第210話 魔眼の持ち主
エバは3歳の時に高熱を出し、そこに特別な薬草が投与され、そして――彼女の体内に流れる魔力が影響して魔眼が形成されたのではないか。俺はそう推測した。
そして、彼女の眼底魔法陣を応用するためには少々の知恵が必要だ。応用するためには、単に義眼を作ればいいというのも医学的な意味で無理がある。
もっと違う形で同様の機能を持ち、確実な効果を引き出すための媒体が必要だ。
そこで、魔眼の応用方法は一旦棚に上げて、俺は彼女の目の治療に目を向ける事にした。
それは……エバの目が高熱で失明したという状況から、彼女の目は治療が可能ではないかと考えているからである。早速、兵舎の中にある魔術師詰所を訪ねた。
「あのさミラ、エクストラヒールって使えるんだよね」
「うん。時々練習している」
練習しているって? 誰で? いや、今は目の治療が可能か――という確認が優先か。
「そうか。じゃあ、盲目の人の目の視力を回復させる事も出来るのかな?」
「エバ?」
「うん、まあそうだ」
「エバは生まれつきじゃない。だから大丈夫」
エバの場合は後天性の要因による失明だ。後天的な損傷なら、身体が本来持つ設計図に沿って再生できる——そういう理屈だろう。
「でもその場合は、魔眼は使えなくなっちゃうのかな?」
視神経が壊れているだけなら治せる。でも、魔眼が“欠損を補うために生じたもの”なら、視力を治すことで消えてしまう可能性がある。
「うーん」
さすがにミラでも分からないか。
盲目の治療で特殊な能力が消滅してしまうのか、それとも、その能力は継続するものなのか……誰も分からないのかもしれない。
「ミラでも分からないか」
「分かるかも!」
ミラはさっきまで「うーん」と悩んでいたが、手のひらを拳で叩いた。
「どうやったら分かるんだ?」
「アナライズ魔法」
アナライズ魔法など、聞いた事が無いな。そんな魔法があっただろうか? もしかしてミラが作った魔法か?
「アナライズ魔法って何だ?」
「サーチ魔法の親戚。治る部分が黄緑に光る」
ミラとの会話は単純で難解だ。理解するにはかなりの部分をこちらで補完する必要がある。
サーチ魔法の親戚……ということは。
「サーチ魔法と同様の魔力波を人体に送る事によって、ヒールで治るかどうかを分析できる。そして、それをエバの目に使えば、魔眼の部分がエクストラヒールで影響する部分なのかを、黄緑の光で確認する事が出来る……そういう事かな?」
「うん」
ミラは無表情で頷いた。推論が当たったのだ。
彼女は俺が作った魔道レーダーの動き方を見て、自らサーチ魔法の魔法陣を構築する事に成功している。アナライズ魔法というヒールの有効性を確認する魔法であっても、自ら開発できたとしてもおかしくはない。
「そして、その魔法はミラが自分で開発したと?」
「ん? 学園で教えてもらった」
「作ったんじゃないのか!」
ミラは首を傾げて不思議そうだ。思わず、自分の推測に対してつっ込んでしまったじゃないか。
しかし、アナライズ魔法っていうのは俺も聞いたことが無いし、学園で習う魔法なのに、なぜみんな使わないんだ?
