第211話 恩送りの言葉2
俺はエバたちと共に、自宅にいる両親を訪ねた。
「オルフェンさん、エバさんの目の調査にご協力をくださって、誠に有難うございました。おかげで、エバさんの目の奥にある特殊な魔法陣によって、普通の人にはない能力が発現していることが分かったんです。今後はその魔法陣を、人々の幸せのために使わせて頂くことができると思います」
「娘の目が……人々のお役に立てるのなら良かったです」
娘さんの目を調べた成果は、平和的に利用するつもりだと強調しておく。決して個人的な興味本位だけで調べた訳ではないのだから。
薬草の瓶が棚に並ぶ部屋で両親にお礼を言った後、俺はここを訪ねた真の目的を明かす。
「それで、調査を行って分かった事なのですが、エバさんの目は見えるようになると思います」
「な、今何と?」
俺の言葉が信じられない様子で、オルフェンさんが聞き返した。
「生まれた後に失明した彼女の目は、ここにいる魔術師――ミラのエクストラヒールという魔法で治る可能性が高いのです」
「エクストラ……私が何年も探し続けたエクストラヒールの魔法。――そしてその魔法を紡ぎ出すという伝説の魔術師が……あなた様」
「あたしが伝説の魔術師」
小さくサムズアップしている姿は微笑ましいが、それだと軽すぎないか?
「お金は何とかします! 娘の目が治るというのなら是非治してください。お願いします!」
「対価はすでにいただきましたよ、オルフェンさん。彼女の目の調査によって分かった事が、人々の役に立つと私は言いました。もうそれだけで十分に対価となっているんです」
「娘の目が役に立つ……それは有難いのですが、でも本当にそれで……」
エバが父親の手を取って何かを言おうとしている。
「私、知ってるよお父さん。私の目を治すために……随分苦労して薬草を探したり、魔術師を訪ねて回ったりしてたんだよね」
「ごめんよエバ。お前が熱を出した時に、お父さんがすぐに助けられなくて」
「あなたは頑張ったじゃないですか」
「そうだよ。だから私はその時に死ななかったし、今まで生きてこられたの」
熱を下げたのは父親の探してきた薬草のおかげだという。それが無かったら、エバは助からなかったのだそうだ。
心温まる親子の会話が身に染みてくる。
しかし、俺は「可能性が高い」としか言っていない。これ以上期待されてしまうと、もし失敗した場合、落胆が大きくなってしまいかねない。
心配になってミラの表情を確認するが、どうやら彼女は自信があるようだ。
「ではご両親も、エバさんの目の治療に同意していただけますか?」
「「はい!」」
では、治療を始めようか。
「では、エバはこっち来てくれるかな」
「……はい」
神妙な顔つきになったエバが、期待を滲ませながらゆっくり歩いてくる。
「ここに座って。目を閉じて」
「はい」
ふと彼女の後ろを見ると、両親も祈るように手を組み、固唾を呑んで見守っている。
「じゃあミラ、お願い」
ミラがエバの頭を挟むように、左右から手をかざした。
「深淵からの生命の源よ、その再生の力をもって失われし全てのものを甦らせよ エクストラヒール!」
エクストラヒールの通常詠唱によって、エバの頭を挟む両方の手のひらに、水色と黄緑色の二重の魔法陣が出現し、ゆっくりと回転を始めた。
「おお……これがエクストラヒール!」
「凄いわ! 生きているうちにエクストラヒールが見られるなんて」
「色が奇麗ですわね!」
「魔力の流れが交差しているのじゃ」
「これでエバの目が……」
それぞれに言葉は違うが、皆が驚きと期待に包まれている。ミラは無表情に見えるが、俺には彼女の真剣さが分かった。
エクストラヒールは、完全な組織の再生のために少しの時間を要する。俺の左手が生え変わって元通りになるまでには、20秒ほどかかったのだ。
皆が見守るなかで、ミラの両手から静かに魔法陣が消えた。
「終わった」
表情を変えず、ミラが短く言葉を発した。それを合図に、皆が息を呑む。
「エバ、ゆっくり目を開けてみて」
ミラがエバにゆっくりと目を開けるように促す。エバは少しだけ躊躇したが、ゆっくりと瞼を動かし始めた。
最初は眩しそうな表情をしていたが、数秒の後に驚いたような表情に変わる。
「あっ……? 見えます! ミラさんのお顔!」
