第25話 王都召喚
ギルドの1階は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
床に残る乾ききらない足跡と、微かに漂う血と酒の混じった匂いが、今日一日の出来事を物語っている。
そんな1階の片隅には、見知った顔ぶれだけがあった。
リアナさん、ノエルさん、ミレーヌさんの三人が一つのテーブルに座っていた。他の冒険者たちは誰もいなくなっている。皆、祝勝会に散らばってしまった後なのだろう。
階段を途中まで下りると、リアナさんが気付いてこちらに駆け寄ってきた。
「アルくーん、領主様に呼ばれてたんだってねぇー。大丈夫だったー?」
「はい、やっと解放されました」
「でも凄かったねー。私、遠くからずっとアル君を見てたけど、あれだけ沢山の魔物を一瞬で殲滅しちゃうんだもん。もーびっくりだわよー」
はい、私もさっきから抱きつかれてびっくりです。
(この場合、手はどうすればいいの? というかノエルさんとミレーヌさん? 生温かい目で見守らずに助けてください)
「あれは領主様からそう説明するよう言われているんですよ。王宮の指示で作られた試作品なんだそうです」
ミレーヌさんが反応する。
「ふーん、王宮の指示ねぇ……」
(あ、ジト目。このお姉さん、やっぱり勘が鋭い)
「そんなこと、どうでもいいでしょ! アル君、祝勝会行こう! 今からでも、どっか空いてると思うから! ノエルちゃんとミレーヌちゃんも行こうよ!」
「いいわよー、今日はいろいろあったからねー」
「そうと決まったら、あそこ行こぅ? あそこ」
ノエルさんもミレーヌさんもノリノリだ。こりゃ、断る訳にはいかない。
魔法の花園亭。
孤児院の近くにあるから俺も知っている。女性冒険者しか入らないという居酒屋さんだ。
色とりどりの髪飾りと軽装の革鎧、壁際に掛けられた細身の武器。
店内は、明らかに女性冒険者向けの空気で満ちていた。
中に入ったのは初めてだが、見渡すとやはり女性客ばかりだった。俺だけが場違いな感じで、なんとも肩身が狭い。
「アル君何飲む~? もうお酒飲めるんでしょう? 12歳だよねぇ」
この世界では、12歳からお酒が飲める。
俺は、ワインを水で割ったものを注文する事にした。この体がお酒に強いか弱いか、まったく分からない。今回は、どうなるか試しだ。
「じゃ、じゃあワインの水割りで」
「私もそれにするわー」
ノエルさんも同じものだ。
「ノエルはそれ多いよね、私は冷えたエールがいいー」
「私もエールね、じゃあ頼むわよー」
この三人は、ここの常連さんの様で、迷宮探索の話から、スタンピードの話まで、結構盛り上がった。
あの後、倒した魔物の魔石は、全ての冒険者が協力して取り出した。冒険者ギルドで集計したのち、参加した冒険者全員に報奨金が支払われたのだ。
今回の魔物の数はとにかく多く、その分多くの報奨金となった――今日は皆、懐が暖かいのだ。
◇
「アルくーん、わらしはね、わかってんらよ」
さっきからリアナさんが絡んでくるので、対応に困っている。
「ほんとうは、アル君がでーんぶやったんらよねぇー。れも、おねえさんアル君のみかたらから、らまっててあげるよー」
「こらこら、リアー、あんまりアル君に絡むんじゃないよー」
リアナさんがここまで酔っぱらうことは、あまりないらしい。
「アル君の初めての迷宮探索に同行出来て、リアも楽しかったんだと思うのー。でもね、一番活躍したのがアル君なのに、アル君の評価が低すぎるんじゃないかって気に入らないらしいのよねー」
(それは仕方ない。秘密が多いからな)
「アル君はまだ奉公の身分だから、早めに帰らないといけないでしょ。リアは私たちが何とかするから大丈夫だよ」
俺はリアナさんを二人にお願いして、先に店を出ることにした。食事代を出そうとしたが、二人からは「迷宮デビューのお祝いだよ」って断られた。
