第212話 王の詮索
俺はアルセリアの王宮やルノザールの屋敷で、久しぶりにゆっくりと過ごした。
ベルセルク王国とアルセリア王国を船で往復したように見せるには、通常一カ月ほどは間を空ける必要がある。俺たちが船で行き来をしていると思っている人たちにとって、早すぎれば疑念が生じるのだ。
「今回も冒険者として行くの?」
「ああ、これまで冒険者パーティとして配達の依頼を受けているから、アルセリア王国からの書簡も俺たちが届けた方がいいと思うんだ」
俺はエミーとお腹の子どもの状況を見るため、出発の日の午後に離宮を訪ねた。
「私も行きたいけど、今はこの子のために最善を尽くすわね」
「ああ、そうしてくれ。何かあったら念話で知らせるんだぞ。すぐに飛んで来るからね」
俺はエミーとの間で、古代魔法を使った念話を何とか使えるようになった。しかし、相手との相性もあるようで、念話が可能なのは、今のところエミーとメグだけだ。
「本当に飛んで来そうね」
「場所次第では飛んで来るさ」
エミーのお腹は、もうはち切れそうなほど大きくなっている。
ポッコリと前に出ているなら男の子――なんて話も聞くが、どうだろうか。超音波診断装置を開発すれば確認することもできるのだろうが、子どもは元気そうなので、それはやめた。
なにより、生まれてきてからの感動を“三人で”分かち合いたいのだ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
名残惜しいけれど、ベルセルク国王への返書を、俺自身が届ける必要がある。
◇
俺は、前回大陸に渡った月盟の絆のメンバーを引き連れて、アルセリアの王宮からベルセルク王国にある我が国の拠点――直売店の2階に転移した。1階に降りる階段で、ベンノの部下が上がってくるのと出くわす。
「あ、陛下……」
「お疲れ様。その呼び方はよしてくれ。どこで聞かれているか分からないから」
「申し訳ありません」
俺は彼の発言を、手を掲げて制止した。ここで言う「聞かれる」とは、盗聴されるという意味だ。
警戒しすぎかもしれないが、この国の魔道具技術がどの程度発達しているかよく分かっていない。店内であっても注意を怠るべきではない。
俺が前回来た時から暫くの間、この拠点も人の出入りを監視されていたようだ。ベンノからもそう報告を受けている。
「で、外に出てもいいか?」
「はい、今は大丈夫です」
少なくとも最近は、目立った監視の気配はないのだという。
「では、宿泊所を決めてからギルドへ依頼完了の報告をしよう。宿はこの前の所でいいかな?」
「いいのじゃー」
「その方が冒険者らしくていいですわね」
冒険者用の宿はベッドが少し硬いのだが、別にここで寝る訳ではないのでどうでもいい。
「分かった。そこにしよう」
俺たちは宿の予約を取って、冒険者ギルドへ向かう。国王からの指名依頼であっても、ギルド経由の依頼はギルドへ報告をしなければならない。
「ひと月前に、こちらのギルドから指名依頼を受けた月盟の絆です」
「指名依頼ですか?」
ひと月も前の話だから、受付のお姉さんも覚えていなさそうだ。
「国王陛下からの指名依頼です。アルセリア側からギルドへ完了通知を送る手段がありませんので、返書を直接持参しました」
「ああっ! ごめんなさい。依頼を達成されたのですね?」
思い出してくれたようで、何よりだ。
大陸内と違って、海の向こうにあるアルセリアやグランデールからは、ギルドへ達成報告を送る手段がこれしかない。これも、近いうちに何とかしたい案件だ。
「はい、依頼を完了させました」
「分かりました。2階のギルド長室までご案内します」
ギルド長室に案内されると、向かい合わせの長椅子に着席を促された。
俺は魔道バッグから紫色のシルクに包まれた木箱を取り出し、恭しく蓋を開ける。中には、一通の返書が収められている。
「ひと月前の指名依頼にて預かりました、アルセリア王国宛ての書簡に対する、同国王からの返書を預かって参りました」
