドワードさんの指導が良くて、三匹釣れました」
「僕は7匹釣ったよ、アル君は?」
聞かないで!
「お、俺は……釣れなかった」
「「ぷっ」」
(誰、いま小さく噴き出したやつ)
「アハハハ、アル君やっぱりビリ確定だね」
「はいはい、皆さまのご命令は、ビリのわたくしめが一手に引き受けます」
「とりあえず命令を聞くのはアルさんに決まりですわね。で、誰が命令することになりますのかしら」
みんな後ろに隠していた、葦の枝を一緒に前に差し出した。
「えーっと、最も長いのは……」
「私とエミーの勝負」
エミーとミラは、自分が持っている一番長い葦の枝を差し出した。
「うーん、ほぼ同じ長さだけど、エミーさんの方が少しだけ長いね」
「うん、エミーが長い」
「やったー! 私が一番だー」
無邪気に喜ぶエミー、俺への命令は考えているのか?
「では、エミーさんがアルさんに何か一つ、命令をすることができますわね。何をご命令されるのかしら?」
「えーっと、何でもいいんだよね」
逆立ちしても出来ないことは、勘弁してくれ。
「決まったわ。じゃあ、アル君に命令。この世で一番大切だって思ってる人の名前を答えなさい!」
「ああ、それだったらエミー、お前だよ」
この前から思っていたことを、即答してしまった。
「なっ」
「アハハハハハ、エミーさんったら」
「エミー、分かりきったこと命令してる」
「えっ?」
真正直に答えた俺の方が恥ずかしいぞ。
「えっ、えっ?」
「エミーさん、あなたとアルさんのことはだいぶ前からみんな知ってますのよ」
「で、でも、私たちは姉弟だから……」
「わたくしも以前はそう思ってたのですが、ミラさんが教えてくれましたもの」
「あたしはずっと前から知ってた。姉弟の色じゃない」
ミラがまた、色の話を出した。髪の色じゃないよね?
「ミラ、お前は俺たちの色が違うって前にも言ってたけど、何の色なんだ?」
ミラには何が見えているのか、とても気になった。
「アルは紫、エミーは赤っぽい黄色。……体の周りに、色が見える」
(何それ、オーラが見えてるってこと?)
「ミラさんはすごいですのね、私たち王族にも稀に魂の色が見える方がおりますのよ」
魂の色?
「ねえ、ミラちゃん。僕の色って見えるのかい?」
「エドは青」
「青かあ、海の色だね」
「あの、私は何色でしょうか?」
「ラズは黄色」
みんな色が違っている。
「わたくしは前に、おじいさまに色を見てもらった事があるのだけど、ミラさんが見えている色と同じかしら?」
「メグは赤」
「同じですわ! おじいさまも赤っておっしゃってましたのよ」
見る人が変わっても、見える色は同じ。何か秘密がありそうだ。
「不思議だな、ミラが見えている色って、いったい何なんだろう」
「私にもよく分からない。魂の色?」
結局、エミーの恥ずかしい命令のその後の展開は、ミラが見えているという色の話で有耶無耶になっていった。
今思えば、みんなからエミーへの思いやりだったのかもしれない。
帰り道。
魔道台車を押す手には、石たちの重みが伝わってきた。――次は、魔石を「充電」できるかどうかだ。




