第209話 魔眼
「多分、魔眼?」
断定したかのように見えたが、ミラは「多分」と付けて言い直した。
そこは断定して欲しかったところだが、どうやらミラも自信が無いようだ。
「どうして魔眼だと思ったんだ?」
「何となく?」
やっぱり、何となくだったか。でも、彼女の「何となく」は、よく当たる。
「そもそも、魔眼って何なんだ?」
魔眼と言えば、超常的な能力を持つ目や、あるいは特殊な影響力を持つ目と考えるのが一般的だろう。
「わたくしのお爺さまのことなのですが、お爺さまの目は魔眼ではないって仰ってましたのよ?」
「あたしの目も魔眼じゃないと思う」
同じように特殊なものを見分ける力を持っていたとしても、魔眼とそうではない眼との2種類がありそうだ。
「多分、あたしやメグのお爺さんは魔術。魔眼じゃない」
確かに、ミラの場合は魔法陣ができていた。それだったら魔術であって、魔術理論に基づいた“技術”である。それに対して魔眼とは、眼球自体が魔力の作用を受けて、無意識に発現する“才能”のようなものなのかもしれない。
しかしよく考えてみれば、才能と言われてもおかしくない魔法の発現方法を、無意識にやってのける種族を俺は知っている。龍族である。
もしかしたら、龍族の翼に刻まれた先天的な魔力回路と同じようなものが、彼女の目にもあるのではないか?
「何か分かりましたの?」
「いや、まだ何とも言えないけど、この娘をアルセリアに呼んでじっくり調べたいと思う」
失明した時期がいつなのか、生まれつきなのかなども聞きたいところだが、あまりこの場で根掘り葉掘り聞くのも良くないと思う。
そして、目を調べるには眼底カメラのように特殊な装置を準備しなければならないから、簡単に調べるのは無理だ。時間をかけて王宮の作業室で調査をすることになる。
「あ、もちろん、この娘が良いと言ったらのことなんだけど」
「それは、あれですの? その娘が『いい』と仰ったら、王宮に呼びたいってことですわね?」
「そうだな」
「はあ……」
何でメグがため息をつくのか分からない。リアンはニヤニヤと俺を見てくるし、ミラは相変わらず無表情だ。いや、この顔は呆れている時の顔だ。
「相変わらずアルは、気が多いのう」
「俺は魔法に人一倍の興味があるだけなんだ」
「独り言なのじゃー」
みんな勘違いをしているようだが、そのうちに勘違いには気付くだろう。
「ねえ、エバ。君は花屋さんの仕事が好きなのかい?」
「あ、はい。花は色が見えるので、私にもできるお仕事だから大好きです」
「そうか、実は俺も君の目に興味があってね、俺の家に来て欲しいんだ。お父さんとか、お母さんとかにお願いしに行ってもいいかな?」
「あらまあ、やっぱり!」
「えっ、メグ違うよ、勘違いだよ」
やっぱり、メグは大きな勘違いをしているようだ。
エバも、何で両頬に手を当ててるの?
「エバ、勘違いをさせてしまうような言い回しをしてごめん。そういう事ではなくてさ、君の目を調べる数日間だけ俺が住んでいる場所まで来てもらって、君の目の奥を調査する手伝いをして欲しいんだ」
「目の奥……ですか?」
目の奥を調査すると言ったから、怖がってしまったかな?