「おやすみのキッスは? ねえ、おやすみのキッスしよ!」
リアナさんが迫ってくるが、完全に目が座っている。明日になれば忘れているだろう。
マルコさんの魔道具屋に戻ると、みんなが温かく迎えてくれた。
「お兄ちゃん、今日は大活躍だったんだってね!」
俺が帰る前に、ガレットさんが来て、今日の俺の活躍について話をしてくれたらしい。祝勝会に呼ばれると思うから、遅くなっても叱らないで欲しいと念を押されたそうだ。ありがたい。
その後、ルナ迷宮は暫くの間の閉鎖が決まった。迷宮の調査が必要だからだ。
◇
そして10日後、俺は冒険者ギルド長より呼び出しを受けた。
マルコさんも同行して欲しいとの事だったので、一緒に冒険者ギルドに向かう。
「急に呼び出してすまん」
ギルド長は一度、言葉を切った。
「実はな……アルフレッドに、国王陛下からの召喚状が届いたのだ」
とうとう、王様から呼び出しを食らってしまった。
学校の先生からの呼び出しとは格が違う。なぜなら、命がかかっているのだ。
(ほら、隣のマルコさんなんか目を丸くして固まっているじゃないか)
「王都へ行くことになるのですね?」
「そうだ。君はまだ成人の儀を終えていないから、親代わりとなるマルコ君と一緒に行くこととなる」
「アル君、君はいったい……何をしたんだい?」
マルコさんの動きはぎこちなく、顔色が少し青い。
「ああ、実はな……」
ギルド長からこれまでの事情がマルコさんに説明された。
「……」
マルコさんはコメカミに指をあてて考え込んでいる。いや、落ち込んでいる様にも見える。
「マルコ君、心配はいらないと思うぞ。王宮に同行するのはルノザールの領主で俺の教え子だ。彼は、このアルフレッド君を気に入っていてな、悪いようにはしないはずだ」
「そ、そうですか……」
マルコさんの動きが、やっと正常になった。
その後ギルド長から、これからの事について話があった。
できれば2~3日ほどの間に準備を済ませ、王都に発ってほしいとのこと。国王陛下をあまり待たせるのは良くないらしい。
王都に発つ前には、領主館へいつ発つのかを連絡しなければならない。これは冒険者ギルドから連絡をするとのこと。
そして王都に到着すれば、ルノザール伯爵邸を訪ね、国王に面会するまでの間、別途王都に向かう領主様の指示を受けて行動してほしいとのことだ。
◇
王都へ旅立つ日がやってきた。
「お兄ちゃんたち、いつごろ帰ってくるの?」
(そこは、「お父さんたち」って言ってあげようよティナちゃん)
「王都までは馬車で4日かかる。その往復の8日と、それに謁見の日の調整に4日ほどの余裕をみると、だいたい2週間後くらいかな」
マルコさんは淡々と答えているが、どこか悲しそうだ。
王都までの距離は、約250キタール(250km)。途中、リーゼという宿場町で一泊するが、他の二日は野営をするらしい。
「おみやげ買って来てねー」
リサちゃんは、「お兄ちゃん」って付けなかった分、お父さん的には点数アップだ。
いや待てよ、これは両方におみやげを強請っているのか?
そうだとすると、妹のリサちゃんの方が強かだ。
「おみやげ買ってくるからねー」
しかし、マルコさんは嬉しそうだ。
ルナの町から王都への定期馬車は運行されていない。なので、王都へ向かう定期馬車はルノザールから乗ることになる。
ルナの町からルノザールまでは、短距離の定期馬車が2時間ごとに出ている。俺たちは、6時の始発でルノザールの乗り継ぎ所まで移動することにした。
「気を付けて、行ってらっしゃい」
「「行ってらっしゃいー!」」
マルコさんの家族の見送りを受けて、俺たちは王都を目指して出発した。
朝の空気はまだ冷たく、街道の先は白く霞んでいた。
この道の先に、俺の知らない世界が待っていると思うと、自然に胸が高鳴った。