「うむ。アルセリア国王陛下の印章による封蝋を確認した。これで依頼の達成となる。ご苦労であったな」
早々に依頼の達成を確認してもらったのでひと安心だ。
一旦宿屋に戻った後、みんなで海の幸を堪能するために、宿の1階で皆と相談する。王都フォルステンは港町で、漁業も盛んなため海の幸が豊富なのだ。
「今夜は美味しい魚料理にでもするかな」
「うん」
「わらわも魚料理は好きなのじゃ」
「アルさんと一緒に食べた、魚フライが食べたいですわ」
エイヴォンの別荘で食べたやつか? さすがに、この町には無いかもね。
大陸でも俺のレシピが出回って、食事の選択肢が増えればいいな……なんてことを考えていた時。
「冒険者パーティ、月盟の絆のアルフレッドさんはいらっしゃいませんか!」
冒険者ギルドの受付のお姉さんが、血相を変えて宿屋の入り口から叫んでいる。
「はい、俺はここにおりますが」
「よかったー!」
「どうかしましたか?」
手渡した書簡に、なにか不備でもあったのだろうか? アルセリアからの内容には問題がないはずだ。
「今すぐ、王宮に向かわれてください」
「王宮に?」
「はい、国王陛下がアルフレッドさんをお呼びなのです」
「え?」
いったい、どういう事だろうか。
「分かった。今日はゆっくりしようと考えていたが、仕方ないな」
「国王陛下も待たれているようですから、急いだほうがいいですわね。わたくしたちも一緒に向かいますわ」
「そうだな」
国王からの呼び出しを受け、俺たちは予定を変更して王宮へ向かうことになった。
王宮へ着くと、先ずは門番の衛兵に冒険者アルフレッドが到着したことを伝える。すると別の衛兵が来て、応接の間へ通してくれた。
「なんか、扱いが変わったのじゃ」
「だな、……リアンが龍だからってだけじゃないかもな」
謁見の間ではなく、俺たちは応接の間へ通された。ということは、俺たちは客人扱いという訳だ。
「国王陛下が、アルフレッド殿とお二人での面会を望んでおられます。別室を用意しておりますので、こちらへどうぞ」
どうやら、国王は俺と二人だけで話したいらしい。
『アルさん、お一人で大丈夫ですか?』
メグが念話で聞いてきた。
『大丈夫だ、身の危険は感じない。多分、相手はうすうす気づいているが、まだ確信を持てていないんだろう。何とか俺の口から聞き出したいんだと思う』
『そういう事ですわよね。どうするかはアルさんにお任せいたしますわ』
メグは俺の判断で、正体を明かしてもいいという。
「こちらでお待ちください。陛下はまもなくご到着なさいます」
宰相のバーデンベルクさんは、恭しく礼をして部屋から出ていった。
白亜の柱に囲まれた応接の間は、政治的な駆け引きや密談のために使われる特別な場所のように感じられる。
もう、なるようにしかならない。俺は客用の4人掛けのソファに深く腰をおろして、国王の到着を待った。
心を落ち着かせるために、目を瞑って1分ほど経過した。ドアが開き、現れた国王は王としての正装ではなく、狩猟帰りのような軽装をまとっている。俺は不思議に思いながら腰を上げた。
「遠路ごくろうだったな。……アルセリアの使者殿」
「お招きにあずかり光栄です。陛下のお召しにより、参上いたしました」
ベルセルク国王は、歩きながらそう言って近づいてきた。俺が挨拶を述べ終わると、ソファに腰をおろしながら軽く手を振った。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。ここは公式の謁見の場ではないのだ」
「それでも、王に迎えられた以上、礼は尽くすべきだと心得ております」
彼は、俺の方をじっと見据えている。俺はわずかに目を細めてそう返した。ここからは本音の探り合いだ。
(こういうのはやっぱり苦手だな。相手は王。だが、俺も王だ、平静を保つようにせねば)
「……良い目だ。若いが、人ではなく国を見ている目だな」
早速、こちらの反応を探ってきた。




