第26話 王都へ
ルノザールでの馬車の乗り継ぎや、途中のリーゼでの宿泊と野営などは意外とスムーズだった。
費用は前もって領主館から商業ギルドを通じて支払われていたし、宿泊所の予約までしてあったのだ。野営についても定期馬車に専任者が2人いるおかげで、何の問題もなく俺たちは王都に着いた。
途中で盗賊に襲われるとか、貴族のご令嬢を助けるとかのイベントも起きなかった。この国は比較的豊かで、盗賊も殆ど出ないのである。
◇
馬車を降りた瞬間、空気が違うと感じた。
道幅は広く、石畳はよく整えられ、人の流れも多い。
地方都市とは比べものにならない規模――ここが、この国の中心なのだと嫌でも分かる。
「多分、王宮の近くに貴族街があったはずなんだ」
マルコさんは、王都を訪れたことがあるらしい。魔道具師になる為には王都の魔道学園で学ばなければならないし、今でも魔道具屋の用事で時々来ているとのことだ。
しかし、貴族との関りはなく、ルノザール伯爵邸の場所はよく分からないらしい。
「確か、こっちの方だと思うよ」
定期馬車の停車所は王都内に数か所あって、降りる場所を指定できる。マルコさんは王宮前の停車所を指定して降ろしてもらった。そして、貴族街を目指して歩いているところだ。
少し歩くと、いくつもの豪邸が立ち並ぶ場所へと出た。豪邸と豪邸との間には木が植えられているし、垣根もあって仕切られている。マルコさんは手前の邸宅の門番の方へ歩いて行った。どうやら道を尋ねるようだ。
「ルノザール伯爵邸を探しているのですが、何処かご存じでしょうか?」
王都での領主様の呼び方は、“ルノザール伯爵様”だ。
「ああ、それなら隣の邸宅だな」
「ああ、よかった。ありがとうございました」
到着した邸宅は、これまで見てきたどの貴族の館よりも庭が広く、建物も一段と豪華だった。
「ルナの町から来ました、魔道具師のマルコと申します。こっちは奉公人のアルフレッド。ルノザール伯爵様の命を受けて、本日王都に到着いたしました」
「伯爵様から聞いている。ギルドカードを見せてくれ」
門番は、ギルドカードを受け取って本人確認をしている。ちなみに俺は冒険者ギルドカードを手渡した。
「二人とも確認が取れた。入ってよいが、剣はこちらで預からせてもらう」
前にも思ったが、この国は結構警備がしっかりしている。俺も一応は冒険者である。ここまでは剣を身に着けて来たが、館の中では武器は携帯できない。俺は両手剣を門番の一人に手渡した。
「メイドが迎えに来るので、ここで少し待つように」
そう言って門番は、魔道具らしき装置のレバーを操作している。
「あれは、通信の魔道具と言って、こちらで操作した内容が館の方に伝わる仕組みだね。数種類の内容を伝えることができる、特殊魔道具の一つだよ」
マルコさんが説明する。
なるほど、簡単なモールス信号の様な物か。そういえば、ルナ迷宮にもそんなのがあった。
暫くすると、館の方からメイドさんが一人、小走りで駆けてきた。庭が広いので大変そうだ。
「ハアハア、マルコさんとアルフレッドさんですね。伯爵様から承っております」
「お世話になります、マルコです」
「アルフレッドです、宜しくお願いします」
「私はメイドのクララと申します。ご案内いたしますね」
メイドさんは、帰りはゆっくりと前を歩いている。と思っていたら、急に立ち止まった。
「ああっ、忘れていました! お、お荷物お持ちします!」
「いえいえ、いいですよ。女性に荷物を持たせたんじゃ男が廃ります」
「……恐れ入ります」
本当は、台車を持ってくる予定だったのが、急いだあまりに忘れて出てしまったのだとか。
(クララさんって、ドジっ子ちゃんなのかな?)