「昔からある魔法なのか? ヒールの前に使うの?」
「そう。でも、最初からヒールした方が早い」
なるほど、そういうことか。
「本来は、アナライズをしてヒールをかけるのが正式だけど、直接ヒールをかければ治るものは治る。治らないものは治らないって訳か」
「うん。ヒールで治らなければハイヒール」
だから、アナライズという魔法は昔から存在するが、誰も使わない魔法になってしまった。
しかし今回のような場合、ヒールによって特殊能力が消えるかどうかを事前に確認をする手段として有効そうだ。
「じゃあ、エバにそれをお願いできるかな」
「うん」
「あ、でもその前に、エバの気持ちを確かめないといけないね」
「うん」
更に、エバが良いと言った場合であっても、同時に両親の了承も必要だ。
俺はまず、エバの気持ちを確かめる為、俺専用の作業室兼工作室に彼女を呼んだ。
「エバは失明した目が元通り見える可能性があるとしたら、治療をする気はあるかい?」
「見える? 私の目が見えるようになるのですか?……それは勿論です!」
エバは目を大きく見開いて、期待のこもった声で言い切った。
「やってみないと分からないが、可能性は十分ある。しかしね……もしかすると、これまで見えていたというその人の固有の色や、いい人と悪い人を見分ける能力が消えてしまう可能性があるんだ」
「そんなもの……目が見えるのに比べたら、小さなことです」
彼女は目が見えるようになることの方が重要だと言う。しかし、特殊な能力にも未練はあるように感じる。
「分かった。でも、その今の能力が消えるか消えないかは、ミラのアナライズ魔法で分かると思う。これからミラに見てもらってから決断すればいい」
アナライズ魔法の結果で考えればいいのだ。
「あたしが見ても分からない」
「ミラ? 何言ってんの?」
「あたしが魔法をかけて、アルが見る」
「……。あーっ! そういう事ね」
ミラの言っている意味が分からずに、少し考えてしまったが……多分こういうことだ。
「ミラが魔法をかけると、ヒールで治る場所が光る。だけど、魔法陣の部分が光っているかどうかはミラには分からない。それを俺が見て判断してくれってことね?」
「うん、そう。黄緑色に光る」
「分かった。光る部分が魔法陣の部分か、違う部分なのかを俺が判断するよ」
「うん。アルの目が必要」
アナライズの結果を俺が見て、俺の目――MRで解析しなければ判断できないのだ。
「じゃあ午前中のように、ここに顎を乗せてくれるかな」
「はい」
スコープに見える画像を見て、古代魔法の魔法陣を形成している網膜の模様をチェックしてゆく。この部分が光れば、エクストラヒールによって能力が消滅してしまう可能性があるので、俺は入念にチェックした。
「ミラ、用意が出来たからアナライズ魔法お願い」
「分かった。……アナライズ」
短縮詠唱だが、魔法の効果は歴然だった。魔法陣を形成している眼底の血管模様は無反応で、それ以外の組織のうち、視神経と思われる部分が黄緑色の光を放って浮かび上がった。神経の信号伝達が異常となって失明しているのだろう。
「ミラ、分かったぞ。魔法陣ではない所が黄緑色に光った」
「やっぱり、アルの目は魔眼」
俺の目は魔眼ではなく、判定したのはMRの所業だ。だが、MRのことはミラには言っていない。だからミラは、俺が魔眼持ちだと信じているのだ。
「エバ、これで分かったよ。目が見えるようになっても今の特殊能力は無くならない。見た景色とそれらの情報がどう重なって見えるのかは俺には分からないけど……」
「あたしの場合は人の周りに色が見える。多分そう見えるようになると思う」
「ああ、分かります。今はその人の形が色で分かるんです。この中に人の顔が……早く見たいです」
エバは俺の方を見てそう言うが、別に俺の顔を見たいって訳じゃないよね?
「でもさ、一応ご両親に目の治療の事を了解してもらわないとね」
「はい、絶対に良いと言ってくれると思います。いくらお金がかかっても、いつかは絶対に治してあげたいって言っていますから」
「じゃあ、エバの家に行って両親の了解をもらったらエクストラヒールをかけるか。ミラもいい?」
「うん」
王宮の転移室のドアを開ければ、王都ヴァイレンにある花屋さんの二階に設けられた休憩所に出る。目の見えない彼女にとっては、何とも不思議な感覚だろう。
「あの、私は本当に他の国へ行っていたのでしょうか?」
「そうだよな、騙されたような感覚だよね。本当は花屋の2階でしたって言われても誰も疑わないと思うよ」
その証拠に、エバのご両親の認識で俺の家は、今でも花屋の2階なのだ。
エバの家には何故かメグとセラさんも付いて来た。セラさんはエクストラヒールに興味津々なのだ。
俺とメグはエバの手を握り、花屋からエバの両親が待つ彼女の家へと誘った。エバの指先は、俺の手の中で小さく震えている。俺は思わずもう片方の手を添えた。