視力が戻ったことを示すように、エバの視線はしっかりとミラの顔に向けられている。エクストラヒールをかける前までは、エバの視線は、ミラよりもずっと後方へ向けられていたのだ。
そしてエバは急に思い立ったように、後ろにいる両親を振り返った。
「お父さん! お母さん!」
「見えるのかい?!」
「見えるのね!」
そう、真っ先に見たかったのは両親の顔だったはずだ。
「見えるわ! お父さん、お母さん! 私、目が見えるようになってる!」
「エバ!」
「良かった!」
3人は静かに抱き合うと、ひとしきり喜びをかみしめていた。
そして、両親は俺たちの方を向いた。
「ミラさん、そしてアルフレッドさん。娘の目を治療してくださって、本当にありがとうございました。あなた方のおかげで私の長年の願いが……やっと叶いました」
父親のオルフェンさんは手で涙をぬぐいながら、喜びを噛みしめている。
「目を解析したのはアル。お礼はアル」
「いや、エクストラヒールはミラがやったんだから」
俺たちは互いに相手の功績だと言い合う形になった。
実は俺も、エミーのエクストラヒールを解析して俺用の魔道ロッドに組み込んでいるが、ちゃんと成功するのかどうか、正直分からない。こればかりは簡単に試せないのだ。
「ミラさんは、どうやってエクストラヒールをマスターされたんですか?」
そう聞くセラさんは、魔術師だがヒール魔法があまり得意ではないらしい。
「エミーの叔父さんに教えてもらった」
「エミーさんというのは?」
「エミーさんはアルさんの第1夫人なのです。ちなみに、わたくしは第2夫人ですのよ」
「こっ」
敢えてメグは王妃ではなく、夫人という名称を使ってくれた。大きな商家であれば多妻の場合も多いのでその方がエバや両親に対して身分もバレずに済む。
ブレスレットが機能して発言をコントロールしたのか、セラさんが途中で黙ってしまった。多分、国王とか何とか言いかけたんじゃないだろうか。話題を変えよう。
「そう言えばミラ、エクストラヒールの練習って誰でやってるんだ?」
前にミラは、エクストラヒールについて「練習している」って答えた。いったいどこで誰に使って練習しているのか聞きたかったのだ。
「兵隊さん」
「兵隊?」
「そうですのよ、ミラさんは腕や足を失った兵隊さんを治療してますのよ」
「目も治した」
なるほど。アルセリア……いや旧カルトール公国は、エクストラヒールを使えるエミーの叔父さんと裏では対立していた。そのため、手や足を失った兵士たちは、高度な治療を受ける機会すらなかったのだろう。
「だから、ミラさんのおかげで、怪我で退役を余儀なくされた兵士たちが、次々と復帰していますの」
「なるほど」
(そうか、俺も戦いで指とかを失った兵隊さんを探してみようかな)
魔術師仲間ではミラのエクストラヒール談義を行っていたが、その傍らでは、エバのご両親がエバの手を取って喜びを分かち合っている。
「エバさんの目は治りましたが、暫くは特殊な能力との共生に慣れないことと思います。その目に違和感があって辛いのなら、花屋は暫く休ませてもいいですからね」
「あ、あの、商会長様。私は大丈夫です。これまで以上にお花が売れるように頑張りますから、これからも花屋を続けさせてください」
別にもう来なくていいと言っている訳ではないが、そう聞こえてしまったのかな。
「もちろん、エバが良ければこれからも花売りをやってもらいたいさ」
「ありがとうございます!」
両親からの愛情を沢山受けて育ったのだろう……素直な子だ。
こんな心根のいい人たちばかりになれば、戦争なんて無くなるんだろうけどな。
「アルフレッドさん、ミラさん、本当にありがとうございました。この恩はいつか必ずお返しいたします」
「いえいえ、気にしないでください。恩を感じるのであれば、その恩は他の誰かに送ってください」
エミーが以前口にした言葉だ。
「アルがエミーと同じこと言ってる」
恩は別に返してもらう必要はないのだ。他の人にその恩を送ってくれれば、巡り巡ってまた自分に返ってくる。そうエミーから教わった気がするのだ。
帰り際、俺の手を取って「本当に、有難うございました」と俺を見上げるエバの視線は、これまでと違ってとても透き通って見えた。その瞳は、感謝だけではない何かを伝えようとしているようにも見えた。