本人は必死に取り繕っているが、耳が真っ赤になっている。
◇
次の日、伯爵様がこの王都の館に到着した。俺たちが1日早く着いた形だ。
執務室に呼び出された俺たちは、今後の予定について聞かされていた。
「本日王宮に使いを出したから、今日か明日のうちに謁見の日時が決められ、こちらに連絡が来るはずだ。それまではこの館で待機して欲しい」
王都到着の連絡は、執事さんがしたらしい。
「謁見には私も同行するが、例の武器を国王陛下に献上することにしたい。武器は別便で王宮騎士団宛に送らせているから、もう到着しているはずだ」
例の武器とは、魔道ビームライフルのことだ。
「あの、謁見時の礼儀作法や服装には、何か決まり事があるのでしょうか」
気になることを聞いてみた。
「まあ、そうだな。一般庶民の場合、服装は気にせずとも良いのだ。作法については最低限の決まり事があるから、そこはメイドに教えるよう言っておこう」
クララさんが教えてくれるのか。大丈夫かな?
「ああ、それから。武器を献上した後に、陛下は間違いなく試し撃ちを所望されるはずだ。王宮騎士団の中から選ばれた者が試し撃ちを行う事になるが、その者には事前に撃ち方というか、使い方を教えておいて欲しいんだ。流石に陛下の前で、初見の者に武器を使用させる事は出来ないのでね」
「わかりました」
謁見の間での作法について教えてくれたのは、クララさんじゃなかった。年配のメイドさんで作法についても詳しい人のようだ。
庶民の謁見では、おかしくない服なら正装でなくてもよいこと、時間は必ず守ること。膝まづいて頭を下げて挨拶すること、陛下や重臣からのお言葉には顔を上げて簡潔に答えること。
これらを最低限知っておけば良いのだと教えてくれた。
知識の中にある、地球の古き貴族時代の作法とあまり変わらないが、服装はラフでもいいようだ。
謁見の日時は、王都に到着した4日後の午後2時と決まった。マルコさんは日に日に顔色が悪くなっているけれど、大丈夫だろうか?
「だって、この国の国王様だぞ、これを緊張しないでいられる君の方がおかしいよ。君の心臓はどうなっているんだよ」
いつもの、軽快なマルコさんはどこへ行ったのだろう。
◇
謁見の日の前日、俺はルノザール伯爵様に連れられて王宮内に入った。正確には王宮騎士団の訓練場だ。
訓練場への入り口は、正門ではなく裏口といった感じだ。ここでは伯爵様は顔パスだった。門番の人たちが直立不動で敬礼する前を、俺は伯爵様の後から申し訳なく付いて行く。
「彼が試し撃ちを行う予定の、騎士団長のレオノールだ」
「騎士団長を務めている、レオノール・ヴァレンティーノだ。今日はよろしく」
「アルフレッドです。宜しくお願いします」
「聞いてはいたが、こんな幼い子だったのですか……」
レオノール団長は、俺のことを訝し気に見ているが、気にしないでおこう。
ここの訓練場は広い。ドーム球場1個分ほどあるだろうか。
いつもは騎士たちが訓練に使っているのだそうだが、今日は十人ほどの騎士が集まっているのみだ。
百mと2百mほどの距離にそれぞれ、直径1mほどの丸い標的が横一列に20個ずつ用意されている。
「準備は出来ているから、早速使い方を教えて欲しい」
俺は、魔道ビームライフルの持ち方や操作方法、ビームの到達距離、マガジン一つでの使用持続時間などを説明した。
「分かった。狙い通りにいくのかどうか、後はやってみなければ分からないな」
騎士団長が、線が引かれた位置まで進んで構えをとる。
そして、「ブーン」という低い電気音が空気を震わせると、次の瞬間――標的が次々と弾け飛び、一瞬遅れて破砕音と土煙が訓練場に広がった。
騎士団長の表情から余裕が消えた。
騎士たちの息を呑む気配が、遅れて背中に刺さる。
「うーむ……聞いていた以上だな」
騎士団長さんは、満足そうに頷きながら戻って来た。
標的の後ろの石壁にも、多数のひびが入ったり砕けたりしている所が有るが……気にしない、気にしない。
「これなら、きっと陛下は満足されるであろう。君は明日の謁見に備えなさい」
そう言って、騎士団長さんは部下に何やら指示を出し始める。
明日の謁見の後に、陛下が試し撃ちを所望された場合の準備が始まっていた。