「あ、目の奥と言っても外から見るだけで、痛くも痒くもないから」
「本当ですか?」
「ああ、目や顔に触れる事もないよ」
「はい、分かりました」
とても素直でいい娘だ。
「色々あって、渡すのが遅くなったけど……はいこれ、メグに」
「あらまあ! 私の好きな花ですわ!」
満面の笑みを浮かべて花束を受け取るメグ。これなら、もっと早くに渡すべきだった。
そして俺は、メグを連れてエバの家まで行った。「アルさんだけで行くと、ご両親が誤解をなさるから」と彼女も付いてきたのだ。
エバは色を感じ取れるとはいえ、周囲の形までは見えない。ひとりでは、他人と同じ速さで歩くことは難しい。こうして今はメグと手を繋いでいるから、俺たちと同じ歩調で歩けている。
「エバは今、何歳になるんだ?」
「17歳です」
「目が見えなくなったのはいつから?」
「3歳くらいの時に見えなくなったのだと……両親から聞きました」
3歳の時に失明したのか。それならば後天性の失明だ。
「それまではちゃんと見えていたの?」
「見えていた……と思います」
3歳のころの記憶は俺もおぼろげだ。彼女も、うっすらと覚えている程度なのだろう。
そして後天性ということであれば、エクストラヒールで視力を回復させることができるかもしれないと考えた。
彼女の家は、アルセリアの拠点としている花屋の近くだった。花屋を始めようと準備をしている時に、彼女のお母さんが店を訪ねて、是非に娘をここで働かせてくださいと頼み込んだらしい。
そんな両親が住んでいる下町の静かな一角にあるエバの家を訪ねると、家の中は薬草の匂いが漂っていた。
その家の中で、俺たちは彼女の両親に向き合った。
「生花店ミルティローザの商会長、アルフレッド・ヤマナシと申します。……こちらは妻のマーガレットです」
俺は右手を差し出して父親と固い握手をすると、左後ろに立つメグを紹介した。メグが左足を一歩引いて挨拶をする。
俺が貴族としての名を口にしたため、メグも機転を利かせ、カーテシーで挨拶したのだ。
「私はエバの父、オルフェンと申します。こっちは妻のマレリアです」
「これは……薬草の匂いですね」
「ええ、そうです。私は薬草商人をしているんです。それで、今日はどのようなご用向きでしょうか? 娘がなにか粗相をしたとかでしたら……」
「いえいえ、そうではありませんよ」
店の商会長が店員と共に、両親の家までやってくる。そうだな、普通はそう考えてしまうだろう。
「実は、娘さんを数日間だけ私の家に呼びたいのです」
「それは……どうしてですか?」
俺は彼女の目について魔眼である可能性を説明し、眼底を覗くことのできる魔道具を使って研究を行いたいと、正直に話した。その結果……。
「数日間でいいのですか?」
「ええ、何なら一緒に来ていただいても結構ですよ」
オルフェンさんは少し考えた後、こう言った。
「いえ、あなたを信じます。ここに来てからのあなたの真摯な態度と、奥方のエレガントな物腰を見れば、貴族様であることは明白ですし、娘を安心して預けることができます。数日間という限定であれば、娘にとっても貴重な経験になるでしょう」
父親からはそう言ってもらえたが、「お母さまも、それでいいですか?」と聞いてみる。
「はい、宜しくお願いします」
何とかご両親の了解をもらう事が出来た。誤解されないようにと、メグを連れて来たのも好印象だったようだ。
その後はエバが視覚を失った経緯を聞かせてもらった。
彼女は3歳の時に赤痕熱という極めて稀な病にかかり、父親はそれを治すために山地や湿地を巡って薬草を採取し、なんとか娘の命を救ったが、後遺症として視覚を失った。
しかし失明した後、代わりに魔力に含まれる色を感じ取れるようになったのだという。
「では、しばらく娘さんをお預かりします」
そう言って、両親の家を後にした。
◇
拠点の2階からアルセリアの王宮に飛んだときは、「お店の2階が商会長さんの自宅になっていたのですね?」と言っていたが、アルセリア王宮の転移室を出て兵舎の直線廊下を100mほど歩いたら「とても大きなお屋敷だったのですね」とも言っていた。
さすがに騎士詰所で「陛下、お帰りなさいませ」と挨拶されたときには、立ち止まってしばらく固まっていたが。
俺用の作業室兼工作室は、客間のすぐ傍にある。
12部屋ある客間のうち、現在は2部屋を銀月の誓盟が使用している。セラさんの客室は十分な広さの部屋を一人で使用してもらっている。目の見えないエバとの相部屋にすれば、やんわりと俺が国王であることを話してくれるだろう。
「セラさん、今日から数日間ですが、エバと一緒にお願いできますか?」
「勿論いいわ。私も夜は一人で寂しかったのよ」
今度、フィンリアンを一緒に泊まらせたら喜ぶかな。
セラさんに「彼女は盲目ですが、魔眼かもしれない特殊な目を持っているので、目の奥を特殊な魔道具で調べるのです」と言ったら、セラさんは目をキラキラと輝かせた。
「私も、私も見たいわ!」
工作室はすぐ隣だから、俺がいる時には衛兵に話していつでも入室していいですよと許可をしておいた。
眼底を見る特殊な魔道具は、医療用の眼底検査機のような高度なものでなくて良い。ビームライフルに取り付けていたスコープを改造して、眼底用に特化させればいいだけなのだ。
照明とピント合わせをきちんとしたら、ビックリするほど綺麗に眼底を撮影することが可能になった。
エバの眼底では、毛細血管が非常に複雑な模様を描いている。
眼底を赤外線から可視光、紫外線まで、波長を変えながら記録した結果、やはり特定の毛細血管の模様が古代魔法の魔法陣を呈していることが分かった。
魔力を伴った血液が、特殊な条件で毛細血管を流れる事によって、魔術的な特殊能力が発現した――いわゆる“魔眼”の発現原理が解明できるかもしれないのである。




